七日目(日) ~榎田~
初作品です。
稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。
「マジかよ…。」
マジだよ。うわ、一人突っ込みキモ、とか考える、余裕はない。だってさ、これ。
「血…。だよなぁ……。」
森羅電気工場区域入口。当然こんな時間 (賢明なる読者のみなさんはもう日付が変わっている事にお気づきだろう)、入口には警備員がいる、はず。
そこには、誰もいなかった。
人、と呼べそうなものは。
「う、うえっぷ……。」
涙と吐き気を必死にこらえ、なるべく下を見ない様にする。それでも、飛び散った血が、原型がなんだったか分からない、分かりたくも無い塊。それでも、進む。足取りは重く、引き摺るようにしかならない。
覚悟は、した。
でもさ、足りなかったよ。
ありったけの覚悟をしたけど、それでも足りなかった。
ヘタレごときの覚悟では、キリッ!と進む事は出来ない。
それでも、進む。それが、覚悟だから。
工場、第一区画入口。やはりここにも、人はいなかった。つぶりたい目を、根性で抉じ開け、こぼれおちそうな涙を気力で堪える。根性、気力。いったい何日、いや、何カ月ぶりに使っただろう。もしかしたら年かもしれない。
入口の扉の前に立つ。本来なら当然ロックがされているはずだが、ルリ女史にお願いしておいたため、平時の時のように自動で開く。
ルリ女史に頼んだのは、二つ。
一つ目は、この工場地区のオートロックの解除。今時のオートロックは、無理に開ければセキュリティが働いて、警備会社に連絡がいってしまう。こんな化け物相手に戦っても、犠牲者が増えるだけだ。
二つ目は、工場内の警備員の即時撤退。森羅の特殊警備兵だかソルジャーだか知らないが、勝ち目なんかあるわけがない。それに、逆に自分たちが戦闘になってしまう可能性もある。
開いたドアの中に見えるのは。
惨劇では無く。
元凶。
黒ずくめのニット帽の男と、白虎柄のバンダナの男。
何の証拠も無い勘で、でも絶対の自信で断言できる。あれは、こいつらのせいだ。
だから俺は。
ヘタレだけど。
声も震えて、泣きそうで、吐きそうだけど。
「ぱ、ぱ、パルカを、俺達のな、仲間を、か、返せ…!」
そう宣言した。
相手がこちらを見る。それだけで、寿命が縮む感じがする。ヘタレの本能が言ってる。こいつはヤバイ。例え銃弾避けられても、殴られ慣れてても、こいつとけんかしたら死ぬ。勝ち目は完全に0パーセントだ。漫画風に言えば、アレノマエニイテハイケナイ、って感じ。
「あんさんが最初やなー。もっとぎょーさん警備員とか来るおもーとったんに。」
「とても我々と戦える人間とは思えないが。それでヒーロー気取りか?」
馬鹿にしたような笑い混じりの声と、冷たく尖った言葉が刺さる。
ああ、俺やっぱここで死ぬかも……。
絶望。反省。
でも、反省はしているが、後悔はしていない。
だから。
死ぬ覚悟を決めて前を向き、
「ヒーロー気取りじゃない、ヒーローに、なるんだ。だろ?若大将!」
「ふむ。ヘタレにしては格好よかったぞ。」
後ろから不意に掛けられた言葉を聞いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おお、まとめて三人。なかなかえーなー!」
「実質戦闘員は二人、か。」
二人の殺人鬼『姓無』が油断ない視線を向ける。
(こいつら、つええ…な…。)
榎田は心中で呟き、横を見る。予想通り柊がしっかり頷くのが見える。『読心』は実は密談にもかなり有効に使える。だが、横を見たのは一瞬で、すぐに目線を相手に…『姓無』に戻す。
一瞬でも目を離しておくのを、危険だと判断したからだ。
白虎柄のバンダナ男。シンや榎田とは違う、肌がざらつくような嗤い顔は、危険な人物である事をこの上なく強調している。
黒ずくめの男。殆ど顔が隠れて表情も分からないが、それでも伝わる凍りつくような鋭い視線。
そして何より。
榎田の持つ『害意』によって見えるぼんやりした光が、二人が危険過ぎることを物語っていた。
(ダンナをやったのは、こいつらか……。)
その心の中の一言に、傍らの柊がビクッと震えたが、そこはあえて無視する。
「で?どーするんや?あんさんら。二対二でやるんか?ワイは一対二でも構わへんで?」
白虎バンダナが場違いに明るい声で言う。だが、それは、戦闘を望む言葉。間違いなく、殺人鬼の言葉。榎田は必死に考える。今は、シンはいない。『最善』に頼ることはできない。
(レン…、この中に、お前が戦ったってやつは?)
