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五日目(金) ~森羅~

 「俊也さんは~、土日も~、お暇ではないのですか~?」

 「は、はあ、ちょっと用事がありまして…。」

 「残念ですね~。良かったら遊びに来ていただきたかったのですが~…。」

 「ぜ、是非またの機会にっ!!!」


 背後からの殺気のこめられた視線に、とりあえずルリ女史との有効な会話を演じているようにする。だってさ、ちょっとルリ女史の眉がちょっと顰められた途端にすごい視線感じるからね。いくら大企業のお嬢様だからってちょっと過保護じゃね?


 「そうですね~!そ~ゆ~ときはな~んにも気兼ねしないで行けるほ~がい~ですよね~!」

 「は、はいっ!気兼ねない時に是非とも!!!」


 軍隊チックに返事する俺。その途端にルリ女史の顔がぱあっと輝く。それだけで後ろの視線が満足そうなものに変わる。というか、なんで俺そんなに視線に敏感なんだ?確かにヘタレの特殊能力として視線には敏感だが、こんなに研ぎ澄ませるとは。俺がヘタレ道を究めるのも遠くなさそうだな。……言ってて泣きそうだが。


 …。

 ああ、説明しようか。今は、昼休み。場所は、体育館裏。前にいるのは、ルリ女史。後ろから感じる視線は、不良。多数。まあ、とりあえずルリ女史が笑顔でいるうちは、大丈夫っぽいね。

 どうしてこうなったか、って?それはまあ、一件のメールから。


 件名:こんにちは (絵文字付、結構多いので本文のは略)

 本文:俊也さん、こんにちは!ルリです!今日は昼前の講義が早く終わりそうなので、私は少しはやくお昼休みを取ることができます!

 そこであなたにビッグチャンス!なんとわたしは今日はお弁当を二人分作ってきています!よろしかったら、ご一緒しませんか?な、な、な~んと、無償で差し上げます!わたしは体育館裏にいますので、よろしかったら是非いらっしゃいませ!

 あ、何かご用事がありましたら無理はされなくて大丈夫です!他の人をお呼びしてお弁当は食べて貰いますから!俊也さんのご予定優先でどうぞ!ご返事、待ってます!


 …。

 うん、なんていうか、メールだと印象変わる子っているよね。俺も何人か知ってるけど、これはすごいわ。劇的○ビフォーアフターもびっくりだよ。おっとりぽやぽやッ子が、チャキチャキのスポーツマン、って感じだよ。

 まあ、それはこの際置いておくとしても、だ。問題なのは内容だ。まあ、翻訳してみようか。


 翻訳:意味のない挨拶略。今日は早く来れるから、お前も来い。弁当作ってやったから有難がるよーにな。来れなかったら、おまえらの代わりに不良達呼び出して説明すっから、お前なんかぼこぼこだからな。


 読み上げソフトとしては、不良さんのお声でよろしいかな?当然、慎んで伺わせて頂く旨をご連絡申し上げた。昼休みに提出物があったような気もするが、気のせいだろう。きっとそうだ。


 …。

 で、今に至る。今日はなんかルリ女史もバイトがあるらしく、家には呼べない、と言っていた。正直に言おう、助かった。今日の用事も外せない以上、呼ばれないのは非常にありがたい。というか、今日は柊が迎えに来られない以上、不良を一人でまくのは少々しんどい。いやこれも正直に言おう、むりぽ。


