表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

一日目(月) ~邂逅~

 ―――静寂。


 といえばちょっとはかっこいいかもしれない。まあ実際は誰もが一度は味わう、所謂「何とも言えない気不味い空気」というやつだ。


 「………。」


 相手、沈黙。当然俺も沈黙。あの、やりたくない学校の仕事の責任者を決めるときのあの空気 (を、何百倍かに圧縮したの)のなか、発現する勇気は、このヘタレには無い。もちろん。


 「………。」

 「………。」


 え?何?これ俺が口開く感じのフインキ(なぜか(ry?いやいやいやいや無理無理無理無理!初対面の美女に話題振るなんて無理!だ、だれか、助けて、助けてどら○モン!?


 「クッ…チクショォ…!人の楽しみをぉ……!」


 沈黙を破ったのは、地を這うような低くくぐもった、迫力のある声に、あわててその方向を向く。

 …助けてくれたのは某ネコ型ロボットではなく、殺人鬼だった。うん、助けてって言っといてなんだけど、これはやっぱりうれしくないね。ごめんなさい。


 「……次は殺すからなァ…女ァ……」


 そういって立ち上がって (結構派手に吹っ飛んでた)、身を翻して走り去る殺人鬼。おお、結構、てか超足はええ。あっという間に見えなくなっちまった。元陸上部とかかな?


 「……。」

 「……。」


 って、え?まだこの沈黙?殺人鬼 (が消えた方)から目線を戻すと、微塵も変わらずこちらを見つめる顔。 殺人鬼に今お約束のケンカ売られてたのあなたですよね美人さん (しつこいけど仮名)!?ガン無視して良かったんですか!?経験的にいうとあれ無視しちゃまずい感じでしたよ!?


 「……。」

 「……あ、あのぉ……。」


 俺、負けた。何に負けたのかは分からんが。ともかく沈黙を破って声をかけてみる。見た目はどっからどう見ても年上美人だ。呆け顔していることを差し引いても。


 「さっきは、その、ありがとうございました…。」

 「……。」

 「で、あの、その……。」

 「……あ、ああ、ああああ済まない。少し呆けていた。」


 良かった、ちゃんと生きてた。反応してくれた。何で殺されかけてた俺が殺人鬼やっつけてくれた人心配してんだろう? とか何とか考えていると、


 「私の名前は、柊 蓮 (ひいらぎ れん)。わけあってこのような人助けのバイトをしている。ちょっと予定外の事が起きて、驚いてしまった。あの殺人鬼については、問題ない。今夜はこれ以上は何もないはずだ。とりあえずちょっと待ってくれ、そこの女を起こしてやらないといけない。」


 ……?

 なんかいろいろよくわからんが、とりあえず尻もち女を起こすらしい、座り込んだまま固まっている彼女へと歩いていく。俺?腰が抜けてて立てないんだ、ハハハ。


 「――?」

 「――。」

 「――。―、――?」

 「――?―。」


 なんか話してるっぽいが、ちょっと遠くて聞こえん。てか、意識して小声にしてないかアレ?なんか馬鹿にされてんの?「ちょっとカッコ悪くね?あいつ」的な。まあいいけど。ヘタレなめんなよ、ハハハ。

 とか何とか考えていたら、美人さんがこっちに歩いてきた。ああ、柊さん、だっけ?尻もち女はそのまま後ろ姿に頭をさげ、帰っていく…。いいのか、一人で帰らせて。俺は送らないけど。


 「…さて。」

 「…は、はい。」

 「君は、木林 俊也 (きばやし としや)か?」

 「…は、はい。」

 「間違いなく、生きているな?」

 「…は、はい。」


 なんだ、この会話。と思った瞬間手を取られた。いや、そんな色っぽいものじゃなく、手を握りつぶさんばかりの握力で締め付けられた。そのままずるずると引きずられていく……てかこれ速くないか!?走ってるの!?体浮くんじゃねこれ!!?人間の力じゃないだろオイ!!!?え、えーーーー!!!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 柊は、走っていた。

