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二日目(火) ~昼休~

 さて、状況を整理しよう。どうしてこうなった。俺の思考がパソコンに映せるなら、AAがしっかり踊っているだろう。

 こう見えても、思考力には自信がある。思考力、洞察力、そして危機察知能力。ヘタレはいつでも殴られる危険と隣り合わせだ。考えることをやめるのは死を意味する。


 「まず、一通目だ…。」


 丸っこい書体と整然とした文章。不良のものではない。不良が女の子を装ってこんなものを書き、おびき寄せている、というのは無い。俺くらいになると、それを見分けることだってできる。実績もあるしな。


 「昨夜……やっぱあれだよな………。」


 殺人鬼絡みの例の一件。その時の女の子、というと、例の尻もち女か。あっはっは、あそこから死亡フラグ立ってんじゃん。強制イベントじゃん。というか、なんか助けたっけ?俺が勝手に悲鳴あげて尻もちついて、殺人鬼に嬲られて、怪力女に助けられて……。

 うん、俺は悪くない。ん?違うな、いいことしてない。助けて無い。よって、感謝される覚えもない。森羅さん?行かなくていいかな?


 問題は2通目だな。


 …。

 ……。

 ………。


 自分の思考力が恨めしいが、これは、ヤバイ。考えれば考えるほどヤバイ。だってさ、まず字が書きかえられてんじゃん、昼休みから放課後に。これさ、さっきの手紙読んでるよ。ラブレターっぽいの読んで時間ずらしてんだよ、きっと。っつーことは昼休みも張りこまれてる可能性大だよ。例え一通目がホントにエロゲ的理由による呼び出しだとしても、迂闊な行動取れないよ。

 ん?時間をずらした、ってことはこの森羅、って子の邪魔はしない方がいい、って考えた、ってことだよな。


 ………この森羅、って子も不良の関係者、って事無いよな?

 その線で、「ウチのお嬢 (死語)に何してくれてんじゃコラァ!?」みたいな展開なったりしないよな?ん?これじゃ不良からレベルアップしてヤーさんだな。それはさすがに無い。無い、よな?

 しかもこの手の手紙、行かなかったら翌日3倍になって帰ってくる感じだよ。どうすっかね。


 ―――明日の放課後また来てください。


 やーなかーんじー。うーん、天秤にかけなきゃいかんよな…。放課後には先約があるしなぁ…。不良の用事で放課後、っつったら10分20分で済むわけないし、そのまましばらく動けなかったり、とかいうのも考えられる。


 ―――来なければそういうことです。

 ―――にーさん!


 「はあ…。」


 とりあえず昼休みまでに考えよう。即決できないところがヘタレだよなあ、とか内心落ち込むが、別に速けりゃいいってわけでもないよな、と自分を納得させる。このへんが森音曰く「にーさんは向上心が足りません!」とか言われる所以なんだろう。


 「…はあ……。」


 今日何回目かの (まだ朝のHRも始まって無いってのに!)ため息をつき、教室へと向かった。どうしようもない重い心をズルズル効果音付きで引き摺りながら。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 彼の予想は、概ね正解と言っていいだろう。代り映えのしないHRと授業を受けながら (当然「受ける」と「学ぶ」は絶望的にイコールでは無い)、俊也はひたすら心の中で唸り続ける。一応最善を尽くそうと考えてはいるものの、道に光は差さない。


 だが、予定通りにはいかないのが世の中の理である。俊也がその事を痛いほど、もとい、痛い目にあって思い知るのは、ちょうど2限目の長休み (彼の学校では2~3限目間に20分の長休みがある)だった。


 「おい、ヘタレ、ちょっと来いや。」

 「う、うええ!?」

 「いいから来いってんだよ!」


 「うええ!」に否定の意味合いは無く、寧ろついて来いと言われれば穏便について行くのが俊也の流儀なのだが、今日はイベント過多に気を取られて、突発的事件への心構えが疎かになっていた。人生とはえてして、そういう所を突かれるものだ。


 為す術なくトイレに連れ込まれる。一応不良といっても所詮普通高校の不良であり、講義をサボることに抵抗は無くても、普通の生徒を講義に遅れること前提で連れ出すのは不味い、という微妙な不文律を持っていたりする。勿論場合によってはそんな不文律など関係無く連れ出され、殴られる特殊なケースだってあるし、俊也にはその経験もある。

