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蒼の森の魔女

ダニーの日記

作者: 東風になりきれない春

「蒼の森の魔女」本編完結から「ギルド受付嬢の冒険」までのあいだに起こった話

―――ダニーの日記。


あなたがこの日記を見つけたということは、わたくしはもうこの世にいないのでしょう。

てっきりあなたのほうが先にわたくしを置いて行ってしまうと思っておりましたが、あてになりませんね。

どうか願わくば、この内容をもとにあなたの才で後世に残るものを書いてください。

あなたならきっと成し得ると信じております。






だにーは、6さいになりました。

おかあさまが、このしろい本に、まいにちのできごとを書きなさいとおっしゃいました。

おにいさまや、おねえさまとちがって、わたくしは字をちゃんとかけないので、れんしゅうなのだと思います。

がんばります。


ダニーは7歳になりました。

この1年でずいぶん文章が上達したと思います。

最初のころのページを読みかえすと、あまりの拙さにはずかしくて顔から火が出そうです。

でもまだまだ貴族としては、この言葉づかいとか、文章は赤点なのだそうです。

お母さまは厳しいです。


ダニーは8歳になりました。

10歳になる前に、貴族の作法をしゅうとく・・・習得。ええ、習得しなければならないそうです。

まだ難しい文字があるので、辞書が手放せないわたくしにできるか心配です。

でもちゃんとしないと、お兄様とお姉さまに恥をかかせてしまいます。

しょうじんあるのみ、ですわ。


ダニーは9歳になりました。

貴族の作法はお母様でもなく、お父様でもなく、使用人に習いました。

彼は本当にただの使用人なのでしょうか。

厳しすぎます。鞭ばかりです。飴を要求したいです。


ダニーは10歳になりました。

とうとうお兄様とお姉様にお会いするときがきました。

彼らは城に滞在しているらしいので、登城の手続きに2~3日待ったりしました。これでも早い方なのだそうです。

実際会った感想は、ええと・・・なんというか兄姉というよりも祖父母といった風情でした。こうして日記に書いている今は落ちついてますけれど、そのときは動転のあまり謁見の間で盛大にころびましたわ。