 後ろから聞こえる悲鳴は、彼女の耳には届かない。


 ―――急がなければ、この幸運が逃げてしまうかもしれない。


 実際にはそんなことは無いだろう。勝手な思い込みだ。そんなことも分からないほど、柊蓮は子供でも、愚かでもない。だが、それを分かっていてなお、彼女は走るのをやめない。


 ―――幸運どころではない。これは…奇跡だ。


 その理由も、彼女は理解している。まだ彼女が子供で、愚かだった頃の記憶。その頃の自分が、急かしているのだ。『彼ら』と出会う前の、地獄の世界。全てが自分の敵だった世界。あの恐怖が、走らせているのだ。 『彼ら』に貰った、この夢のような世界。

 そして、

 あと一週間で。


 ――――――終わる世界。


 この男は、

 さっきからヘタレた事しか考えてないこの男は、


 ―――この世界を、救えるかもしれない。


 最後の希望を胸に、彼女は走り続けた。目的地はもう見えている。『楸探偵事務所』。知らなければ見落としそうな小さな看板しかない、質素な一軒家。


 「師父ッ!いるかッ!!!」


 飾り気のないドアを引き千切らんばかりの力で抉じ開け、建物中に響き渡らんばかりの大声を張り上げる。普段の彼女からは想像もできないその動作。


 「うおっ、レン、どうしたよ!?キャラ違くね!?」


 廊下を歩いていた少年が素っ頓狂な悲鳴を上げる。タンクトップのよく似合う、独特な髪の色をした少年――榎田 涼 (えのきだ りょう)が、驚きのお手本のような顔を浮かべる。


 「地下かッ!」

 「そうだよ~、今は多分ヒマにパソコンしてるんじゃ」

 「おまえも来いッ!」

 「う、うえぇ!?てか、おたく誰?」

 「あ、あばば」

 「話は後だッ!」


 空いていたもう片方の手で涼の襟首を捕え、そのまま引き摺って廊下を駆抜ける。そのまま人二人引き摺っているとは思えない速度で階段を駆下りる。


 「師父ッ!」

 「おやおや?柊さん。どうかされましたか?」


 地下室のドアを蹴り空ける。ベギョッ、という断末魔の悲鳴を上げてドアがはじけ飛ぶ。飛んできたドアを一台のコンピュータがなすすべもなく受け止め、ガギャッ、という嫌な音を立てる。が、柊はドアやコンピュータに配慮する余裕はない。代わりに地下室 (とだけ言うにはやや広く、機械類が散らばっている)の中にいた青年が一瞬だけ顔をしかめ、立ち上がる。


 「師父ッ、こいつ」

 「ちょっと待ってください。榎田くんも一緒、ということは全員居た方がいいんでしょう。パルカちゃんを起こしてきますよ」


 はじけ飛んだドアを心配げに見たあと、柊の方を見て青年が告げる。その顔には、感情が全く読めない面の様な笑顔。立ち上がり、柊のわきを通り地下を出る青年の顔を見つめ、柊は、やっと落ち着きを取り戻し、


 吹き飛んだドアの残骸と、

 巻き込まれた一台のコンピュータと、

 両手にぶら下がる半死体に気がついた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「……すまない。」


 いや、すまないでは済まないでしょ人をいきなり拉致って気絶させておいて!と思ってはいるものの口を出てのは、


 「いえいえいえ、大したことないですハイ!」


 …ヘタレにはこんなことしか言えないんだよ。笑ってくれ。俺も笑うからさ…。

 まあ、それは置いといて、いったい何なんだ?5W1Hひとつもわかんねーんだが、何がどうなってんだ?今いるのは一戸建ての家のロビー、って事以外なんも分かんねえぞ。いや、見回したら時計があった。晩飯食いっぱぐれた時間だと分かっただけだった。気づかなくてもよかったね。


 「ところで、あの…」

 「師父、木林俊也だ。生きている。」


 うん、遮られるよね。お約束だね。そんな気はしてたんだ。でも、こっちは誘拐された感じなんだし、説明があってもバチは当たらないと思うんだ。ってか、俺の紹介の後についた、『生きている』って何だそれ、責められてるのか?ついでに言えば俺、名乗ったっけ?


