二日目(火) ~分析~
「…ああ、榎田君。お帰りなさい。」
「おおダンナ、今帰ったぜーい。で、それは?」
「後で説明しますよ。報告もその時お願いします。木林君も、お帰りなさい。」
「あ、ど、ども…」
「お疲れ様でした。今日はもう帰っていいですよ。」
「え、ええー…。」
会話三文目でこの「帰ってくれ」宣言ってどうよ。脅迫して雇ってるとは言え、もうちょっと人間扱いされてもいいんじゃありませんか?基本的人権ってこの国補償してくれてますよね?僕、人間ですよね?
「え、えっと…」
「もう大分遅い時間ですしね。ご飯は榎田君に…おごってもらいましたね。では。」
「その節はどうも…。」
「妹さんも心配するでしょうしね。お疲れ様でした。」
思っていても言えないのが、ヘタレの性。完全に笑顔のメガネ、楸シンに押し切られてすごすごと帰る…というか、事務所にあがらせてもらってすらいないんだが。文字通り門前払いだ。きっとこの言葉を作った人は、こんな目にあったことが有るに違いない。
「んじゃあ、これで……。」
「ええ。明日は森羅のお嬢さんとデートですね。楽しんで来てください。」
「……。」
最後に嫌な台詞 (折角忘れていたのに…)を吐いて、ドアを閉める。要するに締め出す。まあさっさと帰れるに越したことないし、いいけどね。はあ、明日もこのすごい非日常が続くんだよなあ……とか、あれ?もともとも殴られたりしてるんだし、たいして変わりないんじゃ?とか考えたり、いろいろとブルーな事を考えながら、まわれ右して家路に就く。
―――振り返る動作と、閉まるドアのちょうど間に見えた、楸が意図して隠すよう、庇うようなさみしげな一人の少女の後ろ姿は、気のせいだと思う事にした。
ああ…今日は帰ったらどうなるかな…。まあ…
「あたまをすぐかばったほうがいいよ。」
今日の事務所で最後に聞いた言葉は、未来を『予感』する少女が帰っていく俺の後ろ姿に投げかけた、この上なく不吉な一言だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……。」
「さて、と……。」
「ダンナ、こりゃー、どういうこった?あのレンがこんなになってるの見るなんて、いつ以来だよ?仕事でしくっただけじゃーなんだろ?」
「ええ、、まだ私も聞いていませんね。帰って来てからずっとだんまりでして。話してもらえますね、柊さん。」
事務所のメンバーが全員一堂に会するのは、珍しい事ではない。だが、ここまでの重苦しい雰囲気は久々のものだった。いつもは軽口ばかりの榎田が口を噤み、笑顔を絶やさないシンの口元がやや引き締まり、もう寝ている時間のパルカも起きている。
「…ああ、話す。話さなければならないだろう。」
ぽつりと話し始めた柊の声が、少しだけ震えていた事には、全員が気付いていた。だが、この中にはそれを論う様な大人げない者は、一人もいなかった。この場にいない某ヘタレストなどは、空気も読めずに突っ込んでしまっていたかも知れないのだが、その事を憂慮したシンによって既に帰されている。
「あんな思いをしたのは、実に久しぶりだったのでな…。少し、いや、少しとも言えないか…。取り乱してしまった。すまない、パルカ。変えられた運命を、変えられなかった。」
「ううん。れんがきにすることじゃない。うんめいって、そういうもの。」
「ありがとう。あんな、というのは、今日戦った相手の事だ……。」
柊はすべてを話した。襲っていた相手の事。自分の攻撃が防がれた事。そして一瞬躊躇した後、自分の『読心』で読み取った、尋常ではない殺気の事。
「なるほどなー…。要するに今回の敵は強いって事だなー。おっけー。」
「ああ。攻撃の時も、うまく説明できないが、何か違和感があったように感じる。とにかく慎重に戦うべき相手だ。師父にも注意を促されていたにも関わらず、不甲斐なくて申し訳ない…。」
「いえいえ、その事はいいんです。初めて聞くでしょうし、聞いてもあまりピンとこないでしょうから説明しなかったですが、一応説明しておくべきでしたね。私の落ち度です。」
「師父は、何か掴んでいたのか…?」
「ええ、若干、というところに過ぎませんがね。相手の中に『姓無』という集団がいる、という程度です。まあ『姓無』については、知っておく必要がありますね…。」
眼鏡の位置を直しながら、ふと思い出したように「ちょっとお茶を入れてきましょう。パルカちゃんも眠いかもしれませんが、今日はまだ起きておいてくださいね?」と笑顔で言い残し、給湯室 (小さい事務所だが給湯室くらいはあるのだ)へと去っていくシン。「パルカもてつだう…」と言ってパルカもそれについて行ってしまうと、残された二人の間に、重苦しい沈黙が漂う。
「……レン…どうよ?」
「……質問は分かりやすく、具体的にしてくれ…。」
先に沈黙を破ったのは、榎田だった。曖昧極まりない質問は、彼がこういった雰囲気が苦手で、何を聞いていいか分からなかった所為だ。
だが、そんな彼が先に口を開いたのは、感じ取ったからだった。
―――シンのダンナは、ここで俺に相手の情報を聞き出しておけ、っていってんだよな…。