 だが、今回は幸運なことに、その特殊なケースでは無いようだった。それを一瞬で察知できる彼の経験値は、驚嘆に値する。いや、同情に値する。


 「お前…昼休み、ルリお嬢に会うらしいな……。」

 「は、はいぃ!」

 「ルリお嬢に何かしたら……今までのとは比べ物になんねえことになっからな……。」

 「り、了解しましたぁ!」

 「というか…何もしてねえよな?昨日の夜。」

 「何もしていないです!学校帰りにちょっと会っただけです!!!」

 「ならいい…。昼休み、間違ってもすっぽかしたりすんじゃねえぞ……。」

 「わ、分かりましたぁ!」


 ヘタレ全開の悲鳴を上げながら、非暴力絶対服従を貫く俊也。彼の思考は、どうせこの後一人称視点で書かれるだろうから割愛するが、言えることはひとつ。


 彼の逃げ道は無くなった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 どーするよオイ…。どーするよオイ…。大事なことなので2回言いました。気分的にはあと5回くれー繰り返しても足りないくらいだが。


 とりあえず目下の問題は、この授業の終わった後だ。この授業が終われば、昼休み。昼食の時間と昼休みの時間がまとめてあるこの学校において、「昼休みの間中ずっと待つ」という事は、授業が終わり次第ずーっと、それこそ1時間以上待ち続けている、ということになる。

 一部の人視点から見れば、完全に俺が待たせている事になるのだろう。暗くてじめじめした体育館裏に。不良たちから「ルリお嬢」と呼ばれるお方を。


 「終わったら全力ダッシュだな…。」


 ベストなのは、先に自分の方が体育館について、お礼なんかいらない、というか忘れてくれと言って、まだ昼飯食べてないからサヨウナラ、という手順だろう。これなら (不良から見て)不自然はなく、 (不良から見て)やたらベタベタしているようにも見えず、 (不 (以下略))相手に失礼を働いたようにも見えないだろう。

 結論、終わったら、全力ダッシュだ。もっとも厳しいのは前提条件を満たすことだろう。教室を見回すと、不良が何人かいない。恐らく既に張り込んだ後だろう。……授業くらいちゃんと出てくれ。


 「では、少し早いが今日はk」

 「「「ありがとうございましたあー!!!」」」


 馬鹿な高校で良かった。学食組が終わるや否や、 (つーかまだ終わってなかったかも?)全力で食堂に向かって駆け出すおかげで、それに紛れて全力疾走する俺もあんまり目立たない。

 いや、前の奴がちょっと驚いた顔してたから、もしかしたらちょっと人に見せられない形相だったのかもしれない。そりゃそうだ、学食でうまい飯食いたいー、程度の奴とは切羽詰まり具合が違う。


 よし、体育館裏までジャスト5分!そんじょそこらの陸上部にだって負けないタイム、これなら必ず尻もち女よr


 「あ~、木林さん…ですよね~?はやいんですねぇ~。」


 …願いは儚く砕け散るッ。

 何でいんだよもう!見たところ、案の定例の尻もち女だった。腰まである長いストレートの、ストンと落ちたみたいな黒髪、は昨日見た通りだった。は、とつくのは、あの時は遠くて、顔は良く見えなかったんだ。こうしてみると、なかなか、いやかなり高レベルだ。良く言えばほほ笑んだような、悪く言えばちょっとぬけてるっぽい…いや、悪く言う必要は無いな、ほほ笑んだような細目。と小さな口。


 …直感。これ不良のアイドルだよ、絶対。上手くやらないと命の危機だよ。綱渡りだよ、タイトロープディフェンスだよ。


 「え~と~。こんなに早くて大丈夫ですか~?お昼とか~。」

 「いや、後で食べようかな、とか…思っちゃったり…?」

 「そうですか~?そんなに急いで来なくてもいいのに~。」


 独特の間延びした、人を安心させるような声。でも安心できない俺。だってさ、後ろ後ろ。俺の後ろも尻もち女さんの後ろも。すんごい視線。刺すような視線、ってこういうの言うんだね。俺初めて知ったよ。だって殺気が感じられんだもん。俺武術の心得とか全く無いんだが。


