一日目(月) ~思惑~
相手が玄関から出た直後に鍵をかける、という行為は、所謂拒絶の象徴である、という説がある。もちろん俊也はそんなことは知る由もないし、全ての人が鍵をかけた相手を嫌っている、と決定する訳でも無い。
だが、今回の場合において、施錠は紛れも無く拒絶の証だった。楸探偵事務所の人間は、様々な意味合いで、普通の人間ではない。その為、彼らは『普通ではないもの』についての拒絶感は少ない。
そんな彼らでも、
拒絶せざるを得ない異質。
異質の中での、さらなる異質。
今まで信じてきたものを、崩壊させる力。
紛れもない、
『運命を捻じ曲げる力』
「さて…明日の事を考えましょうか……。」
楸シンは、一人呟く。他のメンバーは明日説明する事にして、既に帰らせている。シン自身も普通の人間ではない。使い古された表現をするならば、『異能者』。彼の力は、『選択』。選択肢の中から、最善のものを一瞬で選び取る力。たとえその選択肢が100であろうと1000であろうと、彼には関係ない。その力で、常に最善の運命を選び取ってきたのだ。
「選択肢を新たに作り出す彼は、私にとって天敵ですね…。」
拒絶は恐らくそのせいだろう、と彼は見当をつける。
「……ですが、これで…」
だが、そんなちっぽけな拒絶やプライドなど、些細なものだ。この胸の高鳴りには適わない。自分の事など如何でもいい。彼の一番大切な者。あと一週間で失われるもの。
―――それを、彼なら救える。
―――少なくとも、その可能性がある。
彼は無言で、横に佇む妹、パルカを…彼の一番大切な者を撫でる。無反応に撫でられる彼女を、彼は慈愛と、寂寞の混在した眼差しで見つめる。
地獄を見た少女。
それ故に、壊れてしまった少女。
一週間後に、死に逝く少女。
「パルカ…。必ず、私が助けて見せます…。」
―――まずは、情報を揃えなくては。
シンの能力の、『最善』の基準は、彼自身が決める。その為に、彼の中には古今東西あらゆる知識、情報が詰まっている。情報が揃えば、自分は負けないという自負が、彼にはある。
無言のパルカを寝室に連れて行き、地下室へと向かう。
青年と青年の周囲の情報、今の手持ちの『異能』、これから起こる事件の内容。頭の中で文字列が浮かび上がり、忙しなく飛び回り、彼の『異能』が覚醒する。
―――どの選択肢が、彼の『異能』の情報を効率良く得られるか。
一瞬で得た道筋を検討、微調整するため、パソコンを立ち上げる彼の目に宿るのは、闘志。
彼は、全力で、最善の明日を作っていた。その為、気付かなかった。
―――鍵となる青年が、今日とんでもない目にあっていることに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま~っと…。」
「にーさん!!!」
やっとの思いで家に帰りついた俺。そんな俺を迎えるべく、台所から飛び出してくる妹―森音 (りんね)。おうおう、お兄様の帰りがそんなに待ち遠しかったか愛い奴め。ハハハ。とか考えながら玄関口で靴を脱ぐ俺に跳びかかる妹の手には……フライパン (両手持ち)。ってオイオイオイ!!!しっかりと取っ手を握り、スイング準備万端の状態で間合いを詰められる!ヤバイ!!!
―――あたまをかばうほうがいい。
とっさに頭によぎった無機質な声を信じて、俺は両手をクロスさせて頭を庇った。
直後、すさまじい衝撃。
腹に。
「ガボふッ!!!」
わが妹であることが信じられないほど出来のいい妹は、俺が頭を庇ったと見るや、信じられないバット (フライパン?)コントロールで軌道を変え、腹部を強力に振りぬいたのだ。いい腕してるじゃねえか、俺と世界を狙わないか?