お母様とお父様を問い詰めると、ふたりと使用人の3人は不老なのだそうです。

わたくしは最初の子、お兄様より50年以上たってから生まれたらしいですわ。

わからないことが多すぎるので、じっくり問い詰めたいと思います。


ダニーは11歳になりました。

読み書き、作法を習得したわたくしは、両親たちの正体とともに歴史を学びました。

ああ、お母さまがあの蒼の森の魔女だったなんて。

いいえ、けっして畏れているわけではありません。

わたくしにとっては優しいお母様ですもの。ただ、魔女という呼称は蔑称。

あの双方ひどい消耗を強いられたクレセント王国とグランティオス帝国の戦争終結から100年。そこからさらに50年たった今。

お母様の活躍でじょじょに緩和されてきていても、昔の価値観を振りかざす者のせいで肩身の狭い思いをすることがあるのを知っているのです。

いまだにお母様は、最初の子どもたちを国家に取り込まれたことを嘆いておられます。

あのとき、お母さまが蔑まれることのない立場なら、きっと家族みんなで暮らすことも可能だったのではないでしょうか。

どうにかしたい。

わたくしにできることはないのかしら。


ダニーは12歳になりました。

最近できたモナド国立魔術学校への推薦のお話がきております。

2番目のお兄様、宰相閣下から。

ありがたいことですが、わたくしにはお母様のような魔力も錬金術の才能もありません。

お父様のような剣術と軍団指揮の才能もございません。

使用人ギルベールのように肉弾戦に強いわけでもありません。

お兄様のように騎士団をまとめることもできません。

お姉様のように国政にたずさわる才もございません。

推薦の手紙をいただいた2番目のお兄様のように、王の影となり日向となり支えながら国家運営するなど、もっとできません。

わたくしは、わたくしの分をわきまえておりますわ。


ダニーは13歳になりました。

以前推薦していただいた魔術学校に属しておりますが、生徒ではありません。

わたくしは司書見習いとして雇っていただいております。

突出した才能もなく、容姿も平凡。黒髪碧眼という皇族と似たような姿の、普通の娘と見られているようです。

特別扱いの辛さは、お母様たちで知っているつもりです。

ですから、いまの平穏な生活は恵まれているのでしょう。

わたくしはここで、お母様の蔑称を敬称に変えるべくがんばります。

ペンは剣よりも強いのですわ。


ダニーは14歳になりました。

そろそろ縁談が舞い込んできているようです。・・・ようです、というのは、わたくしが実際にその縁談の書類を見たことがないから。

すべてお父様が燃やしてしまっているらしいのです。

ギルベールがいい笑顔で教えてくれました。

そんな・・・このままではわたくしは嫁ぎ遅れではありませんか。

貴族の子女はこの年齢くらいから婚約者がいるのが普通だと教えたのはあなたでしょう、ギルベール。

なのに・・・いいえ。本当はわかっているのです。

政略結婚の道具にされないだけの盤石の地盤を築いた今なら、わたくしがわたくしの意志で結婚相手を探して幸せになれる道があるということを示してくれているのだと。

実はもう気になる殿方はいるんですけれどね。

お母様やお父様たちに話したら、面白がって殴り込みに行きかねないので秘密にしています。彼は文官なんです、やめてあげてください。真面目に死んでしまいます。


ダニーは15歳になりました。

ようやく司書見習いから、正式な司書に就任できました。

当時の司書長がおっしゃるには、良くも悪くも平均的な実力と、長く続けてくれそうな生真面目な性格を買ってくださったそうです。

わたくしは、わたくしを公爵の娘ではなく、魔女の忌み子でもなく。

ただの本好きな女の子をありのまま見てくださった彼に恋に落ちました。


ダニーは16歳になりました。

恋を自覚したあの日から、わたくしは負けておりません。

勝ってもいませんが。

お母様いわく「恋は戦争」なのだそうです。肉食系女子というやつですね。

何故知っているかびっくりされておりましたけれど、最近お母様の使われる言葉が平民の間で流行っているのですよ。

親近感がわくそうですわ、よかったですね。お母様。


ダニーは17歳になりました。

イベントごとには愛のこもったプレゼント。愛のこもったサプライズ。愛のこもった以下略。

そうして3年目の今日、ようやく司書長エリック=バートン様とふたりきりで。

ここ重要ですわ。

ふ た り き り で!

出かけることになりましたの。

内容は蔵書の種類を増やすために、新書を探すという名目がありますけれど、ふたりきりならデートと脳内変換してもかまいませんわよね。

ああ、グレイの髪としなやかな指先。意外とがっちりしている背中に飛びついて抱きしめてしまいたい!