柊が首を小さく横に振る。いない。ならば、この先最低でもあと一人は『姓無』を相手にする事になる。
ここまで考えて。
榎田は。
決断を下した。
(レン、若大将をつれて先に行け。ここは多分、俺の方がいい。俺が出来るだけ時間を稼ぐ。だから、その間にパルカの嬢ちゃん連れて脱出。運命に逆らうだろうから、若大将の力は、命は最優先。お前は先にいるだろうもう一人の『姓無』を倒してくれ。あとの単なるテロリストくらいは若大将に根性出してもらおうぜ。)
「馬鹿を言うな…。お前を、見捨てろというのか…?」
声が、聞こえた。
頷くだけだと思っていた榎田は、虚をつかれる。
「ま、あんさんらあのメガネのあんちゃんの弟子なんやろ?ジュウの相手したのもあんたらのどっちかやろーし…。あのあんちゃん一人でも楽しめたんやけど、まだまだワイの敵やなかったんやし。」
柊の顔がさっと青ざめ、直後に紅が差す。冷静さを失っているのは明らかだった。この状態で戦って、シンをも倒す敵に勝てるはずがない。もっとも、シンが勝てない相手なら、自分らがどう足掻いても時間稼ぎにしかならないのだが。
「二対一でええで?かかってきいや。」
(ちぇっ…。しょうがねえ…。)
更なる挑発を受け、柊が唇をかみしめる。榎田は諦めた。一つだけの心残り。
といっても、この上なく下らないことなので、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。
「レン、おm」
「チビガキ、お前、ここであいつらの足止めをしてくれないか?」
榎田の台詞を遮ったのは、
俊也。
いつものヘタレが嘘のようにはっきりした声で、榎田に言う。それは、相手にもしっかりと聞こえたのだろう、白虎バンダナが眉をひそめる。
「おいヘタr」
「柊の様子から、その『姓無』ってのはこれで全部じゃないんだろ?だったら柊は、そいつに再戦させた方が勝率が上がるだろ。どの道ここで時間食ってる暇はないんだ。」
詰め寄った柊の台詞を遮り、淡々と告げる。そして、柊の手首を掴む。
「行くぞ、柊。」
「お、おいっ!」
「ククッ、はっはっは!いいぜ若大将!」
榎田は、それを笑って見つめる。恐らく柊はこちらに集中していて、俊也の思考に気付かなかったのだろう、焦る柊は見ていて笑えた。図らずも彼の作戦は実った。
そして。
彼の心残りも無くなった。
「別に足止めするのは構わんが……」
数歩前に出て、二人が彼の背中を見る位置に立つ。
(ふふ、若大将…。シュチュエーションだったら、言うしかないよな?)
「べつにアレを倒してしまっても構わんのだろう?」
隠しきれない笑みに片頬を歪めて、榎田は立ち塞がる『姓無』を、最強の殺人鬼を睨みつけた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「オオオッ!」
チビガキが弾丸のように、いやそれより更に上の速度で飛びかかる。バンダナ野郎とチビガキが交錯し、ガキィッ!という嫌な音が響く。それを見たと同時に柊の手をつかんだまま全力で走り出す。
目指すは、第二区画への通路。
チビガキでも、二人を妨害は出来ないだろう。もう一人、黒ずくめの男 (某組織の人じゃない)の攻撃が絶対来る。それをよけにゃどうにもならん!
全力で走る。後ろへの警戒も怠らない。
怠らない。
怠ら……あれ?
来…ない?なんで?もう第二区画入っちゃったよ?
でも、後ろは振り返らない。こえーもん…とか考えてて、やっと気付いた。俺柊の手首引っ張りっぱなしだ。やべえ殺されるかも。いくら咄嗟だったとはいえ、怒ってるよね絶対。いつも引き摺ってる人間から引きずられたらそりゃ屈辱だよね、というかこれ心読まれてるよね、ごめんなさいごめんなさいごめんなs
「怒ってはいない。呆れているだけだ。ちょっとはヘタレで無くなったかと思えば…。」
「え、マジで?だって、」
「榎田の心は、歓喜していた。倒しても構わない、と言った時、の奴の高揚感、きっと何か策があるのだろう。」
「……」
「貴様の言う事も、一理あるしな。ほら、急ぐのだろう?」
そういって俺の手首を掴む。俺も手首を掴んだままだから、お互いに手首をしっかり握りあった様な状態になる。瞬間、俺が引き摺るようにして走っていた重みが消える、ってえおいおいおいおいいいぃぃ!!!
