六日目(土) ~瑠璃~
(ああ、明日だ……。)
瑠璃は、ゆっくりと目を覚ます。普段は弁当を作るために早起きする瑠璃だが、本来低血圧の彼女にとって、休日は惰眠をむ貪るためにあるといっても過言ではない。
この日も、瑠璃が目を覚ましたのはもう日が傾き始めていた。これは珍しい事ではない。が、
(今日と明日くらいは、何も考えずに眠っていたい……。)
この土日は、森羅にとって特別な日。森羅の所有する最強にして最凶の兵器。『新兵器』の完成と、出荷の日。今日の夜までには完成しているだろう。そして明日、極秘に出荷される。管理データを見るに、遅延は無い。今日、完成するだろう。
そして出荷され。
たくさんの人を、殺す。
未来永劫にわたって、殺し続ける。
(もう、何も考えたくない……。)
布団の中で寝返りを打つ。自分がそれに、間接的にとは言え関わっている事が、ひどく醜い事に思える。自分がこの手で人を殺している様な錯覚に襲われる。一番最初に見た悪夢は、まさにそれだった。
(『新兵器』…。大規模設備を持つ、森羅だから可能な兵器…。)
『新兵器』には、まだ名前はない。使われて初めて名前がつくだろう。悪魔の兵器として。あえて呼ぶならば「誘導ステルス核砲弾」。大陸間さえも横断しうる、尚且つ炸裂するまで相手には存在を示さない兵器。ステルス、という特性上、抑止力には向かない。使うための核兵器だ。世界に流れた数だけ、大都市が消えるだろう。
(なんで…。こんなことに……。)
なぜ森羅が、実の家族がそんなものを作ろうと思ったのかは分からないし、分かりたくもない。その血が流れている事が苦しい。自分にも、罪があるように思う。いや、様に思う、ではないか。自分も同じであろう、と。
(逃げてしまおう……。)
ちっとも帰って来てくれない眠気に、二度寝を諦めた瑠璃は、枕元の携帯電話に手を伸ばす。開いた画面には、いくつかのメールの着信。そっけない仕事のメールばかり。それらをまとめていらないフォルダに放り込み、メールの作成画面を呼び出す。
「ん~。まるで付き合っているみたいですね~。ふふ~!」
少しだけブルーな気分から抜け出し、常人とは一線を画する速度で携帯のボタンを打つ。逃げてしまえばいい。今はまだ、逃げられない境地では無いのだから。
件名:こんにちは!
本文:お忙しい、って言ってたのにメールしてすみません!起きたらこんな時間で、ちょっと俊也さんとお話ししたくなってしまいました (笑)今日と明日は私は家でごろごろしているだけですし、もし時間が空いたり、聞きたい事があったらいつでもメールしてくださいね~!
さて、本題です!本題と言うか、これも雑談なんですけどね (笑)月曜日もお弁当を作っていくつもりですが、バイト代が入りまして、私のお財布に少し余裕があります!なので、な、な、な~んと!!!リクエストを受け付けます!
なにか好きなもの、食べたい物とかありましたらメールしてください!無くてもメールくださいね (笑)
あ、忙しかったら、返信は後でいいですよ~!
一気に打ち込んで、そのまま送信。タイプミスをしなくなってからもう随分経つな、と瑠璃は心の中で呟く。
(このまま、ふたりで甘えていたい…。逃げられるところまで逃げて…。)
そんな甘い幻想を抱く。お互いに甘え合って。醜いところを隠し合って。傷をなめ合って。でも、支え合って。
センスのいい明るい着信音。予想より遥かに早い返信に心を躍らせて画面を見る。
だが。
その返信は、彼女の甘い夢を、あっさりと砕いた。
件名:Re:こんにちは!
本文:森羅電気の、武器工場の事、どこまで知ってる?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大した意味はない。ハッキリ言おう、大した意味はない。大事な事だからな。
届いたメールを見た時、いらついた。俺を巻き込む真っ黒の一人が何を言うかと。だから、ついむしゃくしゃしてやってしまった。
件名:Re:こんにちは!