 「今回の『救助者』に聞いたら、ヘタレストと言っていた。今回の『被害者』、木林俊也のあだ名だったはずだ。」

 「なるほど、事情は分かりました。順に説明しましょう。」


 うん、『救助者』とか『被害者』とかよく分かんない言葉は置いておこう。突っ込みはひとつだ、ヘタレストっていうな。ヘタレは許してもそれは嫌だ。


 「さて、まずは自己紹介からまいりましょう、木林くん。私の名前は、楸 シン (ひさぎ しん)と言います。この楸探偵事務所の所長をしています。」

 「は、はあ…。」

 「そこの少年は、榎田 涼くん。ああみえても大学生ですよ。ここのバイトをしてもらっています。後ろの背の高い女性が、柊 蓮さん。もう聞きましたかね?バイトではないのですが、よく仕事を手伝ってくれるいい人ですよ。で、私の後ろにいるのが、妹の パルカ と言います。この家は私が事務所兼、自宅として利用しているので。」

 「は、はあ…。」


 なんかすらすら説明されたが。とりあえずまあ、笑顔の眼鏡イケメンにすげえ髪の色したショタ (見た目中学生)の美少年、美女に美幼女。なんとまあ需要のありそうな事務所だなオイ。タレント事務所って言われても納得するぞ。


 「…さて、本題に入りましょう。あなたが知りたいのはこんなことより、『我々が何者か』で、『自分は何故連れてこられたか』でしょう。」

 「は、はあ…。」


 なんか笑い眼鏡 (俺内で決定)の主導で気に食わないが、言ってる通りなので頷く。ってかさっきからこれしか喋ってない気がするんだが。


 「まず、一つ目です。私は探偵事務所をしてますが、これは便宜上です。実際に我々がしているのは、『未来をより良くする為の運命の選択』です。」


 …はい?なんかすごいかっこいい笑顔ですごい電波なこと言いきったよこの人。あわてて周りを見るが、にこやかに頷く美少年と無表情な美女、美幼女。…みんなグルかそうか分かった。てかあれだけ興奮しまくって今さら冷静ぶってんな怪力女が。


 「きみは、『運命』というものをどのようなものと考えていますか?」

 「いや、運命ならば仕方ない、ってくらいしか…」

 「…それは…、そうですね。そうです。様々な説があると思いますが、我々の言う『運命』は、一方通行の道のようなもの、と考えると分かりやすいですね。地点によって決まった事件が起こり、『世界』という車が走り続けることで連続した出来事が我々の『日々』を作り出す。」

 「…は、はあ。」


 なんか宗教勧誘みたいになってきたんだが。笑い眼鏡の笑顔がどうしようもなく胡散臭いんだが。壺買わされんのかな俺。今月小遣い少ないんだが。いや、金ならまだしも洗脳とかされないだろうな。


 「重要なのはこの『運命』が一本道では無い、という点です。つまり、ある地点において道が分岐、起こる出来事に変化が生じるわけです。この分岐は数はそこそこ多いのですが、それによる影響は分岐によって異なります。」

 「なんか…難しいんすね………。」

 「そうですね。我々は、この『運命の分岐点』において、人助けをしている、ということです。例えば、『運命の分岐点』において、Aという道とBという道がある。Aという道では一人の人が死ぬが、Bの道では誰も死なない。」

 「ならBの道がいいじゃないですか。」

 「ええ、そうですね。まあ一概にそうとは言えないのですが、概ねその通りです。ここまで言えばもう我々の仕事は分かりますね。この『運命の分岐点』において、より良い道…ここではBですね…を選ぶ事です。」


 すごく…よく分からないです……。ハハハ、いやなんとなくなら掴めたよ多分。…多分 (重要なので2回言いました)。


 「それで、殺される運命だった俺を助けた、ってことですよね?」

 「それについてはやや複雑ですが…。分かりました、説明しますね。それが二つ目、『自分は何故連れてこられた』の答えとなるでしょうしね。」


 いや、複雑なら遠慮します帰らせてください、って言えない空気。なんか眼鏡の奥が輝き放ってる感じだし。笑顔怖いし。あと、そこの怪力女、視線に期待と凄み混ぜんな。こえぇよ。


