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スライムなダンジョンの閑話集  作者: 伊藤
4章 別視点
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スケルの留守番 「骨の記憶」 後編

 スケルと主人とのつきあいはもう五年以上になる。

 はじめて目を覚ました時。つまりスケルトンとしての確固な自意識を持った時、最初に思ったことは、


(暗い)


 の一言。


 それは視界の明度の問題ではなくて、目の前で眉間に皺をつくりながらぶつぶつと作業をしている若い男に対する率直な印象で、


「ぐあ……このパーツどこだよ。あー。取説ないとか無理すぎるだろ。安かったからって、セール品なんてやめときゃよかった、くそ……」


 それならせめて工作くらい明るい部屋でやればいいのにと思ったが、口にはできなかった。

 そういう機能はついていなかったから。


 後で知ったことによると、主人はけっこうな金欠で、ちょっとした灯りさえ節約しないと生活が苦しかったらしい。そこまで困窮していて作成キットを買うのもどうかと思うが。


 頭部と胴体を組み立てたところで意識を繋いだらしい主人は、スケルが自分を見ていることに気づくと、


「ああ、おはよう。スケル」


 用意されていた名前は、安直というより手抜き感しかなかった。悪気があったわけではないらしく、文句をいう口もなかったから、スケルはかたかたと顎の骨を鳴らして応えた。


「悪い、もう少し待ってくれ。でっかいパーツはなんとかわかるんだが、細かいのがな……」


 傍目には同じものにしか見えない二つの小骨を手にとり、矯めつ眇めつする相手を眺めながら、なるほど、どうやら自分の主は相当に不器用らしいと思った。

 口のない身では助言も叶わず、スケルはただじっと待つしかない。


 マギ(魔法使い)と名乗った主人は、作業をしつつ、自己紹介がてら身の上話を語ってみせた。

 生きるために魔物達のアカデミーに入ったこと。変な教授に捕まって何度も死にかけてきたこと。力もコネもないので自己中心的な連中のなかで苦労してきたこと。ぼっちだったこと。


 またなるほどとスケルは思った。

 組み立て途中の自分を起こしたのは、話し相手が欲しかったから。要するに主人はひどい寂しがりで、貧乏を無理して作成キットを買った理由もそれなのだろう。


 結局、主人が骨組みを完成させるのに丸二日がかかった。

 作業の間、主人はほとんど寝る間も惜しんで作業に没頭し、水とパンをかじるだけだった。


 休憩を挟んだ方が作業効率もいいだろうにとスケルは思ったが、 


「すまん。待たせた。ごめんな、動けなくって苛々したろ。これでもう、好きに……動いて――」


 パーツを使いきり、全身の駆動を確認してなんの問題もないことを確認した途端、体力の限界が訪れてぱたりとその場に昏睡し始めた主人を見て、再度なるほどと思う。

 どうやら自分の主人は、とんでもなく不器用らしい。


 そもそも創造物に対して謝る必要がないし、もし自分を待たせるのが嫌なら、組み立てが終わってから起動させるか、まずは足から組み立てるといったやりかたをとればよさそうなものだ。


 そこまで思いつかなかったのかどうか。話しかけてくる内容を聞いている限り、そう頭の回転が悪そうにはみえなかったから、性格なのだろう。つまりは不器用なのだ。


「これから、……くな。ケル――」


 夢のなかで何事かを呻いている景気の悪そうなしかめっ面を見て、隙間の空いた胸にもう一つ付け加える。


 ――不器用で、一生懸命な人らしい。


 ゆっくりと、魔力の括りで成した骨の身体を起こす。微妙に関節や高さ、その他に違和感を覚えて、スケルは慎重に身体を馴らしながら一歩を踏み出した。

 主人の肩をそっと揺らしてみるが、鈍い反応しか返ってこない。抱きかかえてベッドに運ぼうかと考えたが、今の状態で無理な力仕事をしたらどうなるかが心配だった。


 しばらく悩んだ結果、硬く冷たい地べたで眠る主人にかける毛布を探すことが、最初の仕事になった。



 抱いた第一印象は、ほとんどそのまま訂正されることはなかった。

 主人は不器用で、要領が悪く、ぼっちだった。


 場末にあるダンジョンの管理を任されているのはアカデミー所属の出世コースから早々に外されてしまっているからで、その仕事場さえ人間達に荒らされてまともに管理できず、定期的にやってくる査定員にはいつも呆れられていた。