 ああ、ついでにこいつお紹介しておくか。メガネからきたメールだな。


 件名:無題

 本文:今日は夕方に来てください。その際、動きやすい、破れてもいい服装を用意しておいてくださいね。あと、土日は決戦になりますから、そのつもりで。


 以上。まあとりあえず俺がなんかさせられるということは分かる。といっても、俺に出来ることなんて、ヤバイヤバイと思っとく事しかないんだが。


 「では、いつでも言ってくださいね~!今日は特別に外せないバイトなんですよ~。」

 「外せない?」

 「ええ~、ちょっと最近バタバタしていまして~。すみません~。」

 「いえいえいえいえ!俺もちょうど今週は忙しくって!」


 なんかもう、国民性バリバリの譲り合いの精神。互いにこの会話のうちに何回ぺこぺこしただろうかね。俺はそのスキルは自信ある (涙)けど、ルリ女史もなかなかだね。


 「バイトは、大変なんですか?」

 「ん~、そんな大変というわけではないですよ~。」

 「コンピューター系、なんすよね?どんなことしてるんすか?」

 「あ~まあ、セキュリティ管理とかですけど~、詳しい事は言えないんですよ~。」

 「あ、守秘義務とかっすかね?」

 「…ん~、そんなとこです~。えへへ~。俊也さんのほうは~用事、って~?」

 「あ~、こっちもちょっと…。」

 「あれ~、彼女さんとかですか~!」

 「……だったらどんなにいいか…。まあ、こっちも守秘義務みたいなもんっすよ。」

 「あら~、だったら~、私達、守秘義務仲間ですね~!」

 「は、ははは…。」

 「俊也さん、彼女とかいらっしゃらないんですか~?」

 「……いたらもうチョイ楽しい人生送っているかと。」


 まあ、そんなどうでもいいことを話しながら、昼休みは過ぎていった。幸運だったのは、ルリ女史がずっとにこにこしてくれていたおかげで、後ろの不良の視線がしばらく収まっていた事。ついでに、その太陽のような笑顔が、ちょっと俺のすさんだ心を癒してくれた、様な気がする。不幸だったのは、その笑顔が素敵過ぎて、途中から不良の視線が先より倍化して殺気を放っていた事。うん、気付いたおかげで今回は逃げ切れたけどね。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 放課後、まっすぐ帰宅した瑠璃は、すぐにバイトにと呼び出された。

 ちなみに、バイトとは名ばかりである。実際には、部署の監督者、室長ランクの権利を有している。さらに言えば、それは彼女が森羅電気総帥の娘であるから、では無い。彼女は若干高校生にしてこの部署の誰よりも能力を有しており、それを以て室長の地位を得ている。


 「今日と明日は~、なるべく職員を早めに返しておいてください~。幹部階級の方々は勿論~、現場の作業員も全員です~。その上で~管理システム、セキュリティの強化を行います~。」

 「はっ、了解です、室長!」

 「では~、皆さんは現在の作業と並行して~、セキュリティのパスワードの総変更をお願いします~。私は管理システムのデータのチェックを行います~。」

 「し、室長一人でですか?」

 「ええ~。大丈夫ですよ~。」


 どうでもいい話をしながら、そう、瑠璃にとっては、どうでもいいことだ。寧ろそれ以下、どうにでもなってほしいものだとさえ思っている。


 (作っているものが、作っているものですから…。関わるものが命を狙われるのも、当然と言えば当然なのかもしれませんね…。)


 彼女は他の職員を圧倒する速度でキーボードをたたき、作業をみるみる進めていく。だが、考えるのは、データの事でもセキュリティの事でも無い。奪われた職員の命ですらない。自分がこの仕事に関わること、それ自体である。


 (いつから、私はこんな事を、人殺しの助けとさえ言えるようなことをするようになったのでしょう…。)


 バイトとして働くようになった時からだろうか。仕事を理解し、把握した時からだろうか。室長に抜擢された時からだろうか。それとも、もっと幼いころ、誕生日に父から初めて自分のパソコンを貰った時だろうか。

 だが、そのことを疑問に思う事さえなく生きてきた。今までは。


 (いつから、こんな事を考えるようになったのでしょう…。)


 こちらは、問うまでも無く瑠璃にも答えが分かり切っている。あの男…俊也に出会ってからだ。もっと言えば、あの時、人生で初めて死ぬかも知れないと思った、あの夜。


 死ぬ、と、思った。

 怖い、と、思った。

 死ぬという事が、こんなにも怖いという事を知った。


 そして、その恐怖を、何の自覚も無く量産する自分たちを、怖いと思った。


 (柊さん、と名乗っていた人は、違う。でも、俊也さんは、同じだ。)


