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ヤクザな黄金竜の伝説① 「竜に祝われた国」 後編

 城下広場は地獄のような惨状だった。


 それぞれ腕に覚えもあり、竜殺しの大望を抱いて戦いに臨んだ冒険者達は、誰一人として竜に傷をつけることさえできなかった。


 それを悟った瞬間、彼らの次の行動は早かった。


「冗談じゃねえ! 逃げろ、逃げろ!」


 全員が一目散に逃げ出しにかかる。

 規律や軍令に縛られていないからこその反応だったが、それを見た竜が咆哮した。


 尾撃が振るわれる。


 根元から薙ぎ倒された時計塔が、広場から逃げ出そうとしていた彼らの目の前に横倒れてその逃走路を塞いだ。何人かがそこを登ってさらに逃げようとするが、瓦礫の上であがく背後から再び竜尾が打ちつけられ、粉塵が撒き散らされる。


 長大な尻尾が持ち上げられると、その下には崩れた瓦礫の山と、そこにまぎれた“何か”。それから大量に飛び散った赤色による、即興の抽象画が残されただけだった。


 先行者に続けば自分達も絵の具にされてしまう。悲鳴をあげ、冒険者達は他の逃げ道へと走った。


 わずかに開いた竜の顎から不満げな唸り声があがる。

 逃げ場所を求めて広場中を駆け回る冒険者に追撃が繰り返された。


 竜の追撃は明らかにまず背中を見せた者に対して行われており、さらにその攻撃は彼ら自身ではなく、彼らが逃げ込もうとした路地の入り口や建物に対して向けられていた。


 程なくして、広場からは外へと通じる経路の一切が失われてしまう。

 竜を囲い、追い詰めるはずの戦場で、自分達こそが逃げ道すら封じられて追い込まれた冒険者達は、同時にあることにも気づかされていた。


 広場からの逃げ道を叩き潰した竜は、途方にくれて立ち尽くす冒険者達を見おろして、それ以上攻撃してこない。

 街の見張り塔よりはるかな高みから傲然と見おろして、竜はなにかを待っていた。


 地上の人間達にまるで動きがないことを悟ると、ゆっくりと頭を下げる。恐ろしげな黄金竜に至近距離から覗き込まれ、立ちすくむ冒険者がひきつり声をあげた。


「ひッ……」


 あまりの恐怖に逃げ出すことも忘れた男は、その手に素槍を握りしめたままでいる。


 竜が眼を細めた。

 縦に長い瞳孔が細まるのと連動させるように、顎が開かれていく。


 人間など噛み砕く手間すらなく飲み込んでしまえる口頭内の、ぞろりと生え揃った巨大な歯列を見て、男の精神はそこで限界に達した。


 からん、と手の中から槍がこぼれる。


 唯一つの武器を放棄した男はそのまま跪き、両手をあわせて地面に丸まった。

 ぶつぶつと、震えながら精霊への祈りを呟きはじめる。


 黄金竜が顔をしかめた。爬虫類似の瞳に失望の色が浮かび、目の前のもはや石ころと化したそれを叩き潰そうと尾を持ち上げて――ふと、途中で動きを止めた。


 頭を上げる。

 視線が広場の奥、高台に築かれた城へと向けられた。


 多少の距離があるとはいえ、竜の眼であれば今そこで何が行われているかは容易に把握できる。


 黄金竜が吠えた。

 威嚇ではなく、催促するかのような咆哮だった。



 咆哮が大気を激しく震わせて、ほとんど激痛となった衝撃が襲う。城壁で陣頭式をとっていた王子は顔をしかめ、不敵に唇を歪めた。


「皆の者、急げ! 竜がお待ちかねだ!」


 おおッ、と野太い声が応じた。


 屈強な男達が作業にかかっているのは、城壁に据えられた大型の弩砲だった。


 元は攻城用の兵器だが、あまりに巨大すぎることに加えてイースラント国内の地形もあり、戦場まで持ち運んでの運用が不可能という間の抜けた欠陥を抱えた大型兵器。

 結局は篭城用の対空装備として半ば飾りと化していたそれにとりついて、大勢の男達が必死の形相で汗を流している。


 大型動物の腱を結いあわせた太い弦が、ギチギチと耳障りな音を立てる。魔法銀の繊維を組み込んだ動力が男達の手で巻き上げられ、限界まで到ったところで歯止めを噛ませられる。


