03
ああ、危険だった。
『罰を』と言いながら私の耳の後ろをその長い指で撫であげ、何やら熱い視線で私の目を覗き込んで来た。反対の手が私の背中から腰へとゆっくり下降し、そのまま腰をがっちり固定したのだった。
正直、「見た目はクールでカッコイイ系だけど中身はかわいい系だな」なんて思って油断していた。あれはヤバイ。かわいい小動物とかの眼なんかじゃない。今流行りの草食系でもない。あの一瞬、彼の眼は完全に猛侖系のそれだった。
私は別に男慣れしてない穢れ無き少女って訳じゃない。かと言って経験豊富という訳でも無いけれど、身の危険を感じ取るくらいは出来る。その女としてのセンサーが働いたのだった。
ただ、私が彼の視線から目を逸らし腕の中から逃げると、それはそれは可哀想な捨て犬の様に耳と尻尾を垂らし項垂れてしまったのだった。
あの変わり様は一体…。
昨晩、私はあのエメラルドの瞳から離れて早々、寝る身支度をした。
随分と長話をしていたもので、あの時点で既に日は昇る寸前だった。窓の外から白い朝焼けの光が差し込み始めていた事にほっとしたのだった。もしまだまだ夜が長い様だったら、私はちゃんと逃げることが出来ていたのだろうか。多分色々と無理だっただろう。気まずいのもあるし、私の罪悪感は今よりさらに大きかったと思う。折角人間として話す事の出来る夜だったのに、突き放す様な事をした、と。でも。
一瞬、キスされるかと思った。
そういう雰囲気だった、気がする。勘違いも甚だしいわこのお花畑女。と言われる覚悟で言うけれど、碧の瞳がそう言っていたのだ。
思い出すだけで顔が熱くなる。恥ずかしい。もう10代の少女って訳でもないのに。
満月の昨夜が終わり、また人形に戻った碧はテーブルの上の端の方に無表情で立っている。人形だから無表情っていう表現はおかしいけれど、昨夜の出来事はまるでただの夢だったと錯覚する様な。でも夢じゃない事は分かっている。
かと言う私はまだベッドの中。今日は休みだから、昨夜は心おきなく碧とゆっくり話そうと思っていたのだ。その心積もりあって彼の事は色々聞けたし、これから一緒に彼の呪い解除を手伝う事を約束して、十分有意義な夜を過ごす事は出来たのだけれど。
ふぅ。
今日一日このまま家で碧と過ごすのは少しばかり気まずい。
このまま昼まで寝てしまっても良いし、元々そうするつもりだったんだけど。
よろよろとベッドから這い出て、顔を洗い適当に朝食を取り適当にメイクして適当に服を選び、車の鍵を持って部屋を後にした。
もちろん、ちゃんと碧には行ってきますって言う。
そういうのはないがしろにしたくなかった。