二日目(火) ~開戦~
「え、えーと、いろいろ聞いていいと言われたんですが…」
「だが断るッ!!!」
!!!???
え、えええ!?
ま、まさか、コイツ…
い、イケル男なのか!?この外見で!?
「いやいや冗談だよじょうd」
「なん…だと…!」
「…なんだっけそれ?」
「カレーにつけて食べるインドの食べ物。」
「…ナンだっけそれ?」
互いに交わす視線。レベル的にはトキメキ熱視線っていっても違和感ないレベルだよマジで。てかそんな目で見つめんなよ、ものすごい期待こもってんだよ。あ、念のため言っとくけど俺ホの字の方面の人じゃないからね。見つめ合ったってそんなこと起こんないからね。バスの中だとトイレないしね。あっても行かないけどね。
「若大将…君は、分かる人だね。」
「そういう君も、分かる人。」
言って交わす固い握手。なんか、すごい一体感。いや、こういう話できる人って、周りにいないとすごく欲しくなるんだよね。
―――彼、飢えてますから。
楸といった、事務所のイケメンメガネの言ってたセリフを思い出す。ああ、なるほど。飢えてる、ね。確かにその気持ちは良く分かるよ。俺みたいにさ、不良と絡みがある (絡みたくて絡んでいるわけでは決してないけどね)とさ、こういう話題に精通した人はあんまり近寄ってくれないんだ。まあ多分、逆の立場だったら俺もそうだよ。誰だってそーする。俺だってそーする。
「では、なんでも聞いてくれたまえ、同志よ。」
「では遠慮なく…、まず、あなた、何者ですか?」
「ああ、俺?なんかチュートリアルっぽくなるが、まあいいか。とりあえず俺の今からの俺の話は、長い説明文だからめんどくさい人は飛ばしていいんダゼ☆」
「誰に向かって言ってんですか。メタ的な事言ってないで説明してください。」
「んじゃあ、質問に答えてくか。俺は、榎田 涼…ってそれは知ってるか。今は大学4年だよ。進路が事務所に内定してっから、就活しなくていいんで、暇人だ。見た目中学生とか言ってくれんなよー、一応気にしてんだからな。」
「名前がどうとか、そういう問題ではないのだよ。」
「あ、それ俺元ネタ分かんね。じゃなくて、ああ、なるほど。俺達が誰か、ではなくて、何者か、だったな。俺達は、『異能者』。まあ簡単にいやあ超能力者だよ。色々あって超能力が使えるようになって、困ってた…のはレンだけか。まあ気持ち悪くなってるときに楸のダンナにそれとの付き合い方を教えてもらった。そのままその力を生かして一緒に仕事してる、って感じかな。」
「超能力者…?」
「ああ、まだ誰のも聞いてなかったのか?そりゃ訳分かんねーよなー。まあ一番分かりやすいのはパルカの嬢ちゃんだろーな。あの子の力は、『予感』。運命の分岐点をあらかじめ感じられる力だ。その周辺情報も少しは分かるらしく、その分岐点を俺らがいい方にいじってる、ってーのが俺らの仕事。というか若大将、この力がなかったら俺らの仕事成り立たねーだろーがよ。」
「ああ、あの子が…そーいえばそーか。あの子は…」
「んー、これは俺から話していいんかな…まあダンナはいいって言ってたし、いいか。パルカの嬢ちゃんは、昔はあんな感じじゃなかったんだ。無口ではあったけど割と表情豊かで、生き生きしてた。だが、ちょっと、あってな…。」
話していい、と自分で納得しておきながら、言い淀む心の友 (内定)。確かにあの子は、異常だ。あの表情、あの眼は、普通の人生を歩んできた小学生ができるもんじゃない。
安っぽい言い方をすれば、まるで地獄を見てきたような…、いや、今現在地獄のど真ん中にいるような顔。
「あの子は…、自分の死ぬ運命の分岐を『予感』しちまったんだ。そしてそれは、数万人の命との天秤だ。」
「なっ!!!」