「装填、……完了!」

「旗をあげよ!」


 赤色の合図旗が振られる。

 城壁各所から同様の旗が持ち上げられ、それぞれ別方向に設置された同様の弩砲の全てが装填を終えたことを確認して、王子は城壁の縁から中庭に声をはりあげた。


「そちらの用意はどうか!」

「準備よろし!」

「魔道士勢!」

「いつでもいけます!」


 よし、と大きく息を吸いこんだ王子が、


「――撃てぇ!」


 頭上に掲げた右手を振り下ろした。

 黒旗が振り上げられ、わずかな誤差を含んで、総勢八本の丸太槍が発射される。


 ただ威力の向上だけを念頭に置かれたその欠陥兵器は、そこから打ち出されるものも通常ではありえなかった。

 研ぎ澄まされた先端には魔法銀より稀少な精霊銀が使われ、全体には魔力による加護がふんだんにかけられている。射出機構にすら一時的耐久性の上昇を付与しなければ、槍を撃ちだす衝撃に機械が耐えられないからだった。そこには、相手がどれほど大型の魔物であっても必ず撃ち抜くという執念じみた意志が込められていた。


 巨大な体躯を持つ竜を狙うのに細かい目測は必要ない。

 それでも、射出時のミスかあるいは機構不全かで、中の一本は大きく軌道を外れてしまい、残る七本が黄金の竜に向かって襲い掛かる。


 竜が尾を振るう。

 黄金竜は飛来する槍の、さらに自分に直撃する本数だけを迎撃した。三本が易々と弾き飛ばされ、残りの外れた槍と共に広場を貫き、家々を貫く。


 攻撃の失敗を見て取って、しかし王子は高らかに声を張り上げた。


「今だ!」


 すかさず緑の旗が振られる。

 合図を待っていた魔道士の手によって、竜の周囲に散らばった槍、その先端に仕掛けられた火薬が炸裂した。


 爆炎が竜を包み込む。


 破砕した槍が竜の至近距離から炎と瓦礫を撒き散らし、その渦中でも竜は平然としたまま身じろぎもなかったが。

 ――みしりと。けたたましい爆炎にまじって、かすかに音が軋んだ。


 イースラント城下広場には石畳が敷き詰められている。そのさらに下には、簡単な構造の下水路が張り巡らされ、地下墓所が存在していた。


 巨大な杭が打ちこまれ、さらに炸裂した石畳に亀裂が入る。

 その一撃は、想定外の質量にのしかかられていた地盤に致命的な負荷となった。それが七本。


 竜の重みに耐え切れなくなった広場地面が陥没する。

 下水にしろ墓所にしろ、地下に広がる空間は広大ではない。地盤が落ち込む深さもさほどではなかったが、それでも竜の足元を埋めるのには充分だった。


 崩れた足場と、そこにどっとなだれ込む瓦礫に足をとられ、竜が不快げにいなないた。

 脚を引き抜こうとしつつ、頭を下向かせる。その竜の頭部に影が、不意にあらわれたなにかが影をつくり、それに気づいた竜が顔を上げるより先に、大質量の岩弾が直撃した。


 中庭に組み立てられた大型の投石機。

 城壁の弩砲よりは格段にシンプルな構造の故に取りまわしの効く、攻城兵器から放たれた岩弾の初撃を見事に直撃させて、王子は胸を反らして大笑した。


 口元に両手を添えて大声で呼びかける。 


「ようこそ、我が国へ!」


 他の兵士達もそれに倣った。


 竜が吠えた。怒り狂った声だが、ダメージを受けた様子はない。

 それを冷静に見定めてから、王子は城壁から下へ降りる階段へと足を向けた。背後で竜を野次し続ける部下へ指示を飛ばす。


「次弾用意! 各兵装はそれぞれの装填が済み次第、順次、間断なく攻撃を続けよ! 竜を飽きさせるな!」


 降り際、王子は肩越しに振り返って空を見た。


 そこには竜の作り出した天空の大穴が広がっており、徐々に狭まってきている。