・・・いけないわ、ダニー。

それは淑女の振る舞いではないはず。彼とわたくしの年齢差は30歳差。

少しでも大人の女性に見られたいのですわ。


ダニーは18歳になりました。

雪の降るなか、公園の一角で勇気を出して告白いたしました。

女性から男性への告白なんてはしたない、と思われるかもしれません。

今や時代遅れの風潮のひとつですけれど。

どうかエリック様、わたくしを受け入れてください。

エリック様は「年齢差が」とか「世代の価値観の差が」とか「身分がつりあわない」などなど、わたくしを諦めさせようと必死でしたわ。

けれどエリック様。

女はきれいな嘘よりも、真実愛した人の本当の言葉を聞きたいものなのです。

わたくしはお母様直伝のお話合いを決行いたしました。

肉体言語には訴えておりませんよ?わたくしのような平凡女が暴力をふるったところで、長身でからだつきのいい彼に傷を負わせられませんからね。

ただ、精神的には辛いものを用意させていただきました。

お母様いわく「しぇーのポーズ」という独特の片足立ちで4時間。

その後、気が緩んだところに正座4時間。

さらに正座の上から重石を追加して4時間。

以上、半日耐久お話合いコースです。

結果は完全勝利ですわ。

必勝法を授けてくださったお母様。技術を仕込んでくださったお父様とギルベールに感謝を捧げます。


ダニーは19歳になりました。

去年は婚約どまりでしたので、今年は結婚まで持って行きますわ。

お母様が「いまどきの男はなよっちいから、肉食系になれ。食え」とおっしゃられたので、明日の夜あたりにエリック様の寝室に忍び込もうと思います。

手引きはギルベールがしてくださるそうです。

「私のお嬢様がっ」と四つん這いになってしばらく再起不能でしたが、子どもはいつか巣立つものですわ。

そうそう、13歳のときから続けていたものが形になりそうです。

7年かけてできあがったもの・・・これをわたくしが出版できればいうことありませんけれど。改稿の時間も必要ですからね。

わたくしの時間がもつかどうか、心もとなくなってきました。


ダニーは20歳になりました。

お腹の中には第一子の命の芽吹き。とても幸せですわ。

安定期に入ったころ、堕胎もできないくらい膨らんだお腹をかかえて旦那様・・・ああ、この呼び方はいまだに気恥ずかしい。

エリック様に大事な、本当に大切なお話をしました。

わたくしは家族内のだれよりも劣っております。けれど、たったひとつだけ蒼の森の魔女であるお母様さえ使わない魔法を使えます。

そう。お母様は使えないわけではなく、ただその魔法の代償が大きすぎると禁術指定したのですわ。

わたくしは司書ですから、禁書棚もフリーパスでしたけどね。

大切なお話の中に危険性を説明しなかったのはわざとですから、あとでこれを読んだ後、怒らないでくださいませ。ちゃんと理由があるのですわ。


ダニーは21歳になりました。

生まれたのは愛らしい男の子でした。

旦那様によく似たグレイの髪、わたくしそっくりの碧眼。

愛しい子・・・ようやく生まれてきたわたくしの子。

あなたがどのような道を歩もうと、わたくしは病気することなく健やかであればよいと思います。

そういえば旦那様は赤ん坊を見るなり、普段の冷静さを空のかなたへ放り投げて滂沱の涙を流しておられましたね。

言葉はありませんでしたが、表情からうれし泣きだとすぐにわかりましたわ。

愛しい旦那様、愛らしい我が子。

もうこれ以上の幸せを望むのは罪でしょうね。


ダニーは22歳になりました。

我が子ザンザは1歳と少し。どんどん人の真似を覚えて、愛らしく育っております。

けれど、最近旦那様は気分がすぐれない様子。

ザンザと遊んでいるときは笑顔ですけれど、すぐに顔面蒼白になって目まいを起こしているようです。

わたくしは11歳のときに学んだ歴史と、ギルベール自身の体験から旦那様の正体を知っております。

あなたはわたくしが知らないと思っているでしょう。

ええ、そのままでいてください。でないと、わたくしの計画がばれてしまうでしょう?


ダニーは23歳になりました。

ザンザはこの年齢にしては流暢に言葉をあやつり、早くも魔法の才能を開花させつつあるようです。まだ3歳にもなっていないのに・・・彼の今後に影響を及ぼさないよう、しっかり躾けなければ。

