表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/26

六日目(土) ~離別~

 「……は?」

 「何度も言わせんなよ…。」


 何が起こったのか分からなかった。

 ただ、いつも通りに今日も過ぎるものだと思っていた。あの、巻き込まれながらも、騒がしくも、充実した日常が、ちょっと逸脱したけれど、それでも日常が、続くと。決戦と言っても、自分の知らないところで起こって終わっていくものだと。


 それは、間違いだった。


 思い知った。俺が甘かった。


 「ダンナが…、シンが、殺された。」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「うそ、だろおい…。」

 「……。」

 「だって、おい、昨日まで…。」

 「ダンナは、昨日何か言ってたか?」

 「い、いや、特には…おい!うそだって言えよ!ドッキリだろ!」

 「ならいい。信じられないなら、地下のダンナの仕事部屋にいってこい。柊もそこにいる。」


 「なんで…。」

 「俺は、柊になんて言っていいか分かんなかった。だからここにいる。」


 榎田が壁に凭れかかったまま呟く。その顔にあるのは、隠しきれない焦燥。苛立ち気味に頭を掻き毟る。苛立つ、ということ自体がそもそも彼にとっては久しぶりの事である。その事にさらに焦りを覚える。


 (今、全体の指示は、俺が出さなきゃいけない…。柊は、あんなだし…。)


 年長者の責任、というわけではないが、彼はそう考えていた。彼は口ではどうでもいい、職を失う程度だと言いながら、内心では分かっていたのだ。この事務所無しでの生活などもう出来ない事を。


 (どうすればいい?どうすれば、この事務所を続けていける?)


 必死に考える。彼の『異能』は、差し迫った危機しか助けてくれない。『最善』の能力のようにこんな状況を打破する方法を教えてはくれない。


 (若大将は何も聞いていない…。柊は動かない…。くそっ!)


 頭をガシガシと掻き毟る。彼の苛立った時の仕草。この事務所でシンに出会い、『異能』の付き合い方を知って、柊やパルカ達と出会ってからは、全くする事がなかった仕草。

 路地裏でチンピラ達相手に殴り合いばかりしていた時期の仕草。


 あの頃には、戻りたくなかった。


 (あのダンナが、何も残さず死んだはずがねえ…。何処かに後から俺達の助けになる様なものを残してるはず…敵の素性や、場所の見取り図、やるべき事とか。例えば、事務所のディスクや、ロビーの予備ノートPC。携帯…。)


 そうだ。あのシンなのだ。何か手を打ったはず。ならば、それを探すのは、自分の役目。


 いや。


 役目ではない。そんな責任感や義務感でやっているわけではない。


 (俺がやりたいから、そうするんだ。)


 榎田は、覚悟を決めた。それは事務所の人間の中で最も早く、ただ一人己のみの力でたどり着いた覚悟でもあった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「あ、あう…っ。」


 入った瞬間、吐き気がした。地下室に張り付いているのは、血、血、血。

 文字通り血溜まりができているところもあれば、飛び散ったもの、引き摺ったような跡もある。この前見たものとは、比べ物にならない量。確かにこの量が一人から出たなら確実に死んでいるだろう。二人でも重傷は間違いない。


 (う、うプっ!)


 戻しそうになるのを、必死にこらえる。俺が今吐くわけにはいかない。それは、目の前にいる柊への、ひどい裏切りな気がした。


 「く、はあ、はぁ…。」


 そう、柊は目の前にいた。ひときわ大きな血だまりの中に、ぺたりと座り込んでいた。普段の凛として毅然とした姿が嘘のように、女の子座りで。体のいたるところに、血の染みが付いているのに構いもせずに。


 「つっ!」


 その理由は、すぐに分かった。顔を見ようと横に並んだら、すぐに分かった。俯いて顔は見えないが、その両手が大事そうに抱えているものは見えた。


 それは、左脚。

 見覚えのある服は、間違いなくメガネの来ていたモノ。


 それが、膝の部分で無残に千切れていた。


 ハッキリ言ってしまおう。切断面のぐちゃぐちゃになった様子を見るに、俺はとても触れない。近づく事も出来ないだろう。

 だが、これを抱きしめる柊を、蔑むことはできない。出来るわけがない。


 だが、尊敬するわけにもいかない。それは何か、ひどく歪んだもののように思えた。


 「柊…。」

 「全部、聞こえている…。」

 「そうか…。」

 「恨めしいものだな…この『読心』は…。」

 「そっか。」

 「分かっている…。だから…一人に…してくれないか…。」


 それは、出来ない。そうするわけにはいかない。それは、俺までひどく歪んだものの一つになってしまうようだった。だから、俺はふざけた。


 「だが断るっ!」


 ふざけるべきだ。ここで自分も悲しみに暮れていても、どうにもならない。俺はここは嫌な奴になって、殴り飛ばされればいい。それで柊が立ち上がるならば。だから、ふざける。