 頭上に集まりだした雨雲に王子は笑みを浮かべ、階段を勢いよく駆け下りた。



 それが攻撃であれ、防御であれ、魔道的な仕掛けは戦争の切り札となり得る。

 イースラント城内の玉座の間。その奥に据えられた室内には、城壁で励んでいた男達とはまったく見かけの異なる、細身で色白の者達が集っていた。


 目を閉じて微動だにしない彼らは、その額から流れる汗の質と量は城壁上の男達と同等だった。

 魔道の素養のない王子も、その室内にこもる何らかの力を感じられて、思わず息を止める。精神集中を続ける彼らの邪魔をしてよいものかと声をかけられないでいると、部屋の最奥に描かれた魔方陣の中央に立った男から声がかかった。


「――外の様子は。如何ですか」


 長く経た年月に乾いた声。

 声が響いても周囲の魔道士達が集中を切らさないのを見てとって、王子は頷いた。


「ああ。どうやら楽しんでもらえているようだ」

「王子の読み通りですな」


 にこりともしない老齢の魔道士に、肩をすくめる。


「別に自慢するようなことでもないな。まあ、竜がでてくる御伽話の類は、誰よりも聞きせがんだ覚えはあるが」


 王に揶揄され配下の者からもそう思われていたように、王子は英雄思想の持ち主だった。同時に竜の信奉者でもある彼は、だからこそ竜のことをよく知っていた。


 竜は勇気を好み、工夫を好む。

 その逆に怯懦を嫌い、安易さを嫌った。


 それはほとんど竜の気性といってもいい。


 敵対する相手が前者を持って立ちはだかる限り、彼らはまずそれを受けてみなければ気がすまないのだ。

 絶対者としての自負。――竜は、決して逃げない。


「だが、彼らはひどく飽きっぽい。大人しくしてもらえているうちに決着といきたいが、どうか」


 辺境にまで名前の響く冒険者一行の一人、老いた魔道士の男は、問われて小さく頭を頷かせた。

 男の白く染め上がった毛髪は登頂から失せ、その横合いから長い耳が伸びている。


「参ります。ここまでお膳立てを整えてもらって、励まないわけにも参りますまい」

「そうか。では、頼む」


 頷いて部屋から出ていきかける王子に、老齢の魔道士が問いかけた。


「……本当に、よろしいのですか。広場にはまだ息のある者もおりましょう」

「かまわん」


 王子は即答した。


「それを罪と思うなら私に被せよ。そなたの連れが怒るというなら、それもだ」


 魔道士は沈黙した。

 王子が部屋から出ていき、空間から灯りが失われる。


「――精霊よ」


 暗闇の中。老いた声とともに、濃密な気配が渦を巻いた。



 城の上空にあった青色の大穴は、いまやまったくその姿を失くしていた。


 どこからか生じた雲が幾重にも層を成す。

 風と雨が起こり、集中する。

 広場に君臨する竜を中心として一点に集められているものは、それら目に見えるものだけではなかった。


 マナという、世界に満ちる神秘の源。


 王城の暗室で、大勢の魔道士達が力の限りを尽くして集めたその力の場に、精霊と契約を交わしたエルフ族の老人が自身の力を上乗せて、行使する。


 集められた雲。ただの水滴と水粒の集まりではない、マナの固まりであるそれがゆっくりと形を変えていく。


 天空に現れた巨大な人型。

 そして人型とは、元々を精霊形といった。


 白雲の巨人と化した精霊が手を指し伸ばす。裁きを与えるように。



「……ドゥナシュ・ラーク!」



 巨大な竜の全長を包み込むほどの極大の雷が、天を裂き、広場を直撃した。



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