ってかオイあの美幼女 (パルカ、っつったか?)、なにが頭を庇え、だ。代わりに腹殴られただけじゃねえか。
「我が家の唯一絶対の掟、分かってますよね!?」
「…帰りが遅くなるときは理由と時間をメール連絡……。」
「そうです。こんな簡単なこともできないんですか!?」
「…ちょっといろいろあって……。」
「メールが来たらダメとは言わないんですから…全く…。」
ぶつぶつ言いながら帰っていく我が妹。なんとか声が出せたことから考えると、一応手加減してくれたのか?こないだ不良に絡まれて遅れた (当然メールなんてできない)時は声出すどころか呼吸困難だったし。
「ま、いいです。台所来てください。」
そのまま台所に行くと、ラップに包まれた晩飯。おお、食いっぱぐれて無かった!よくやった我が妹よ!妹が手際よくそれらをレンジで温めながら、どこからか救急箱を持ってくる。
「全く…今日はいつにも増して切り傷が多いですね…。ちょっとじっとしていてくださいね、消毒してガーゼ当てますから…。」
「ひえいっ!」
「動かない、情けない悲鳴上げない!」
「ひゃ、ひゃあい!」
そのまま手際よく消毒されてガーゼを貼っ付けられる。顔、腕、足、腹の順で全部。おお、出血大したこと無かったから気付かなかったけど、殺人鬼意外と切りまくってたんだなオイ。まあ制服はよく破られる (誰に?愚問だね)から替えの用意は多いし、妹の裁縫の経験値は抜群だ (何故?また愚問だね)から問題は無いが。ちなみに腹が赤く腫れてるのは貴方のせいなんだが、スルーしてしまうんですね。
「まったく……我が兄ながら情けない…。」
「スンマセン……。」
「それもです。兄なんですから兄らしく堂々としていてください。妹に完全に尻に敷かれて…情けない……。」
「いや、それは殴りかかる妹にs」
「言い訳しないでください。そんなんだからヘタレストとか言われるんですよ。」
妹の説教は、電子レンジのいい声 (GJ!)で打ち切りとなり、二人で晩飯となった。
ああ、言い忘れてた。うち、妹と二人暮らし。それ、なんてエロゲ?とか言わない。まあ死別とか事故とか、シリアスな理由があるわけじゃなく、単身赴任で飛ばされた親父に母さんがついてった、ってだけだ。ただ、このことを知っているのは、多分いないんじゃないか?担任にだって三者面談とかは忙しくて来れない、しか言ってないし。あ、楸っていってたあの笑い眼鏡は知ってたな、どこから聞いたんだ?
「で、明日もいつも通りに起こせばいいんですか?」
「ん、頼む。」
「ですが、ガーゼを変えるので少し早く起こしますね。」
「……ハイ。」
「では、食べ終えた食器持っていきます。もう寝てていいですよ。」
「……ありがとうございます。」
そのまま寝室に強制送還。そういやあいつ一緒に飯食ってたけど、まだ食って無かったのか。待ってくれてるとはいいやつだ。世間一般で大人気の、ツンデレってやつだな。実の兄じゃなく同級生とかに使えば彼氏の一人二人簡単にできるんじゃね?顔いいんだし。ふわふわヘアーも悪くないし。
そのままベットに倒れこむ。疲れていること山の如しだが (山が疲れているかどうかは知らない)、なんとなく眠くならない。そりゃそうだ。初めての事ばっかだったし。ん?いや、そんな初めてでも無いか?ナイフで切られたことはあるし、女の子に手を掴まれたこともある (そういえば、手ぇ握られたせいで片思いの不良からナイフ、だった)。誘拐、っつーか監禁もどきもあるし。そう考えると意外と初めてでも無い?
―――きみは、『運命』というものをどのようなものと考えていますか?
―――殺人鬼から殺されるのを防いでいた。
―――あんた、『運命を捻じ曲げる』ほどのヘタレってわけだ!