 査定が悪いから支給金も乏しく、近くの薬草を煎じて売りにいく貧乏生活をしながら、知人が訪れてくるようなこともない。


 本人もほとんど外に出ず、趣味はスライム鑑賞と暗さが極まっていた。近くの森に住む妖精がやってきて悪戯をし尽くして帰り、さめざめと泣いている姿を見たときはさすがに同情もしたが。


 そうした自分のことを自分でも駄目だ駄目だと思ってはいたようで、たまに一念発起して外に出かけ、魔法使いらしく魔道の修行に向かうこともあった。

 そして、一日の終わりにボロボロになった姿で戻ってきて――修行はまったく上手くいかなかったらしい。またベッドでしくしくと泣き始める主人に、淹れたてのお茶を渡すのが恒例だった。


 そんな駄目主人のことをスケルは嫌いではなかった。

 もちろん、創造主と被創造物の関係に好悪は意味がない。どれだけ非道であろうと心優しくあろうと、創られたからには仕えるしかないからだ。


 ただ、そんな主人と過ごす生活は決して悪くなかった。


 スケルが心残りだったことは二点。

 一つは、自分がやがて稼動限界を迎えてこの主人を一人きりにしてしまうということ。もう一つは、その最後まで自分が主人にとって望んだ存在になれないということだった。


 寂しがりの主人が欲していたものは従者ではなく、ただの話し相手でもなかった。

 恐らくそれは友人という種類のものであり、そしてその想いは叶えられない。


 何故なら、自分は彼に創られた存在だから。



 変化があった。


 主人の唯一といっていい趣味が高じて人型のスライムが生み出され、それが全ての転機となって主人を取り巻く環境はがらりと一変した。


 妖精が、人間の冒険者が住みはじめ、人の出入りが増えた。沈鬱だった空気は吹き飛ばされ、笑い声が絶えず、ひっそりとした洞窟の暗がりまでが明るくなったようだった。


 稼動限界を間近に迎えたスケルはそれを嬉しく思った。

 少しだけ寂しくもあったのは、自分の存在する理由はなくなったのだと悟ったからだった。



 終わりが訪れた瞬間のことはよく覚えていない。

 気づいたら、視界が黒く途切れていた。

 おしまいなのだな、とそれだけで直感することができた。


 記憶に残る直前に主人の姿はなく、そのことを残念がるべきかどうか少し迷った。


 人のよい主人のことだ。

 こんな自分でもいなくなれば悲しがるだろう。


 なら、帰ってきたら動かなくなっていたくらいのほうが別れ方としてはいいかもしれない。

 死ぬ直前まで泣かれたりしたら……鬱陶しくてしょうがない。



 誰かの声を聞いた。

 泣いている子どものような。


 ああ、嫌だな……と、ほとんど消えかかった魔力の残滓の中で思った。


 自分が泣かしているようだ。

 泣きたいのはこちらのほうだというのに。


 なにより、こんな時でも何も言えないのが最悪だった。

 愚痴なり説教なり、感謝なり。言いたいことはいくらでもあるのに――



(なら、言ってあげてください。“私”のために)



 声がした。


 何者かに意識ごと飲み込まれ、包まれて。

 そうして、“彼女”という存在は生まれた。


 ◇


「どうした。考え事か」


 自分自身についての物思いにふけっていたスケルは、エリアルに呼びかけられてふと我に返った。


「ああ、すいません。ちょっとメランコリーって感じで」

「何か悩みがあれば聞くが」


 スケルは地上にいても暇なだけだったし、エリアルも長代理ということで周囲と距離がある。

 そんなわけで、この数日でちょっとした茶飲み仲間になりつつある二人だった。


「いやあ。なんていいますか、自分探しというか」 

「……このあいだ言ったことを気にしているのか? それなら謝る。別に大した意味があって言ったわけじゃないんだ、気にしないでくれ」

「いえいえ、そんなこと。ただ、被創造物ってのは悩んだりしないんで。それで、ちょっと戸惑ってるってのはあります」

「なんについての戸惑いだ?」


 話を強制するのではなく、穏やかに先を促す聞き上手な態度に苦笑を浮かべながら、スケルは息を吐く。


「実は、自分がご主人の被創造物ではないってなると。なかなかどうして、自分の存在の地盤が揺らいでしまうといいますか……アイデンティティの喪失ってやつなんですかねぇ」