特権意識や、優越感は孤独しか生みません。

わたくしの家族が身を持って経験していることですわ。

そして旦那様はというと・・・ああ、もう本当に時間がありませんね。

寝床から起き上がることが稀になるほど、心身ともに弱っていらっしゃいます。

もっと家族として平和に暮らしていたかった。

もっとエリック様と幸せを築きたかった。

もっとザンザの成長を見守って、彼の子どもや孫を見るくらいまで・・・もっともっと。


ダニーは24歳になりました。

欲求は尽きません。

けれど、そろそろ実行しなければ旦那様の命は潰えてしまいます。

昔、ギルベールに聞いたのですわ。

グランティオス帝国で生み出され、実験段階にもかかわらず実戦投入されて、そのまま行方知れずになった合成獣が数体いたことを。

彼らはギルベールほど完成度が高くなかったらしくて、不老でもなければ強靭な肉体といっても、常人より少しばかりすぐれている程度。

そんな試験官ベビーたちの一体をギルベールが覚えていたのは僥倖でした。

E-R-10とラベルを張られた合成獣の試験体。

灰色の髪には狼の情報。

しなやかな指先には暗殺者の技術情報。

からだは人に近くても、戦うために生み出された生命。


E-R-10

E―R―ic

Eric


エリック様、旦那様。あなたのことですね。

お会いした時から変わらない姿かたち。

若くないからばれないと思ってらっしゃったのでしょうか?甘いですわ。わたくしの愛を見くびってもらっては困ります。

わたくしは合成獣だからといって、あなたに同情も憐憫も抱きません。

わたくしはあなたに愛情と恋情を向ける、ただの女ですから。


ダニーは25歳になりました。

儀式の魔法陣、捧げる供物。ともに異常なし。

旦那様とザンザは遠出に行ってもらいました。わたくしが仮病を使って、今日の遠足を休んだのですわ。

今ごろふたりで湖の側で昼餉を食べているでしょう。

心配そうにしながら行ったふたりには悪いとは思いましたが、これがわたくしの最善。

お母様。

わたくしは今から禁術を展開発動いたします。あなたの意志に反することをして申し訳ありません。

お父様。

お母様はいじっぱりだから、きっと人前で泣かないでしょう。泣かせてあげてくださいませ。そしてお父様も泣いてくださいませ。お兄様たちによろしくお願いいたします。わたくし、それだけで満足ですわ。

ギルベール。

あなたはわたくしの生涯の師でした。

いつかあなたを論破するのが夢でしたのよ?

もう時間が足りなくて叶えられそうにありませんけれど、きっとザンザがやってくれるでしょう。あの子はわたくしより賢く、強い子に生まれましたもの。


最後に、エリック様。旦那様。

あなたの妻で本当に幸せでした。

今後の生を幸せに生きてくださいませ。

ダニージョ






―――反魂の法。

それは死者と生者の魂を交換して、死者を蘇生させる禁術。

代償は魔法陣を描くほんの少しの魔力と、術者の魂。




エレオノーラは娘の日記帳をそっと閉じた。

あれからどれほどの月日がたったのか。

合成獣として不十分でアンバランスなからだゆえに、内部から崩壊しかかっていた娘婿は一命を取り留めた。

そのかわりに娘ダニージョは反魂の法によって命を落とした。


娘婿は死に物狂いで日記や歴史書を紐解き、残りの寿命すべてをかけて魔女の有意性や社会的地位向上のための書籍を綴った。

孫はそれらの本を各国に売るために貴族の位を離縁して、商人となった。そして世界中を駆け回って母親の遺志を伝えた。


魔女は忌むべきものに非ず、と。


日記帳を持つ手が震える。

こんなことのために魔法を教えたわけじゃない。

こんなふうに命を投げ出すような育て方をしたつもりはない。

けれど、実際にダニージョは死んでしまった。

反魂の法で死んだ者を、反魂の法で甦らせることは世界の摂理に反する。

摂理は絶対の理。

エレオノーラは摂理=擬似的な神だろうと予想している。

「この世界に落ちた時点で信じる神なんてなくなったし、頼ることもないけど。でも、でも・・・また私の子どもが失われてしまった・・・っ」


万能とうたわれたところで、所詮エレオノーラも摂理にとらわれた存在。

摂理に反する行為は成し得ない。

「神など滅びてしまえばいい!そうすれば私の力で時間を逆行させることも、ダニージョを復活させることもできるのに!いつだって神は・・・神なんて・・・大嫌い・・・っ」






悲劇から生まれた歴史書は魔術学校の図書館へ。

広く親しまれるようになった魔女を題材にした絵本は、子どもたちの本棚へ。

そうして数百年後。

薄紫の髪と、水色の目を持つ少女が絵本を片手に願いを口にする。

「わたし・・・大きくなったられんきんじゅつしになるわ!」


魔女エレオノーラとキールの最後の実子ダニージョの物語。

ダニージョ誰?って方は、「ギルド受付嬢の冒険」第一話の最初の部分をどうぞご覧くださいませ。

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