ものすごいスピードで走りだす柊。
イコール、ものすごいスピードで引き摺られだす俺。
ああ、やっぱ怒ってたんじゃないかなー……。
下手に暴れるよりも為す術も無く引き摺られてた方が速い気がするので、とりあえず無抵抗に引き摺られていく。
「そんな事は無い。もうちゃんとある程度走れるはずだ。怠けないでやれ。」
「イエス、マイマスター。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「で、なんでゼツやんあの二人通したん?」
「……奴に、通すべきだと言われた。」
「なるほ、どっ!」
跳びかかった榎田が吹き飛ばされて床に転がる、様に見えて、間一髪で後ろに自分から飛び、致命的なダメージを避ける。それでも消しきれなかった衝撃が体に走る。
「へへへ…。こりゃ、ダンナでもきつかったろうな…。」
ホントは、震えていた。
足がすくんでしまって、今にも膝が笑いだしそうだった。
柊の『読心』での高揚感は、単にネタが使えた為の喜びだった。
勝てるわけがない事も、分かっていた。
だが。
(間違いなく、時間稼ぎは俺が一番向いている。)
「あんさん、なかなかやるやんけ。見えとるんやな?」
「スタンド使いだしな。」
「?なんやそれ。でも、あんさんも変わった『異能』をもっとるみたいやなあ。」
そう言って、両手を横に広げる、バンダナの殺人鬼。
榎田の目には、その両手が徐々に輝きを増していくのが見える。『害意』の力では、それが人体硬化である事までは分からないが、それが致命傷を与える力を有する事だけは、ハッキリと分かる。
(こいつが相手で、もう一人が手出しする気が無いなら、やれる…。いや、やる、だな。)
榎田の『害意』では、二人の光は違って見えた。バンダナの方は、攻撃や防御の際の一瞬、正確に言えばインパクトの直前に向けて、一点に集まっていくのだ。これははっきり言って、かなり榎田との相性がいいと言える。逆に言えば、この力無しに戦うのはかなり苦戦を強いられるだろう。シンが負けたのは、そのせいだろう、と心の中で当たりをつける。
自分なら、今の自分ならば、シンと互角以上にこいつと渡り合えるはずだ。例え渡り合えなくたって諦めるつもりはないが、勝算があるに越したことは無い。
…だが。
(問題は、もう一人……。あいつは、なんなんだ…?)
直立不動のまま静かにこちらを見続ける、黒ずくめの男。ニット帽と高い襟元のせいで表情がほとんど見えず、考えが読めない。
『害意』で映って見えるのは。
体中が、隙間なく光っている。
目が眩むほどの強い、不気味な輝きを放って。
まるで、存在自体が、『害意』であるかの様に。
あれと戦っては、いけない。逃げることさえ、出来ない。
瞬殺されて、終わりだ。
ならば。
抜き出した、榎田の愛用の武器は、やや大ぶりなバタフライナイフ。小柄な体格を生かして懐に潜り込み、その鋭く研ぎ澄まされた刃で、必殺を狙う武器。
(こいつとの戦いを長引かせて、パルカを連れて帰ってきた皆と離脱、がベスト…。)
覚悟を胸に秘め、刃をきらめかせて、
「うおおッ!」
再び跳びかかる。
最強の殺人鬼を相手に、恐怖を振り払って。
力強く。
さて、ここまでお読みいただいてありがとうございます。
ヘタレスト、残すところあと一日、話数にしてあと4、5話でしょうか。
ここから少し、あとがきで世界観やキャラクターを紹介していこうと思います。
ネタばれはないですが、面倒な方は読み飛ばしてください。
~「ヘタレストの一週間」について~
小説を書く、と決めた時、この作品はプロットがありませんでした。あったのは、異世界召喚が一つ、超能力学園ものが一つ、ゲーム突入が一つでした。ですが、いざ書こうとなった時、これは盛り上がりまでが長すぎないか?という問題にぶつかりました。
そこで、一本読み切りを書こうと思ったのですが、あれよあれよと設定が生まれて、この「ヘタレスト」が生まれました。なので若干SF考証などは甘いかもしれませんね。
この作品は後から見直して、反省点 (記号の使い方、人称、行間とか)を見る用にしよう、と思っています (笑)
~楸シン~
内面的なモチーフは、まずは某有名小説の殺人鬼の一賊の長男ですね。主人公を非日常に誘い込む手口、シスコン、にやけなどはここに由来しています。あとは、かっこいい面として、R○VEの大魔導師ジーク。未来を見通した最後などは、彼から借りました。
外面的なモチーフは、この「ヘタレスト」では意図的にできる限り排していますが、どうでしょう?彼については、メガネ、だけでしたね。それぞれ皆さんの中でのかっこいいメガネが思い浮かべば、と思います。僕の中ではやはり長男ですね。
ふと思いましたが、今思えば設定が死亡フラグだなこいつ。
では、また近いうちに…。