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「えっ!良いんですか?」


途端、垂れていた両耳がぴーんと上がり、同じく項垂れていた尻尾を千切れんばかりに振った(もちろん幻覚)碧は、こっちが嬉しくなるような顔で笑った。漫画とかでよくある「ぱああっ(キラキラキラ)」という効果音が聞こえる気がする。


あんまり喜ぶものだから、なんだか可愛くなってしまって、私も嬉しくて、つい言ってしまった。


「うん!もちろん!碧が笑ってくれるなら」


握手している手をぶんぶんと振って喜んでいる碧。

背も高くて、痩せすぎない程度に良い体格をしている男がまるで子供みたいに無邪気に笑って喜んでいる。一体何がどうしてそんなに嬉しいのかは意味不明だけれど、彼の今までの人生を思うと理由は何であれ笑ってくれて嬉しい。今までは辛いことばかりだったと思うけど、これからはもっともっと笑って欲しい。感情が戻ってきたと言う碧に、それならもっと幸せを感じてもらいたい。本当の意味での幸せは呪いを解かなければ得られないかもしれないけど。一時の幸福を呪いを解く事で本物にしなきゃ。だからそれまでは。



「そう言えば、葉月さん。僕が先程言ったこと、覚えていますか?」


「え?『良いんですか?』ってやつ?」


「ふふ。いいえ。もっと前です」


「碧の過去の話?」


「それよりも前」



それよりも前?

うーん。何の話してたっけ?

すぐ忘れてしまう性分で昔から困っているのだけれど、こう言うとき申し訳ないと思うよね。


「えーっと…ごめん、忘れちゃった」


「じゃあ、もう一度言います。いえ、何度でも」



さっきの子供みたいな笑顔ではなく、碧の表情はふいに年相応の青年のつくるそれになり、エメラルドの瞳が妖しく光ったと思った次の拍子にまだ繋いでいた手をぐいと引かれた。


あ、流れ星みたい、と思ったら、その二つの輝きは瞼が閉じたせいで見えなくなった。代わりに唇に柔らかい感触が移る。

温かいのか、冷たいのか、分からない。


腰を、うなじを、硬い大きな手が押さえて逃がすまいとする。

星が綺麗、などと惚けていたけれどだんだん正気が戻ってきて、今自分が何をされているのか分かった。


「…ん、んんっ!」


くちゅ、と音を立てて舐められる。


こうなればもう呆けてはいられない。

私は今、碧にキスされている!



「…っと!ちょっ、碧って、ば!」


回されていた腕をどかし、どうにかこうにか碧を引き離した。

恥ずかしくて、しかもいきなりされたせいで息が上がっているのを無視できず、それがさらに恥ずかしさを呼び、肩を上下させながら碧を睨む。


でも碧は、その大きな手で口許を隠して下を向いている。

くそ、睨んでるのに見られてないから意味がない。いや、でも正直見られない方がいい。こんな、真っ赤になってる顔なんか!

と言いつついつまでたってもこっちを見ようとしない碧が気になって、顔を覗き込んでみた。


「碧?ねえ、なんか言ってよ…なんでき、キスなんか、」


「葉月さ…ん…。僕、ごめんなさい」



確かに無防備な私が悪かったと思う。

彼が、碧がその手で隠してるのは彼の私より真っ赤になった顔だったと知った時には、もう遅かった。

きつく、碧の顔が完全に見えなくなるまでぎゅうぎゅうに抱き締められた。うなじに熱い吐息がかかり、耳朶を食まれて、そのまま囁かれる。



「僕は、貴女を…葉月さんを愛してしまいました」




「先程も言ったんですけどね」と熱い息をがかかる中言われ、思い出そうとすると確かに言われたような。でもさっきは好き、とだけだった。(4話参照)私はそれを友達としてとか、持ち主としてとかそういう類いの物だと思ったのだ。その前に彼にキスされそうになった事件があったけれど、あれは私の勘違いだという結論に落ち着いていたから。だから、まさか碧が私をそういう意味で、『愛している』っていう意味で言ったなんて思わなかった。だって、だってそれは。


「ねえ、碧、もしかしたらそれって、さ。勘違いかもしれないよ。弱ってるときに優しくされたら『あ、この人でも良いかも』とか思っちゃうものなんだよ。だってそうだよ、そうじゃなきゃおかし…」


「葉月さん!」


私をきつく抱き締めていた腕をものすごい勢いで離し、そのすごい力のまま私の肩を握った碧は、怒っているような、哀しそうな、よく読めない顔で私の名前を呼んだ。



「僕は、葉月さんが好きなんです。嘘なんかじゃない。信じてくれなくても、僕はずっと言います。貴女が好きだ」


「あ、碧…」


「こうして、貴方に触れる事を許してもらい、貴女に触れてしまった後ではもう、もう歯止めが効かない。何度でもと求めてしまう。そう、たった今知りました。僕にも分からない程、貴女の唇に触れてしまった今は、もう」


苦しそうに眉をしかめて、声を震わせながら言う碧には、もう子供とか犬とかそういう形容は似合わない。彼はもうただ一人の大人の男だった。西洋の王子か騎士か、はたまた別の職なのかは分からないけれど、漂う気品と色気は彼のものだった。たとえ彼が昔貴族でもなんでもない町人とかだったとしても、関係ないのだと。この気品は彼自身の性格の高貴さが放つものなのだと。


そして、そんな彼が何故私なんかをと、思わずにはいられなかった。



「ねえ、碧、碧ってば…んっ!」



再び唇が触れた。今度はさっきのものとは違う。さっきの触れられて唇を舐められるだけのキスとは違う、もっと深く、ねっとりと舌と舌とが絡み合うキス。お互いの唇から漏れる熱い息と唾液が融け合い、濡らして、焼け付いて、焦がす様に次から次へと求めてくるその舌。ちらと目を開けると碧がとびきり濡れて色を含んだ瞳で私を覗き込んでいた。どきりとした。その瞳に映る私は、今どんな顔をしてしまっているんだろう。私の瞳も彼の様に濡れているのだろうか。そしてそれを見た碧は一体どう思うんだろう…


息をするためにほんの少しだけ離れた碧が、私の唇の上で言う。


「でも、僕は、このままじゃ…」


言いかけて、ふと温度がなくなった。目の前にある彼の顔が薄れていく。窓から漏れるのが月光ではなく昇りかけの朝日の光だと気づけば、彼の姿形はみるみる内に消えてなくなっていった。代わりに形どられた小さな人形。テーブルの上には凛々しい姿の人形の碧が立っていた。今朝見たのと同じ顔。


最後に何かを言いかけたまま人形に戻ってしまった碧の表情は今はもう読めない。



ちょっと今回濃いですね。そういう描写は書いててすごく恥ずかしいです笑

切ないぞ…でもハッピーエンド予定なのでご安心を!

いつも読んで下さって、ありがとうございます。更新頑張ります。

ご感想などもしございましたらぜひお聞かせくださいませ(*^^*)

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