本文:森羅電気の、武器工場の事、どこまで知ってる?
これで、もうメールは帰ってこないだろうな、と思った。数少ない友達の一人を失ったわけだ。ははは。なんかね、もう。自暴自棄、ってこういうのを言うのかもね。いや、知らなかったら、「何ですかそれ?」って返信来て、「なんでもないよ~、ははは~」で済むのかな?良く分からんが。
♪~♪♪~
だが、きた返事は、無情だった。
件名:無題
本文:どこで聞かれたんですか?それを。教えていただけるなら、教えていただきたいです。質問には、お答えします。答えは、すべて、本当にすべて知っています。私は、森羅のセキュリティ管制室室長ですから。
ああ。やっぱりそうか。あんたも、そっち側の人間だったのか。もういいや。話すことなんてない。俺は返信を打つことなく、ケータイを閉じた。そのまま歩き出す。
♪~♪♪~
が、またケータイがズボンのポケットで震えだす。
件名:無題
本文:軽蔑しますか?
ああ、なんだろうな。こんなに気持ちは荒みきっているのに、機嫌とらなきゃ、って考えてる自分がいるね。ヘタレだろ、女の子をふっ切る度胸も無いってことだ。
件名:無題
本文:いや。俺もおんなじだし。自分にできることに自惚れてさ。覚悟も無い癖に関わって、怖くなったら逃げ出して。おんなじだよ。
打ちこみながら、また泣きそうになった。なんか今日は涙腺緩いのかもな。どんな返信来るんだろうかな?「いっしょにすんな」とか?
♪~♪♪~
はは、ルリ女史もヒマだな。こんな奴の鬱話の相手なんかしてさ。
件名:無題
本文:逃げませんか?一緒に。
はは。なに言ってんだよ。もう逃げてるよ。
♪~♪♪~
件名:無題
本文:覚悟の無い私達は、もともと関わるべきじゃなかったんですよ。だから、一緒に逃げてしまいませんか?私と俊也さんと、二人で。どこか遠くで。のんびりと。
♪~♪♪~
件名:無題
本文:私は、俊也さんと一緒です。だから、俊也さんを助けたい。そして、俊也さんに助けてほしい。甘えて、逃げて、でも支え合って。それでは、駄目ですか?
ああ、面倒くさい。この時の俺は、そう思ってしまった。俺は普段の冷静 (ツッコミはもういい)な頭の回転を失っていた。もし冷静なままだったのなら、気付いただろう。ルリ女史がどんなに俺の事を心配していたか。俺を気遣ってくれていたか。どれだけ涙を流しながら、痛みに耐えながらこのメールを打ったのか。
そして、どれだけ俺に助けを求めていたか。
冷静さを失った俺は、そのままメールを作って送ろうとした。
件名:無題
本文:そうだな。ヘタレだし。このm
♪~♪♪~
メールを作っているときに、割り込む着信。それは、妹から。
ただ一人。真っ黒な世界に染まらない、染まらせてはいけないとした妹。その表示を見ただけで、また涙が溢れそうになる。
件名:無題
本文:夕飯はどうしますか?最近にーさんは、なんか変わりましたね。いつもは「怖いから外出ない」とか言ってるのに、今日はえらく社交的ですし。
行動も、なんだか良くなっているように思います。だから、無理に帰って来いとはいいません。この調子で頑張ってください。
夕食の返信は忘れずに。
ああ。それは勘違いだよ、森音。それで、取り返しのつかないとこに足突っ込んじまったんだよ。だから今から俺は…。
俺は。
俺は、逃げられるのか?
逃げて、いいのか?この、自分を信じている妹を残して?
心が、揺れた。返信を打つ手が止まる。
♪~♪♪~
続けてなる着信音。登録外のメール音。
開けたメールの最上段に書いてあった文字は。
題名:遺書
これ以上ない分かりやすいタイトル。
それは、事務所の三人あてに送られた、死者からのメッセージだった。
初作品です。
稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。