「なるほど」

「別に、スラ姐になにかあるってわけじゃありませんし、感謝だってしてます。こんなふうにいられるのはスラ姐のおかげですからね。だけど、じゃあこれからご主人にどんなふうに接すればいいのかって考えると、」 

「考えると?」

「――そこが難しいっすねぇ」


 うーんと腕を組む。

 そんなスケルをしばらく眺めてから、


「しかし、それはそんなに違うものなのか?」


 エリアルが言った。


「まあ、創造主と被創造物にとっちゃあ、魔力的な繋がりってのがほとんど唯一の関係性ですから」

「そうかな。私にはそう思えないが」


 綺麗な微笑で遮って、エリアルが告げる。


「言っただろう。私にとっては、友人か夫婦か。そんな風にしか見えなかったからな」


 スケルは沈黙した。

 その表情は笑えばいいか、戸惑えばいいか、怒ってみせればいいのか選択に困っているような複雑なそれで、内心もそう大差なかった。


 自分の頬に触れてみると、特に大きな変化は表れていないようではあったが、


「……微妙ですねぇ」

「微妙なのか」

「ええ。それを聞いてちょっと嬉しく思ってる自分が微妙っす」

「それは照れ隠しだな」


 あっさりと断言されてしまい、スケルは苦笑いを浮かべるしかない。


「そうかもしれません」

「変化は、別に悪いことではないだろう。リザードマンの長も言っていたように。以前と今、これからが違わない理由はない」

「そうっすねぇ。そんなこと思ってもなかったんで、ふわふわした感じではありますが」

「マギとの関係だって、これからどうにだってできるだろう」 

「おお、それは確かにっ」


 スケルは目を輝かせた。


「つまり、あっしがスラ姐達と仁義なきキャットファイトをする図もありえるわけですよっ。これでも一番つきあいは長いんですから、勝機はありますぜ!」

「……まあ、程ほどにな」


 話を振っておきながら論評を控えるエリアルにスケルが何かを言いかけて、手に持った反応石が震えたのに気づいて立ち上がった。


「噂をすれば、お戻りみたいです。あっしはお出迎えにいきますが、エリアルさんもご一緒しますかい?」

「いや。私はいい。お疲れ様と伝えておいてくれ」

「あいあいさ。それではいってきますっ」


 地上に戻りながら考える。


 ――いったい自分は何から自由になり、何を失ったのか。

 何を得て、何に囚われてしまったのか。


 絶対的で唯一だったはずのくびきが、いつの間にか外れていたことを認めるのは不安ではあった。

 もちろん、古いくびきが無くなろうと、新しいくびきになっただけのことではある。

 彼女が創られた存在であるということに変わりはなく、例えば彼女にとっての自分という意志すら誰かに創られたものである可能性は否定できなかった。


 だがそれでも、内心には不安に勝る喜びがあった。

 それをもたらすものがなんなのか、それを考えることも楽しく、今はただ一時も早く自分に確信を与える瞬間を待ってうずうずと心をはやらせる。


 地上にあがると、ちょうど外から帰ってきた一団の姿があった。


「ああ、スケル。ただいま、今帰ったー……」


 そう言った男の表情は五年前から変わらない。

 さえない容姿で、何故か全身がぼろぼろになっており、一人では歩くことも困難な様子で左右から女達に支えてもらっている。


 見事なまでに格好悪い、そんな情けない相手の姿にいつかの記憶を思い出し、くすりと笑って。


 確信した。


 例え自分が何者であろうと――刻まれた想いは確かにあるのだと。溶けた身体に湧き起こった感情が溢れ、


「ご主人!」


 思いの丈の全てを込め、スケルは呼びかけた。



 駆け出す。

 そして抱きついた。


「だー! やめろ、怪我してる! 死ぬ!」

「あっしにこんな思いをさせて、むしろ一回くらいご主人も死ぬべきでしょう!」

「なんだそりゃ!」

「死んで生き返れば、気づく事だってありますぜっ!」

「知るかああああああああ!」



 骨に刻んだ記憶と、身に宿る想い。

 口に出すのはどうにも憚られてしまい、だからそれが彼女のせめてもの気持ちの表し方だった。



                                               骨の記憶 おわり


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