「自分が助かるか、数万人が助かるか。その運命の分岐を見ちまった。ふさぎこむようになったのは、それからだ。それでも今は、何カ月か前よりは大分マシだよ、あの頃は部屋からは出てこねー、飯は食わねーで大変だったよ。…いや、そうとも言えないか。あの子が今みてーになったのは、死ぬ覚悟を決めちまったからだからなー。生きることをあきらめちまった今の状態が、マシとは言えないかもなー…。」
「それってもしかして…。」
「おう、流石は若大将、勘がいいねえ!それが5日後の日曜日、時間までは今回は良く分かんないらしいな。元々日にちが近づくほどハッキリしていくモンらしいからな。」
「だから、僕が…。」
「そ。『運命を捻じ曲げる』ほどヘタレな若大将に、その運命をぶち壊してほしー、ってわけだ。がんばれよー、選ばれし子供たち!」
また懐かしいネタを…、と突っ込むほどの余裕はなかった。心の友は、もしかしたら気を使ってネタを混ぜてるんじゃなかろうか?だったらネタで笑い飛ばした方がいいんじゃ?とかいろいろ考えはしたが、それを行動には移せなかった。ヘタレと言われても反論できないのもそうだよなあ…、と心の中で落ち込む。
だってさ、やばいよ。俺ヘタレだよ (認めんのはえーよ、とか言わない)。今の話だと、そんな奴に数万人の命預ける気だよこの人たち。なんか桁違いすぎて実感ないんだが。ないと不味いかな?
「他に何か聞きたいことはあるかい?」
「そんな機械声で明らかにRPGの最初にいる説明の村人Aですよーみたいなことしないでいいですから。文章で説明し辛いんですよ。じゃあ、今日の仕事について教えてください。」
「なんだよ、若大将だってメタ的じゃねえかよ。ははっ。さてさて、今日の仕事だな。今日の仕事は、まあ所謂人助けだよ。なんか車が暴走するから、それにはねられそうになるバーさんと子供助けて来いって。まあ、命にはそんな関わんないらしいから、ピリピリしないでいいぜー。もともと俺一人で行く予定だったしなー。」
「なにそれこわい…じゃなくて、じゃあ僕は見てるだけでいいんですね?」
「おうよ!おっさんに任せときな!」
「ホントですね?僕絶対なんにもしませんからね?」
「…若大将ェ…」
「な、なんすか。」
「そのセリフはすげーかっこ悪いぜー。若大将も男なら、ちったあ見栄やカッコ気にした方がいいんじゃね?」
余計なお世話だよ、心の友よ。そんなの気にする余裕があるなら、ヘタレなんてやってねーよ。てか分かって言ってんだろうが。ェ…の顔芸とか細かい芸はいらねえよ。
「ああ、あと、俺の『異能』は、『害意』。名前は楸のダンナがつけてくれたけどな。説明としては、人を傷つけるもの、傷つけようとするものが、ぼんやり光って見える。以上!」
「以上、ってそんな元気に言われても…。」
「まあ、あったからってそんな困んねえよ。むしろ事故とか起こしそうな車分かったりで便利だし。はははっ。」
…んー、超能力者ってこんなんでいいのか?某学園都市ではどんなだったっけ…とか考えて、ふと気付いた。
「榎田さんは…5日後が、怖くないんですか?」
「リョウでいいぜ、若大将。で、ん?」
…言ってから、「しまった」と思った。これ地雷かもしれん。大丈夫じゃないのを必死に隠してる人に「大丈夫?」って言っちゃった感じだよ絶対。怒られるかもだよ俺。
「あ、いやあの…」
「んー、まあ怖くない、っつったら嘘だな。だがまあ、あの事務所の人間では間違いなく俺が一番お気楽だろうな。だって俺、パルカの嬢ちゃんが死んだとしても就職先無くなるだけだし。パルカの嬢ちゃんみてーに命かかってるわけでも、楸のダンナみてーに愛する…あの人マジシスコンだからな、ははっ…人が死ぬわけでもないし、レン…はまあ、俺から言うより本人に聞いた方がいいだろ、とにかく俺が一番大したことないって思ってるだろーよ。」
なにか、ずれているんじゃないか?