 「ああ、聞こえなければいいのにな…。この声が。」

 「あ…。」

 「…気持ちだけ、貰っておく。…ありがとう……。」


 俺、大馬鹿野郎じゃねーか。こいつ『読心』持ってるじゃんか。俺の考えている事お見通しじゃねーか。

 やっぱ、慣れねーことなんかするもんじゃねえな…。俺、ヘタレだし…。普段は励ますどころか憐れまれてるしな。俺なんかには、手に余る事なんだよな…。


 「外、出てるから。」

 「……。」

 「じゃあ、な。」

 「……。」

 「な、なんにもないよな…?」

 「…師父は。」

 「はいっ!?」

 「師父は、最後に何と言っていた?」

 「…えと、…あの、…強くなった、って。あとは、覚悟をするだけだ、って。」

 「……。そうか。私の事は、なにか言っていたか?」

 「え、あ……。」

 「そうか。分かった。」

 「……。…んじゃ。」


 心を読まれ、何一つ励ましの言葉をかけられないまま、俺は地下室を後にした。ヘタレだ、ヘタレストでも当然だ、なんだよ俺、こんなに駄目な奴かよ、そんな事も知らなかったのかよ、身の程知らずが。そんな自分への口汚い罵声も聞こえただろうに、柊は何も責めなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「おお、若大将。」


 出たところで、チビガキに話しかけられた。というかおい、チビガキ、なんかすげえぞ。ものすごい勢いでロビーの机やら棚やらを漁りまくってる。なんかキャラ違くね?ご、御乱心!?


 「なんか、どうにもならなかった…。すまん。」

 「いや、気にすんなって。若大将のせいじゃねえよ。俺も何も出来なかったしな。」

 「で、えっと、何やってんだ?」

 「あ、ああ。ちょっと、調べ物をな。多分ダンナが資料を残してるだろうと思って。敵の素性とか、森羅電気の内部情報とか。」

 「ああ、なるほど……お?」


 嫌なワードが耳をよぎる。以前は雲の上の巨大企業で、ここ数日でずいぶん身近に感じていたワード。


 「森羅、電気?」

 「ああ、今度の事件は、森羅電気にテロリストが夜襲する、という流れで起こるらしい。だから敵のテロリストの素性とか、森羅電気の詳しい工場の間取りとか…ってオイ、どうした、若大将?頭なんか抱えて。猫のクソほどもかわいくねーぞ。」

 「いや、すまん。ちょっと混乱しててな。」

 「森羅電気は、裏で武器の生産、輸出とかしてるらしいからな。その辺も踏まえて、っておいどうした?オーアールゼットみたいになってんぞ?」

 「いや、すまん。ちょっと絶望しててな。」


 ああ、そうかよ。どこまでも俺の日常を壊すかよ。くそったれ。この一週間全部真っ黒じゃねえかよ。そう言えばルリ女史とデートの時、間取り覚えとけって言われてたのはこれかよ。全部計算ずくだったってわけだ。


 「あー。うー。」

 「おい、しっかりしろ、本題に入るぞー。」

 「おう。」


 そういって立ち上がる。ヘタレを自覚した俺にとって、切り替えはたやすい。いつまでも引き摺っても仕方ない。…だから、この胸の痛みも嘘だ。切り替えられる。


 「で、なんだって?」

 「おう。あの、な。」


 この段階でやっぱり俺は気付けなかった。チビガキの目が、異常なほど鋭い事に。


 「パルカの嬢ちゃんが、攫われてる。胸糞悪いが、予定どおりっちゃあ予定通りだ。俺は、これから助けに向かう。…だが、シンが、俺達の中で最強の実力者が、殺された。これからは、命の安全を誰も保証できないんだ。だから、ここで、引き下がってくれないか?」

 「……え……。」

 「俺やレンは、もう引き返せない。ここでしか…ここを守ってしか、生きられない。だから、最後まで戦う。でも、若大将はそうじゃねーだろ?他に帰る場所も、待っている人も、戻るべき日常だってある。俺達と、命を懸けて関わる必要はねーんだ。」

 「あ……。」

 「だから、少し早いが、バイトは、今日で終わりだよ。ほら、封筒。さっき見つけた。」

 「……。」

 「わりーな。…最後に、こんな事になってよ。」


 俺は、おれは。どうするんだろう。昨日、ほんの昨日までのイケメンの笑み。圧倒的な力で、揺ぎ無い自信と余裕で、俺と戦ったシン。よぎる、「覚悟」の言葉。


 俺は。

 おれは。


 「あ、ありがとう…。じゃあ…。」

 「おう。達者でな。」


 ヘタレだった。どこまでもヘタレで、どうしてもヘタレで。


 ドアを音も無くくぐった俺は、みっともなく泣いた。自分への嘲笑を隠しきれず、醜く歪んだ顔で。涙を、ぬぐうことも出来なかった。


 ドアが閉まった時、全てが遠くなった。チビガキとの馬鹿な会話。柊の怪力と天然。イケメンメガネの脅迫。パルカの上目づかい。


 (もう、何も考えたくない……。)


 俺は、歩いた。なるべく人気のない道を、死んだように。

初作品です。

稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