 「今回の『分岐点』、道は二つでした。一つは、女の子を助ける為に飛び出した人が、刃物を持った男と戦い殺される、という道。もう一つは、その人が女の子を見捨てて逃げ出し、刃物を持った男に追いかけられ殺される、という道です。前者ではその後さらに『分岐点』が生じ、女の子の生死が分かれ、後者は『分岐点』なく生き延びました。」


 ………アー…ハァン?どゆこと?


 「つまり、柊さんは女の子を助けに向かったのです。そこでは男の人が立ち向かって殺された後に、柊さんが助けに入ることで女の子を助ける、という運命が『見ら』れていましたから。」


 ……なんか、嫌な予感。ざわ…ざわ…とかいってる場合じゃない気がする……。


 「つまり、あなたは殺されることが前提。冷たい言い方かもしれませんが、我々はあなたを助けに行ったのではなく、女の子を助けに行ったのです。柊さんの驚きはそのせいですね。」


 えーっと……。


 「私が到着したとき、こいつはまだ生きていた。死が避けられないほどの傷もない。悲鳴を上げ続けることで殺人鬼から殺されるのを防いでいた。」

 「っぷ!ようするにあんた、『運命を捻じ曲げる』ほどのヘタレってわけだ!さっすが、伊達にヘタレストじゃねえな!!!はっはっは!」

 「……笑うために連れてきたなら帰っていいですか?もう気が済んだでしょ。妹も心配しますし。」

 「だめです。」


 用事は済んだ、と思い、立ち上がろうとした俺に思わぬ追撃。内心「えぇー」って思いながら (顔に出さないのがヘタレクオリティだ)振り返ると、さっきまでの笑顔が、驚くほど真剣な顔。その真顔には、威圧感、というのが相応しい圧倒的な存在感。メガネ の にらみつける こうげき ! ヘタレ に こうかはばつぐんだ!


 「あ、あの…」

 「一週間ここでバイトをしていただきます。いいですね?」

 「…ハイ。」


 ここで逆らえる人がいるんだろうか、と思うほどの威圧感に、俺、3秒で敗退。よく分かんないけど分かったとしてもう頷かざるを得ない迫力だったしまあいいか。


 「今日はもう遅いですね。二人暮らししている妹さんも心配するでしょうし、一旦帰って、明日の放課後また来てください。」

 「…えー、二人暮らし、って知ってるってことは……」

 「来なければそういうことです。」


 ここで笑顔に戻す必要は全く無いんじゃないかなあ。いや、ほんとに……。どうしようかなマジで。っつっても俺に逃げるような度胸は無い。ヘタレっていうな。


 「…待っている。」

 「おう、また来いよな~!」


 にこやかに怪力女とショタ野郎に逃げ道を塞がれた俺には、まあ要するに翼のもげた鳥、まな板の上の鯉だった。あきらめて叫ぶ。そう、女は度胸、というように、ヘタレは妥協、というのが俺の自説だ。


 「わかりましたよっ!来ればいいんでしょ来れば!!!」


 そう言って今度こそ立ち上がる俺。そのまま歩き出…そうとしたところで、制服の裾を引っ張られた。


 「だから明日またk」

 「かえったら、あたまをかばうほうがいい。あと、あしたはきをつけて。なぐられるから。」

 「では、そういうことで。また明日お待ちしていますね。」


 さっきまで完全な空気だった美幼女が、無表情のまますさまじく物騒なことを言い、笑い眼鏡にさっさと追い出された。


 追い出されて気づいた。


 ここ…どこよ?

 

 あわてて後ろのドアノブを回…らなかった。



 家に帰れたのは、それから2時間後、10時を回った頃だった。

多分中の人の投稿は一か月くらいで終わるかと。

感想、ご意見お待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