 「いえ、森羅さん、こそ…こんなに早く…。」

 「ルリ、でいいですよ~。私ですか~?私はちょうど授業が自習で~。せっかくだから前の時間から~。ですからのんびりですよ~。えへへ~。」

 「……。」


 俺、絶句。やべえよ。視線の殺気が倍化の術だよ。ってかこの視線、ひとりやふたりじゃないよな?ガチで俺やばくね?でも、ずっと黙ってんのもマズイ。ここで相手の機嫌を損ねたら終わりだ。

 もちろんフラグ的意味じゃない。俺の命的意味でだ。


 「えっ…と、ルリさん?俺、別にそんな」

 「呼び捨てでいいですって~。俊也君は恩人なんですから~。ヘタレスト、なんて呼ばれてるけど、昨日はホント~に助かりましたよ~。」

 「ヘタレスト言わんでください。」

 「あら、すみません~。」


 ヘタレスト、って最初に言った奴、誰だよ。妹曰く、「ヘタレに最上級のestと、人のistを掛けたんだそうです。なるほど上手い事言ったものですね。」だそうだ。にしても、こんなに定着するとは。ほぼ初対面の人に言われるなんて。


 「で、お礼のことなんですけど~。」

 「いえいえいえいえいえいえいいですいいですそんなの!俺なんて何にももしてないですし!!!」


 貰ったら殺されそうですし!僕の事を本当に思ってくれるならこのまま放っておいてください!というか見逃してください!!!


 「手紙に書きはしたものの~、何がいいかよく分からないんですよね~。ですから~」

 「でしたらやっぱりいいですって!」


 ググゥー。


 「…あ。」

 「あらあら~。ではとりあえず…お昼をどうぞ~。」


 俺の腹の音。終わりの鐘の音、にちょっと似てね?似てないか。そうか。でも、それが似ているように思えてしまう俺の今の心情、分かるだろ?


 「沢山あるんですよ~。料理の練習がてらに~、多めに作って~、仲のいい人にあげてるんですよ~。今日はもうずっとここにいる予定ですから~、俊也君にあげないと余ってしまいます~。」

 「え…あ…う…。」


 お花畑の中心で、小鳥と蝶々と戯れるかのようなほほ笑みを浮かべるルリ女史。「てめえルリお嬢の言うことが聞けねえのか!?」の視線半分と、「ルリお嬢の手作り弁当、食おうもんなら分かってんだろうな!?」の視線半分。口をパクパクさせたまま固まる俺。俺。俺。どうするよ俺!?ら、ライフカードお!!!


 「さあさ~、遠慮なさらずに~、あ~n」

 「頂きますからそれ以上は勘弁を!!!」


 すべての視線が殺気に変わったのを瞬間的に察し、大慌てで座り、差し出された箸 (出し巻き卵付き)、ではなく、横に何膳 (箸の数え方くらい知ってるさ)か置いてある箸を拝借し、弁当箱からいくつかおかずを頂く。うまい。うまいんだが、視線が痛い。やばい。この視線がなければ、妹の飯より数段うまいんじゃなかろうか?もちろん、なければ、の話だ。


 「どうでしたか~?お口に合えば良かったんですが~。」

 「と、とてもおいしかったです…。」


 最後の晩餐にふさわしいくらいには。


 「そうですか~!それなら、ご飯が欲しくなったらこれからいつでも言ってください~!ですから~、携帯出してもらえます~?」

 「は、はい…。」


 このとき、最後の晩餐、に気を取られて (うまいこと言った、とか考えてたわけじゃないけどさあ…)、気付かなかった。ここで携帯を出して連絡先を交換してしまったら、これからも不良の皆さんとお付き合いが続く (してなくても続くんじゃ?とかいうツッコミはスルーだ)、という事に。


