ほほえみ
新潟の、とある美術館で、どこかの有名な美術館の展示をしているというので、行ってみることにした。
よく晴れた、ちょっと暑いくらいの秋晴れの日。空は高く、雲はぽつりぽつりと見えるくらいだった。
展示物は絵画などではなく、ギリシャあたりの彫刻やエジプトらへんの発掘品だった。あまりそのへんの事情には興味をもたず、ただ純粋に目の保養が目的だった。
神殿の柱や梁にあしらわれた彫刻が、順路に沿って並べられている。
すばらしい肉体美をほこっていたり、慈愛のまなざしをしていたり、神々しさが溢れかえっていた。
しかしわたしには物足りなかった。
まぶしすぎる、と思った。
1年続いた不倫の生活が終わりを迎え、一人になった私にはどれもハメコミ合成のようで、心に落ちてはこない。
それでも歩きつづけていると、ふと一つの彫刻に出会った。首から上だけで、短い説明文がついているだけの、ぞんざいな男性の彫刻。
しかしわたしは目が離せなかった。それまで見てきたものとはまるで違う、穏やかな輝きを放っていた。何かが、トン、と心に落ちてきた気がした。
その男性は、笑みを浮かべていた。神々しさや慈愛はまるでなく、ただ、わらっているだけだ。
天気がいい日だったのだろうか、なにかかわいいものでも見つけたのだろうか。
何気ない、日常のほほえみ。
わたしがその男性に目を奪われていると、隣に立つ客も、同じように足を止め、見入っていることに気づいた。
誰もが通り過ぎていく中で、その女性も、わたしと同じものを見ている。
私たちはつい、顔を見合わせてしまった。
少し照れて笑い、そして彼女は言った。
「笑ってますね」
わたしはうん、とうなずいた。
今、わたしたちの心には同じ何かが落ちたに違いない、そう思った。
一度も会ったことがない、そしてまた会うこともないであろうその人と、いま同じものを共有した。
それは、一年かけても不倫の彼と共有できなかったものに違いなかった。
私たちは別れてよかったのだ、と、ようやく納得した。
やがて彼女は後からきた友人につれられて行ってしまった。
外に出ると、夕日になりかけた太陽がやんわりとした橙を放っていた。
伸びをして、あくびをし、そして涙をふきながら、一寸笑った。
いい日だった。