 柊は、あの世界、死の恐怖を乗り越え、死を受け入れた者たちのいる世界に生きる者だ。一目で分かった。何故かはわからないが、感じ取った。ああ、この人のような人たちが、自分たちの作るものを扱うのだと。それに相応しいのだと。


 だが、俊也は違う。

 だらしなく腰を抜かし、みっともなく悲鳴を上げた。…自分と同じように。だからこそ、知りたいと思った。自分のように、何の覚悟も無くその世界に関わってしまったものとして。


 (あの人といると…、楽しい…。)


 話せば話すほど、惹かれる。恋、とはこのようなものなのか、と真剣に考えてしまうほどだ。彼の頑丈さ、頭の回転の速さ、視点の面白さ。そして、普段の卑屈な性格に隠れているが、確かに感じる優しさと強さ。


 (あの人の卑屈さは…、私の鈍さと、同じ…。)


 親近感を感じてはいるが、そう思えば思うほど、自分はこれでいいのかも、と感じてしまう。瑠璃はそれが甘えである事を十分自覚しているが、俊也と共にいる、この甘えた、甘い生活もいいのではないかと思ってしまうのだ。


 (でも……。あれ?)


 ふと、手が止まる。見ているのは、管理のうち、最重要とも言える『新兵器』の管理データ。そこに見つけた、僅かな足跡。楸が、自分にしか見つけられないと考えて、そのまま消し忘れた、テロ組織の痕跡。


 (このデータは、まずい!)


 慌ててデータ、履歴から抜き取られた情報を吟味する。と、同時に、背筋が凍りつく。抜き取られたデータは、『新兵器』の管理情報、すなわち、完成、搬送、使用法。これがあれば、『新兵器』を一介のテロ組織にでも扱うことができる。

 そして、その搬出予定日は―――明後日。


 (時間がなさすぎる…!予定日は、ずらせない。なら、警備を増やして警備会社に…、いや、警備会社では、あの世界にいる人たちとは渡り合えるとは思えない。)


 間違いなく、瞬殺されるだろう。警備会社とはいえ、命を奪われるつもりで警備に当たるものは少ない。いや、皆無と言っていいだろう。さらに言えば、銃や剣といった、実際の武器を扱った事のある人間も、である。それに対して、柊の動きは見事に洗練された、実戦のそれだった。ならばこちらもそうしなければならない。


 「ちょっと出かけますね~。お父様のところへ~。」

 「え?何をなさるんですか?」

 「森羅特殊警備員の緊急配備を~。」

 「なっ!?彼らを!?」


 うろたえる職人を無視して、瑠璃は普段の彼女からは想像できない、焦った様子で父のもとに急ぐ。同時に連絡を行う。


 (ここを守らなくては…。これが知られたら、森羅は終わる…。そうなれば…私はもう、元の世界には戻れない…。それは…いや…。)


 恐怖に急かされながら、瑠璃は携帯のボタンを打った。

 警備員の変更、という瑠璃の判断は、間違ってはいない。確かに一介の警備員にテロリストの進行防衛、ましてや『異能』の持ち主を相手に戦うのは、自殺行為以外の何物でもないし、警備会社から死人が出たとなれば森羅の名前に傷がつく。ほんの僅かとはいえ、そこから森羅の裏の顔が暴露されてしまう可能性も、無いわけではない。


 だが、その見通しも、間違いではない、であり、満点の回答では無い。この場合、満点の回答は、「警備員を全員引き揚げる」であった。相手がただのテロリストであったなら、確かに森羅特殊警備員は守り切るだろう。


 彼女の誤算は、『姓無』。

 その最強の殺人鬼の集団の脅威を、彼女は知らない。

初作品です。

稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。

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