柊がシンに好意を抱いているのは、誰が見ても (少なくとも榎田から見れば)一目瞭然だ。それは愛、恋というよりは憧憬に近いものだろう。そして柊は、その相手に対して弱みを見せることを嫌う。「自分が席を外す間に、柊の話しづらい情報をすべて聞き出してください。」というアイコンタクトは、『読心』など無くても、榎田にしっかりと伝わっていた。
「んー、じゃあ、もし『異能』無しで戦ったら、勝てたと思うか?」
「……仮定の質問には答えられないな。」
「…ははっ。どこの政治家だよおまえは。」
「………分からない。」
「はあ?分からないってどういうことだよ。」
接客用テーブルに両肘をついて、頭を抱えるような姿勢から顔を上げることなく言い放つ柊に、榎田は眉を顰める。柊は、自分より頭がいい。その柊が、「分からない」と判断した。
―――つまり、なんかレンには、理解できねえコトがあるってこったな。それも、シンのダンナには言えないような、ぼんやりとしたコトが。
「蹴りが防がれた時…違和感を感じた。なにか、重い…ような。吹き飛ぶ角度も何処か異常だった。アレの仕組みが分からん。」
「見た目より重いってコトか…。まあ、それなら俺が仕留めてやっから心配すんなやー。」
「…本当の意味で手合せしてはいないから、相手の体術の程は分からない。」
柊と榎田では、戦闘のスタイルが違う。柊は女性にしては長身で、手足も長い。それを生かした体術を使い、体重の不足分を連打で補うスタイルだ。だが、元々小柄な榎田には、それは真似できないスタイルなため、違うスタイルでの戦闘を行う。
まあ、真に恐ろしいのは、各々に合わせた戦闘を自在に教えられるシンなのだが。
「ま、なんにせよ今回の敵は厄介だなー。」
「…お前は気楽でいいな。」
「お待たせしました。では、話の続きと参りましょうか。」
シンとパルカが帰ってきたのは、柊が大きくため息をつき、それと同時に重苦しい空気が拡散したのを、ちょうど測ったようなタイミングだった。
実際に測っていたのかは、シン本人しか知らないが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ごぐッう!!!」
玄間を抜けると、そこは花畑だった。いやマジで。
…油断してたよ。認めますよ。「あたまをすぐかばったほうがいいよ」っつったって、妹が突っ込んで来てからだと思うよね普通。流石の俺もさ、これは予測してなかったよ。
玄関あけたら金ダライ降ってくるなんて。
信頼と実績の金ダライだよ。確かにさ、テレビで漫画で、実写アニメ問わず幅広く用いられちゃいるよ。でもさ、こんな理不尽なのってどうよ?しかもうちの金ダライテレビとかで見るほど大きくないから思いっきり角が当たってんですけど…。
「あ、あ、あ…」
「ん、んー…あ、にーさん…?お帰りなさい…。」
膝から完全に崩れ落ちてうずくまる俺の頭の上から、さっきまで寝てましたよー感バリバリで声をかける妹。何でそんな冷静なんだよ…って言うまでもないか。どうせお前がしかけたんだろうが…。
「お帰りなさいはともかく訳を言え訳をー!」
「夜中に大声上げないでください…。だって兄さんが帰ってきたらすぐ分かるじゃないですか…。」
俺、沈黙。いや、ちょっとネタのために無理して (こういうときに体を張ってしまうのはいける人の悲しい性である)大声出したせいもあるけど、それよりなにより、我が妹よ、今何と申したか?しかも何ぶつぶつ「兄さんお風呂入れないと…」とか「夕飯は食べてきたんですか…」とか言ってやがりますか。
「…お前もう寝ろ。相当きついんだろうが。」
「でも…にーさあん…」
「いいから寝ろ。」
「お風呂はいってくださいね……ふぁ…。」
パジャマに良く似合う大あくびをして、ふわふわヘアーをひるがえして寝室に入っていく我が妹。ってーか足取り危なっかしいな。あいついつもあんな夜中弱かったっけ?確かに俺と違って早寝早起きの健康優良児だけどさ。
「んっと…とりあえず、今日はもう眠いな…。寝るか……。」
ん?妹が難か言ってたって?ノープロブレムノープロブレム。ノープレブレムは問題無いって意味ですよお客さん。一日はいらなくたって死なねえって。
こうして俺の、充実していたかどうかはわからないが、人生でかつてないほど充実していた一週間の、二日目が幕を閉じた。
ちなみに、明日の人生初デート (になるかもしれない。人生ポジティブシンキングが大切だ。そこ、現実逃避とか言わない!)については、明日考えることにした。
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ちなみに余談だが、森音がひたすらに眠そうだったのは、彼に作った朝食のためにいつもより早起き、さらに言えば心境的に必要以上に早起きしてしまったこと、「帰りが遅くなる」と連絡を受けたにも関わらず待っていようとしたこと、眠気を堪え切れなくなり、それでも兄を出迎えたい、という葛藤の末に、呼鈴音代わりに大きな音を立てるようにすれば起きられると考えたこと、金盥なら漫画好きの兄の好み (?)に合うのでは、と眠い頭で必死に考えたこと、による。一重に森音の俊也に対する思いの産物なのだが、それを彼が知ることはない。
例え知っていたとしても、彼が彼女に感謝するかどうかは、また別問題であるが。
初作品です。
稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。