表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

奴隷を買ったり奪ったりして好き放題にして売りまくる物語

作者: かすがまる

「遂に見つけたぞ、大悪党ロクロクナ! 貴様の悪逆非道もこれまでだ!」


 月光の照らす山岳の街道に、女騎士の声が凜として響き渡った。

 突きつけた長剣は相当の業物だ。切っ先は微動だにせず1人の男を指す。


 荒々しく襟を立てた黒いマントをたなびかせる、その男。

 マントの下には隆々たる筋肉がオーガの如く聳えている。

 

 ロクロクナ。


 大陸にその悪名を轟かせる奴隷商人である。

 彼の商いの手法は凄まじい。その基本が千倍取引だからだ。

 金貨1枚で奴隷を買う一方で、自分の奴隷は金貨1000枚で売る。


 あらゆる都市を巡り、奴隷市場における最も不潔な商品を平然と購入し、

 綺麗に磨かれた商品には一切目もくれない。傷物や格安品を好み、病気

 のモノであっても嬉々として買い漁っていく。その凶悪な笑顔。


 人々は噂する。


 あれ……下手したら食べてる、と。


 事実、そうやって買われていった奴隷はその後姿を消してしまう。

 いなくなるのだ。彼もまた奴隷商人として商品を管理しているが、

 その中に汚い奴隷など1人としていない。彼の商品は宝石の如き

 麗しさのものばかりだ。貴族の美姫にも勝るほどの。


 しかも、それを容易くは売らない。


 どれほどに金貨を積んでも、彼の気まぐれ次第で取引はご破算となる。

 それどころか、機嫌が悪ければ殺されかねない。そうやって滅ぼされた

 貴族は10家を上回るほどだ。彼は……恐ろしいまでに強い。


 そして神出鬼没の身の上でもある。

 山中に1人歩く無防備をつけたことは、女騎士の努力と幸運の賜物だ。


「弱者を虐げ、貴き者を愚弄する野獣め! 成敗してくれる!」


 女騎士が裂帛の気合と共に斬りかかった。素晴らしい速度の一撃だ。

 名乗らずともその来歴をうかがい知れる。戦場の勇者であろう。


 しかし……それだけであった。


 鋼鉄のガントレッドを両腕に装備したロクロクナは、剣を掴み止め、

 折り、その一方で女騎士の鎧を破壊してのけたのだ。一瞬の出来事だ。

 何という早業、何という怪力、そして何という戦闘力。


 どう、と倒れ伏す女騎士。月がその全身の無残を明らかにしている。

 傷だらけだ。どれほどの戦場を戦い抜いてきた女なのだろうか。

 戦技を磨き上げた修羅道は、多くの代償を彼女に強いたのだろう。


「く……殺せ!」


 悲壮の覚悟に声を震わせるも、見下ろすロクロクナの表情は見えない。

 月を背負い、冴え冴えと影を前面にした彼は、何も言葉を発しない。


 漂いはじめた沈黙を破ったのは、第三の声であった。


「お頭! 俺らもう、我慢出来ませんぜぇ!」


 街道脇に散在する大岩の後ろから、1人の男が飛び出してきた。

 いや違う。その岩からも、あの岩からも、次々と男たちが現れる。

 誰もがいかにも賊だ。髪を逆立て、鉄棘で鎧を飾り、毛皮をあしらう。


 ロクロクナの手下たちだ。誰もが埃っぽく薄汚れている。

 さもありなん。彼らは街道を歩かない。どんな旅であっても、

 ロクロクナに付き従いつつ、街道から外れた自然地帯を行く。


 それが男ってもんだぜぇ、とは誰の放った言葉であったか。


 ふふ、と小さく笑い声。ロクロクナだ。

 手下たちの涎も垂らさんばかりの様子に気付いたのだろう。


「よし。コイツに女としての悦びを味あわせてやれぃ」


 地響くようなその声に煽られ、ヒャッハーと下卑た歓声が上がった。

 もはや抵抗もできない女騎士に駆け寄り群がる男たち。それは餌か。

 触れられる最後の瞬間、悔しげな声が漏れ、足音に消えていった。



「まずは痛んだ髪をトリートメントだー! 保湿は基本だぜー!!」

「顔の傷は化粧でカバーだー! 眉も整えて香水はジャネル8番!!」

「総シルク製の豪華なドレスだー! Aラインの流麗さが決まるぜー!!」



 小一時間後、そこには月の精霊とも見紛う美しき姫が立っていた。

 周囲にはゴブリンとも見紛う手下たちがヤンヤヤンヤと踊っている。

 欲望のままに事を成し、その達成感に酔い痴れているのだ。


 ロクロクナがどこから出したのか盾のような鏡を置いた。姿見だ。

 呆けたようにそれを覗き込む女騎士。声も無く、ただ覗き込み続ける。 


「これが……私?」


 そんな声を絞り出したのは、それからどれほど経ってからか。

 既に手下たちの姿はない。改めて岩の後ろに隠れたのだ。それが男だ。


「ついてくるがいい。あの山の向こうに小さな王国がある。特に産業も

 なく、貧困ではあるが、王が民草と共に談笑する暖かな国だ」


 ロクロクナが指し示す方向を見る女騎士。女騎士だった者。月の麗人。


「そこの王子が美男子でな。国の子供らにお兄さんと慕われる人物だが、

 彼を人質に出すという話が出ている。隣接する帝国が要求しているのだ。

 トロルの如き女王が痴れ者でな……俺はそいつの財産を強奪する予定だ」


 私をつれていってどうする、と問う者に、ロクロクナは答えた。


「王子に売りつけようと思うのだ。奴には必要な女だろうからな。強く、

 正義を貫く精神を持つ伴侶が。しかもお前は美しい。高く売れよう。

 何、支払いは先でいいのだ。トロルから財宝を得る予定だからな」


 ニヤリと笑うロクロクナ。その畏怖すべき笑み。





 後年、工芸品を特産として栄えたその王国の歴史書にいわく。


 山から悪鬼が降りてきて、興国の王となる王子に美しき后をもたらした。

 この国は木材の質がよく手先が器用な真面目な民も多いと説き、工芸の

 技術を小鬼らから伝授させたという。更には隣接する帝国へ殴りこみ、

 恐怖政治を敷いていた女王を拉致、幽閉されていた善なる王を解放して

 姿をくらませたとか。鬼の名はロクロクナ。


 奴隷を買ったり奪ったり好き放題にし、売りまくった男の物語である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] エロいのかと思ったら、楽しくて良かったです!
[一言] >彼の商品は宝石の如き麗しさのものばかりだ。貴族の美姫にも勝るほどの。 なるほど、男の娘も取り揃えているのか!!
[一言] 面白い小話でした。 「トロルの如き女王」も美しく変身出来たのかどうかが少し気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