運命を捻じ曲げる、ねぇ…。なんかよく分からんが、こればっかりは間違いなく初めてだ。ほんとに行かなきゃならんのか、明日の放課後…。不良なら「家に殴りこみかけるぞオラァ!」とか言っても実際来たりはない、と断言できるのだが、あの心の読めない笑顔には得体のしれなさがある。行った方がいいだろうな……森音に迷惑はかけたくないし。いや、ヘタレの妹、ってことで既に大分迷惑かけてるけどさ。
「はあ………。」
特大のため息をつきながら、台所の方を見やる (壁があるから見えないが)。洗い物の音がし、なんか鼻歌も聞こえる気がする。なんか機嫌いいな、森音の奴。そういえば料理の腕もまた上がってたかな。
「とりあえず、明日の学校で考えよう……。」
―――あしたはきをつけて。なぐられるから。
ふと頭をよぎった嫌なセリフをぶんぶんと頭を振って追い払う。お前の言うことなんか聞かねえぞ!聞いたら腹ぶん殴られただけだったじゃねえか!明日だって、ん、明日?
火曜日。
あ、しゅ、宿題~~!
こっちの方は、ぶんぶん頭振っても追い出せなかった。運命なんて不確かなものより、現実の方がいち高校生には大変なものなのだ。
頑張ってベットから起き上がろうとしたものの、体中に染みついたヘタレ根性は、俺を起き上がらせることを拒み、結局夢の中に引きずりこんだ。
ヘタレ…って…言う…なあ……zzz…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
木林森音は、ご機嫌だった。別に兄をフライパンで殴打した為、では無い。彼女にそんな性癖は無い。
―――ん、頼む。
何気ない兄の一言。自分を頼る、頼ってくれること。そんな一言が、どうしようもなく嬉しいのだ。
―――まったく、にーさんは私がいないと全然だめなんですから。
整った顔をちょっとだらしなく崩しながら、洗い物を続ける。ヘタレの兄、というものは、当然彼女にとっても嫌なものだ。実の兄が為す術無くボコボコに殴られたり、女の子に土下座したりするのは、正直見ていて憂鬱になる、と考えている。だが同時に、そんな兄を見ていると、どうしようもなく守ってあげたくなるのだ。母性本能、というものかも知れない。
―――明日は、ちょっと朝ごはん凝ってみようかな。
ご機嫌のまま明日の予定を立てる。ちなみに木林家では、昼食用に弁当は作らない。別に彼女にとって、作ることに苦は無い。だが、持参で登校する度に、兄が他人にそれを献上する姿 (いわゆるカツアゲ)は、見たくない (実際に見る訳では無いが、否応無く耳に入ってくるのだ)。一人分だけ作るのは非効率的。ということで作っていないのだ。だが、折角早起きするのなら、何かいつもと違うことに取り組むのも、いいかも知れない。
―――明日は、どうだろうな…。にーさん早く帰ってくるかな…。
親の仕事関係で始まった二人暮らし。元々同級生の世話役になることが多かった森音にとって、人の世話をする、というのは苦で無く、寧ろ楽しいものだった。それが超絶駄目兄貴であったとしても。加えて、向上心の高い彼女にとって、家事スキルが鰻上りに上昇するのは、爽快なものだったのだ。
―――よし、明日は頑張ろう!
皿を拭き終えてしまい、洗い場を流して片づけを完了する。この速度も、二人暮らし当初に比べればかなり速くなっている。他のことを考えながらこのタイムはなかなかだ、と森音は一人満足げに頷く。
ちなみに彼女には、「家事が上手くなるのが面白い」程度の認識しか無い。彼女は気づいていない。それが彼女の中にある「兄に褒めてもらいたい」という願望によるものであることを。そしてその感情が、所謂ブラコンの発想であり、彼女の行動が、誰が見てもそうだと分かる行動だということを。
そんな微妙な思いがめぐりながら、文字通り『運命』の一週間、最初の一日が終わりを告げた。
初作品です。
稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。