この人は、なにかおかしいんじゃないか?この人は今、「人が死ぬことなんて大したことじゃない」と断言した。全く会ったこと無い人ならまだしも、今まで一緒に仕事してきた仲間が死ぬ事を、だ。それよりも、就職先がなくなることを優先した。
「…。」
「ん?そうか、若大将みてーな普通の人からしたら、俺が異常者に見えるかな?そうだよなー。」
顔にでちまってたか。でも、これは隠せない。だって、俺普通の高校生だし。あっても殴る殴られる、くらい。命のやり取りなんて聞いたこともない。なんか、別次元の話だし。
その、別次元にいる人が、今目の前にいる。そして、自分は「そっち側」に足を踏み込みかけている。
―――ヤバイ。
今からでも、逃げるべきなんじゃないか?という考えが脳裏に浮かぶ。それはみるみる大きくなり、自分の思考を塗りつぶし、
「心配すんなよ。大したことないとは言ったけど、助けられるなら助けてーよ。できないことはしねーけど、できることはやるよ。」
「あ…」
「そしてあんたは俺らのジョーカーだ。最大限守られる。というか、あんたが死ぬことはねーよ。この5日間、楸のダンナがあんたを死ぬ気で守るだろうしな。多分自殺したって死なせてもらえねーよ。ははっ!」
軽薄そうな外見をした少年 (実際は大学4年だから…5個上!?)が、一瞬だけ見せた真剣な眼。ものすごい色した前髪の隙間から見えた眼。
―――助けられるなら助けてーよ。
その迫力に、やっぱり気押された。威圧感ってやっぱりすごいよ。ヘタレ ぞくせい に こうかはばつぐんだ!
「まあ、とりあえずなるようになるでしょうし…」
「おお、そーだよなー!とりあえず今日は俺の華麗な仕事っぷりでも見てしっかり職業見学してってくれよ!帰りにはなんか買ってやろうか?おじさんが、アメをあげよう、ってか?はははっ!!!」
「…そーなのかー」
「おお!?そっちもいけるか!仕事あけのカラオケもいいなー!」
徐々に (間違ってもJ○JOに、では無い)感化されて、仕事の舞台に着くころには、こんなマジ話した事なんてどっか記憶の片隅に追いやられて、やっぱり心の友になっていた。
うん、オタク文化って怖いね。こんなマジな話も流せるなんて、世界中の人がオタクになったら戦争とか無くなるんじゃね?とか柄にもなく、真剣に考えてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
柊は、歩いていた。登り始めた月が照らす道。今日の仕事も、いつも通り。そしてその「いつも通り」は、彼女にとって、命のやり取りを意味する。
―――人殺しとの、戦闘。
それに恐怖することはない。彼女の能力は、使い方を誤る…所謂、「自爆」をしなければ、ほぼ無敵と言っていい能力なのだ。たかが人殺しの一人や二人、文字通り相手にならないのだ。彼女が適わないと認めているのは、自分の体術の師匠であり、己が「師父」と慕うシンのみ。せいぜい榎田が互角に戦える程度。たとえ銃火器や刃物を持った相手でも、問題無く倒してきた。
「『運命』は、動くだろうか…。」
人知れず、小さく呟く。彼女は、無敵だ。少なくとも、それに近い。それでも、運命は彼女には変えられない。彼にしかできないのだ。今日は、榎田と行動を共にしている。それが彼らの司令塔たるシンの『最善』の能力の下した決断だったし、柊自身もそれが一番だと思う。自分が説明には向いていないことくらい、きちんと理解している。榎田なら、一番分かりやすく (シンのように要点を押さえて、という意味では無く、心に残るように、という意味だ)説明できるだろう。
「私に、何ができるだろうか……。」
今日の彼の成長において、自分に出る幕は無い。だが、どこかにおいて、自分の力は必要になるだろう。その時に全力を尽くす覚悟は、出来ている。彼の力を引き出す為、育てる為なら、なんでもするだろう。
だが、今日は、その時ではない。
ならば。
―――私はいつもの仕事をするまでだ。
分かれ道の直前で、立ち止まる。
今日の任務において、登場人物は三人。通行人と、殺人鬼と、自分。
分かれ道は三通り。事件を未然に防ぐ道と、起こった事件を途中で止める道と、事件が最後まで進行する道。
今回、彼女が選択するのは、二番目のそれだ。理由は簡単。通行人が気を失った状態なら、自分の正体を見られずに済み、尚且つ捕縛、無力化した殺人鬼を心ゆくまで尋問、いや、質問できる。彼女にかかれば、黙秘などは全くの無意味なのだから。
響き渡る、耳を劈くような悲鳴。
悲鳴が起こってから、きっかり四秒で、通行人が失神する。『予感』で見られたのはそこまで。それ以降は、実際に現場を見ないと分からない。この時点まで進めてしまえば、一つ目の選択肢には戻れない。だが、自分ならできる。その程度の自負はある。
―――1、2、3、4!
