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05

「あのね、碧。私もう別に気にしてないから。綺麗さっぱり忘れてるから。もう終わったことなの。だからさ、そんな怖い顔しないでよ」


「怖い顔、ですか」


「いやあの、綺麗なのには変わりないんだけどね。ちょっとコワイかなーなんて」


驚いた顔をしてそのまま俯いてしまった碧の今の顔は、彼の垂れた前髪で隠れている。怖いなんて言ってごめんね?と覗き込もうとすると、彼は神妙な顔で私を見た。


「すみません。人形にされてからこの方、怒りなど遠い昔に捨ててきたと思っていたんですが」


碧がその端整な眉を下げて困った様に笑った。


「怒りだけじゃない。嬉しさ、悲しさ、寂しさ、期待、幸福、焦燥、それらが僕に戻りつつあります。貴女に…葉月さんに出会ってから、貴女が僕に話し掛けてくれてから、思えば徐々に。僕は感情というものを思い出していった」


何も言えなくなるくらい、真剣な眼差しで私を見詰めた。


「貴女に出会う前は、貴女の様に僕に話し掛けてくれる人間なんていなかった。誰もが僕を“モノ”として扱った。始めこそ抵抗していましたが、人形の僕の声なんか聞こえるはずもありません。ただ、満月の夜に望めば一時的に人間に戻れる事を知った時、その時僕は言い様にもなく嬉しかったんです」


「その事実を知った時、僕はすぐ当時の主に助けを乞おうと人間に戻り主に姿を見せました。しかし、事はそう上手く運びませんでした」


私から目を逸らし自嘲気味に薄く笑った。


「当然でしょうが、主は驚き呪いだと言い、彼の屋敷の使いに僕を鞭打たせ、朝になり人形に戻った僕を焼き払おうとしました」


碧の言葉が、悲痛に震える声が、私の頭をがんがんと揺らす。胸が引きちぎれる様に痛む。手がわなわなと震える。


「でも僕は呪いのせいでいくら焼いても朽ちず、それが余計に主を不気味に思わせ仕舞いに海へ投げられました。いくら死にたくても死ねない、そういう呪いだからですが…っと、」


たまらなくなって、碧をぎゅっと抱き締めた。

死にたくても酷い仕打ちを受けながら何百年も生きなければいけないなんて。人間としての一生をゆうに超える年月を、誰とも話すことなく、ただ飾りとして、いや、虐げられながら、文字通り人形として生きてきたのだ。それが碧の人生だったなんて。



「はづき、さん…」


「も、もういいよ。思い出さなくて、いい」


「すみません。僕は…また同じことをしてしまった。貴女を泣かせてしまった」


「泣くよ、誰だって貴方の事知ったら泣いちゃうよ。それに私が泣いたって何にもならないのに、ごめん」


ぐちゃぐちゃな顔で、ぐちゃぐちゃに碧に抱き付くしか出来ない私を、優しく、気遣う様に抱き締めてくれるこの人は、一体どれだけ強い人なんだろう。どうして他人に優しく出来るんだろう。


「なんにもならないなんて、言わないで下さい」


さっきよりぎゅっと強く抱き締められる。



「なんにもならなくないです。さっきも言いましたけど、僕は今まで生きながら死んでいた様なものだったんです。感情なんて、ずっと昔に捨てていたから。だから何をされても辛くなかった」


「じゃあ、私のせいで辛いこと、思い出しちゃったんじゃないの。どうしよう、うっ、ごめん」


「それは違う」


いつぞやの時みたいに、碧がその白く長い指で私の涙を掬った。ぐちゃぐちゃになった私の顔は、それはそれは見れたもんじゃなかっただろうに、碧は真剣な目で私を見詰めた。


「貴女は僕の主になってくれて、人形の僕に毎日話し掛けてくれて、人間に戻った僕を見て拒否しないでくれた。それどころか、満月の夜は毎回本当の僕と過ごしてくれている。これ以上望む事なんてないというのに、貴女は一緒に呪いを解くとまで言ってくれた」


「た、確かに変な奴っていう自覚はあるけど。でも、困ってる人を助けたいって思うのは、普通だよ」


碧はゆっくり首を横に振った。


「普通には、なかなか出来ません。それを“普通に”出来る人間に、僕は何百年と生きて出会わなかった。今やっと、貴女に出会えたんですから」


「碧…」


「高貴な者、そうでない者、皆結局は同じでした。僕は絶望していた。でも絶望すら無に変わった。そうしたら、ふふ。知らない間に数百年が過ぎてました」


にこっといたずらっぽく笑った碧は、私を抱き締めていた腕を緩めて少し間を開け、そのままにこにこと私を見た。いやいや、そんな良い笑顔で言うことじゃないと思うんだけど、とは言わないでおいた。


「嫌なことを思い出しても僕がこうして笑っていられるのは、貴女に幸福を貰ったからです。一人ぼっちの時、無条件に毎日優しく笑いかけてくれる女の子がいたら、どんなに幸せで暖かくて胸が苦しくなるか、分かりますか」


瞳を眩しいくらいにきらきらさせて、弾けんばかりの笑顔でそう言われるとなんだか恥ずかしくなってくる。本当にただ職場の愚痴だとかあれが食べたいあれは美味しかったああ痩せたいだのなんだの、どうでもいい内容ばかり一方的に喋ってただけなのに。

あれ、でも今胸が苦しいって言わなかった?


「でも苦しくなってちゃ駄目じゃない」


「ふふ。そうですね」


おわー!何その笑顔!確かに幸せそうだけど…!



さっきの悲痛な表情が微塵にも出てない今の笑顔を見て少しだけ安心してきたのか、今度は今現在の2人の状況に違和感を覚えてきた。そうですね、抱き合ってます。お互いにがっちりと。


近くで見ると、本当に整った顔だ。澄んだエメラルド色の瞳はきらきらと輝いている。まるで少年だ。見た目もスマートでまさに王子様風の体型だと思っていたけれど意外と筋肉質で硬い。無駄な脂肪は一切無さそう。私の肉を分けてあげたいと思う程。それに、すごく良い匂い。


しばらくそんな事を考えながら惚けていたら、碧にいきなり謝られた。

回されていた腕がすっと離れる。

あっ、と声が出て、咄嗟にその腕をまた掴みそうになった。

手を伸ばしかけて、何やってるんだろうと恥ずかしくなってやめた。


「ごめんなさい。僕はまた…不用意に貴女に触れてしまった」


別にいいのに、と言おうとして、この前の私の態度と明らかに矛盾している事に気づきやめた。この前の夜碧に抱き締められた時は、彼をしばらく遠ざけてしまったというのに。何故今夜は良いのかという話になる。

でも今は彼に触れられても抵抗はなかった。というか今回は自分から抱き締めたんだけど。

じゃあ、良いかな。そう、こんなのはただのハグの内だし。友達を慰める時の抱擁みたいなもんだし。この前の夜はいきなりだったからね、そうそう。だから別にいいよね!

…という自問自答の結論を10秒くらいで出した私は碧の手を握って握手しながら言った。


「あ、いや全然、触って良いよ!」

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