 「はい、登録しておきましたよ~、どうぞ~。」

 「んまっ、つあっ、ちょぎっ!」

 「ほえ?」

 「も、もう登録されたんですか?」

 「ええ~、機械系だけは素早いんですよ~。普段トロくさいのは見た目通りなんですけどね~。えへへ~。」


 あ、あああ……。俺の…最後の希望が…。そこっ。希望なんてあったの?とか言わないっ。


 「ん、あの…。」

 「なにかあれば~、いつでも連絡くださいね~。私にできる事でしたらいつでもお助けしますよ~!」

 「はい…、では…今日はこれで…。」

 「あ~、そうですね~、ご飯まだですよね~、私のおかずだけでは足りないですよね~、育ち盛りの男の子ですし~。お呼び出ししてすみませんね~。」

 「ど、どうも…。」

 「そうですね~。よろしければ~、今日の放課後でもどうですか~?家の方でしたらいろいろおもてなしできると思いますし~。」

 「いえ、放課後にはちょっと予定が…。」

 「あら~、そうですか~?残念ですね~。楽しみにしていたんですが~。でも、無理強いするものではありませんし~…。あ、お引き留めして申し訳ありません~、ではでは~。」



 にこやかに手を振るルリ女史。

 あ、ああ、終わった…。苦行が終わった、ではない。これから始まる尋問会、ともすれば拷問会によって、人生が終わった、という意味だ。

 分かってるよ、もちろん。あの角を曲がり切ったらもう、不良たちが目の前に、ってわけだ。だが、行かざるを得ない。死地と知りつつも行かなくてはならない、人生にはそんな機会があることを知った。できれば一生知りたくなかったけどな。


 「くるぞくるぞくるぞキター」

 「あぁ?なにぶつぶつ言ってやがんだ?」


 曲がった瞬間、胸倉をがっちり。いつもお世話になってます、不良さん。別になりたくて世話になってるわけじゃないですけどね。寧ろ全力でお断りですけどね。言えないけど。


 「え、えーっと…。」

 「今日の放課後、ルリお嬢と一緒に行け。」

 「は、はい?えーっと呼び出しが…。」

 「それは俺達だ。だから、ルリお嬢が優先だ。文句ねえな?」

 「あ、あの…。」

 「……。」

 「……。」


 沈黙。「わかりました」と言って立ち去れば?とか思うかもしれない。誰だってそー思う。俺だってそー思う。…胸倉がっちり掴まれて無ければ、だが。


 「え、えーっと…。」

 「ルリお嬢はな…、いい子なんだよ。おめえなんかがどうにかしていい子じゃないんだよ…。俺達不良なんかにだって、分け隔てなく接してくれる…。」

 「あ、あの…。」

 「だからこそ、敵だって多い。センコーから目ぇつけられたりだってしてる…。そんな子だから、俺ら程度じゃ足りねぇ…。俺らをまとめて畳んじまえるくらい、体も、心も強くなきゃいけねえ…。」

 「……。」

 「だから、間違ってもお前みてえなヘタレストには、任せられねえんだ、よッと!!!」

 「ゲロロっ!!!」

 「顔は勘弁しといてやらあ。ルリお嬢に会うときに困るだろうし、なッと!!!」

 「グヘエっ!!!」

 「…ったく、いつもの事だが、このくらい耐えねえと、張り合いがねえな…。もういい、行くぞおめぇら!」


 離される胸倉。崩れ落ちる膝。倒れる体。去りゆく不良たち。でも、意識ははっきり。こういうときってさ、なんか気を失えないよね。何でだろうね、気絶できれば楽だよね、って思うときほどそうなんだよね。

 まあ腹筋2発。頑張れば起き上がれる程度。殴られることに慣れてしまった人間基準で、だが。レバー打ちじゃなくて真っ直ぐ腹筋に入ってるから、苦しさもそこまで無い。


 「うう、っと…。」


 起き上がる。うん、我ながらしっかりした足取りだ。殴られたら、倒れた方が痛い目はみない。倒れて、腹を下にして頭を抱えるように庇えば、後は割と頑丈な部分しか蹴られないもんなのだ。うん、もちろん俺だって気付いてるよ、これが勝ちをあきらめたヘタレの発想だってこと。分かってるけどまあ、仕方ないじゃん?いつも、一対多数、っていうのも生ぬるいような状況だし。


 「ん~、とりあえず、学食か…。」


 まあ、ロクなもん残ってねえだろーが、食わないよりましだろ。もし残ってたとしたって、さっき食ったおかずにはかなわないだろーし、まあ味に期待しても仕方あるめえ。

 つっ立っててもしょうがないし、とりあえず行くか。放課後の事は、放課後までに考えりゃいいんだし。考える時間はたっぷりある。授業という、な。ま、睡眠時間が削られるのは痛いが。