ストップウォッチと大差ないレベルのカウントが終わった後、全力で角から飛び出す。視界に二つの影を捕える。一つの動かない影と、それに覆いかぶさるような蠢く影。
―――まだ、間合いでは無い。
瞬間的に判断し、大きく一歩を踏み出す。一歩、といったが、それは柊をはじめ、その世界に属する者にとっての、一歩だ。参考にしては数メートル、全力を出せば10メートルに届くかもしれない。
それは一流の格闘家やスタントマンを大きく上回っているのではないか、と考えた読者の方も多いだろう。それは正しい。人間が、いや普通の人間が、そんな芸当を一動作で出来るはずはない。
だが、彼らはそれができる。その説明は、もう少し先になるだろう。なぜならば、彼女が…ひいては彼らが、そのことを理解していない為だ。あのシンでさえも、多少しかそのことを理解していない。シン以上に理解しているのは、この世界にはただ一人だけだ。
―――まだ気付いていない、いけるッ!
もう一歩を素早く踏み出し、そのまま跳蹴りの態勢に入る。彼女の服装は、スカートにスパッツ、ニーソックス。体術、特に蹴り技を重点的に用いる彼女にとって、脚部の関節は最大限動かせるのが最低条件だ。その為にシンが勧めたのだが、これを見た榎田が鼻血を出した、というのは別の話である。
―――ッ!また、だ!
跳蹴り自体は完璧だった。相手が気付いたタイミング的には、防がれるはずの無いものだった。
だが、防がれた。
またしても。
自分の、完璧を。
一度目はまぐれかと思ったが、もう二度目。まぐれや奇跡では済まない。
―――こいつは、本物だ。私と同じ、この世界に属する者だ。
「ぐおッ!」
防いだ、と言ったところで、全体重を乗せた跳蹴りだ。全体重を乗せた、というのは分かりやすい表現だが、この場合は適当ではない。ダメージに直結する運動量において、重量の並び変数となるのは、速度。
この速度が桁違いである以上、与える運動量はそれに比例し、やはり桁違いだ。
両手を交差させて完全に交叉させて防いだにも関わらず、結構な勢いで吹き飛ぶ殺人鬼。だがその体制は崩れておらず、すぐに次の行動が起こせる体制。
―――ん?これは…?
相手が自分と同じ世界の者であることを認め、油断なく相手の動きを警戒しながら、かすかな異和感に心の中で訝しむ。
―――思ったほど、吹き飛ばない?…蹴った感触が…重い?
今まで感じたことの無い違和感。疑問。それは、柊にそのまま相手を畳み掛けることを躊躇させた。これは通常正しいことだし、戦場に身を置くものとしては常識でもある。相手の武装、素性がわからない以上、突っ込んでいくのは自殺行為だ。
だが、それはあくまで、通常の話だ。
彼女らの世界のことではない。それは、彼女の大きな誤算であった。
初作品です。
稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。