 心の中でぶつぶつ言いながら、もしかしたら一部口に出しながら、俺は歩き出した。割と、後ろ向きに、だけどな。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 何の変哲のない授業。思考を放棄し、まどろむ男…言わずもがな、木林俊也。置かれている現状と、迫られている決断を考えると、気持ちは分からなくはない。思考を放棄、というのはヘタレの証である事に疑いの余地はないのだが。


  ♪~♪♪~


 「うえい!?」


 響き渡る電子音。今日び電子音の着信音など化石以外の何物でもないのだが、一度着メロで「にーさん、趣味悪いです」と笑われて以来、彼の着信音、メール音共は電子音に設定されている。ちなみに、電子音にしたらしたで「今時電子音って…プププ」と言われるだろうということには、彼は気付いていない。


 「キバヤシー。没収されたいのかー。」

 「すみませんっ!以後気をつけます!」

 「まったく…。授業中だろーが…。」


 形式的な注意 (彼レベルの高校で厳重に注意した所で、生徒の反感を買うだけなのだ)をうけ、そのまま机の下に隠してメールを見る。


 (? 知らないアドレス?事務連絡?)


 画面には、見覚えのないメールアドレスと、題名に書かれた「事務連絡」の文字。訝しげにメールを開いてみると、


 (! ま、まじかよ!?)


 本文はこうだ。


『楸です。今日の放課後について連絡です。森羅電気のお嬢さんには私から、今日はお断りさせてもらい、明日改めてお願いする旨のメールを送りました。もちろん、君のアドレスから、ですが。あとで返信のメールを転送しますよ。

なので、今日の放課後は直接楸探偵事務所に来てください。恐らく不良たちは森羅電気のお嬢さんの方に張り付いているでしょうから、君は楸探偵事務所に来ればいいです。ちゃんと尾行はまけますから。

放課後、と言っても君の学校では授業が終わるころには日が暮れかかっていますからね。なるべく早く来ていただけると助かります。まあ、早く来ることになるとは思いますが。では、お待ちしていますね。』



 (…………。)


 とりあえず、逃げ道は無くなったな、というのが彼の最初の感想だった。実際のところは、迷わなくて良くなった分、気分的には楽である。と無理やり自分を納得させる。

 次に、文の中からいくつか不審な点を考察する。


 (「早く来ることになる」ってのは…?)


 一応考察してはみるものの、ヘタレで鍛えている (?)といっても彼も所詮一般人である。考えても分からないものは分からないのだ。だが、長年のヘタレ生活で染みついたヘタレ根性で、彼は、「分からんことは割り切ってしまう」ということを経験的に身に着けていた。この時も、


 (ま、そのときになれば分かるかなー)


 程度の考えだった。そのまま次のメールが届く。例の、ルリ女史の返信のメールだろう。


『わかりました、大事な用事なら仕方ないですよね。気になさらないでください!リュウさんたちはとてもいい人たちですが、ちょっと無茶する人たちなので、俊也さんに迷惑とか掛けてないといいんですけど…。明日、楽しみにしていますね!うちの人たちは忙しいから家にいないかもしれませんが、明日は私もバイトないので助かります!では、またメールお待ちしてますね!』


 …。

 ……。

 ………。


 (ああ、あの不良 (のリーダー格)、リュウって名前だったな、そういば…。)


 現実逃避全開でそんなことを考えながら、明日も予定が埋まってしまったことに嘆息する俊也。しかし彼は基本的に打たれ強い人間であるから、明日の予定をキャンセルしたい、というメールを打つには至らない。もっとも彼は自分ではそれを「どうせあのイケメンメガネにメール止められるだろ」とか、「断ったら不良が怖いし」という後ろ向きな理由によるものと考えており、自分のヘタレ具合に落ち込んだりしているのだが。


 (ま、なるようになるんだろうなー)


 という、『運命を捻じ曲げる』力を持つ者にあるまじき感想で、思考を打ち切ってしまった。もう少し考えれば『早く来ることになる』の意味は分かった事であり、もっとしっかり覚悟しておくべきだった事を知るのは、校門を出てすぐの事であった。

初作品です。

稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。

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