四日目(木) ~理想~
「了解です。では…」
「…ああ。俺の方が、それで。普通に柊が送って帰ったよ…。」
「お疲れ様です。では、後は柊さんに聞きますから、もう帰っていいですよー。」
「…ども。お疲れ様でしたー…。」
どことなく落ち込んだ様子の俊也を、事務所から帰す。どうやら流石のヘタレストとはいえ、自殺志願者からの「強く生きてください」はちょっと堪えたらしい。要精神力強化、とシンは心の中でメモしておく。
「ああ、木林君。最後に一言。あの人は、助かる運命はありませんでした。君は『運命を捻じ曲げる』力で、あの子の命を助けたんですよ。」
その一言は、泣き出しそうな俊也の目に一瞬だけ、悲観以外の色が混じったが、「そんなんでもやっぱあれはないでしょ…」とやっぱり悲観的な目に戻り、彼はそのまま事務所を後にした。
そのまま、ドアが閉まるのを待って、シンは話を切り出す。
「では、柊さん。」
「分かっている、師父。まずは、今回の相手の事だ。師父の言う『姓無』では無かった。殺意はあったが、単なる通り魔のそれを超えるものではなかった。『姓無』以外の実戦担当だろう。やはり思考を読む限り、国際的なテロ組織が雇い主のようだ。」
「ちゃんと殺さないでなんとかしましたか?」
「……最初は、その、『姓無』と思って全力で攻撃してしまったが…。命に別状はない、はずだ。…多分。ちゃんと応急処置はしたし、眼球運動もあった。」
「ああ、ならいいんですが。次からは気をつけてくださいね?」
「……すまない。」
余談だが、柊は最初の一撃を完璧にクリーンヒットさせてしまい、そのまま吹き飛ぶ相手を見て慌てて応急処置に走った、というエピソードがある。さらにもうひとつ余談を話せば、それによって恐怖心を植え付けられた通り魔が、やや錯乱してしばらく警察の事情聴取ができなかった…という事もあった。
「いえいえ、いいんですよ。で、もう一人ですが…。」
「ああ、フリーターの男だと言っていた。最初は単なるフリーター、今は遊びの帰りだと言っていたが、違った。『読心』で聞き取って、問い詰めたら白状した。やはり、裏の社員だそうだ。」
「動機に心当たりは?」
「有りすぎて絞れないそうだ。ただ、今月の殺人事件の被害者は、ほとんどが裏の社員だったそうだ。まあ仕事上あまりおおげさにボディーガードをつけるわけにはいかないだろうしな、その隙を狙われたのだろう。」
「その線で概ね正解でしょうね。相手は恐らく、工場の『新兵器』の作製を知ったのでしょう。それで、ゆさぶりに掛かっている。まあアレ一つあれば国一つ脅迫するくらいは出来るでしょうね。」
シンが『新兵器』の存在をさも当然のように知っている事には、別に今さら柊は驚かない。寧ろこの世の何処かに何か知らない事があると言われた方が彼女は驚くだろう。
「私は、次に何をすればいい?」
「んーそうですねえ…。特に今のところは、ありませんね。今日はお疲れ様でした。」
「いや、出来る限りのことは、しておきたいんだ。だから…」
「でしたら、今日と明日、ゆっくり休んでください。決戦は明後日の予定です。」
「だったら…。」
「期待していますよ、柊さん。貴方は、強くなりましたから。」
「///っ!」
シンは、唐突にこういう事を言う。何度も聞かされてはいたが、それでも柊は赤面してしまう。ほとんど表情が揺るがない (内面的には割と表情豊かに生きている)柊が、こんなにも表情も豊かになるのはこのときだけだ。
「レン、貴方の思うようになさってください。私は、応援していますから。」
「あまり不吉な事を言うものでは無いぞ。」
「ははは。そうですねえ。」
そういって笑うシン。その後ろでぽけーっとこちらを見つめるパルカ。斜め後ろにいる榎田の必死に笑いを堪えている顔から読み取れる「ぷぷーっ。顔真っ赤だぜお前!」の心の声。にらみを飛ばす柊。
「では皆さん、今日はもう解散しましょう。明日のうちに情報収集と作戦計画を済ませておきます。集合は明後日。よろしくお願いしますね。」
「若大将はどうすんだ?やっぱ休みか?」
「いえいえ、彼は特訓です。まあ一般人相手に後れを取らないくらいにはしようかと。」
「なるほど。確かに俺らじゃ、教えるまでは無理だしなー。」
「まあ、日にちがあれば榎田君にも出来るとは思いますがね。」
そんな会話をしながら。彼らの木曜日は、過ぎ去っていった。四人全員が、このような時間が永遠につづく事を願って。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はああ…。」
「お帰りなさい。帰ってきたらまずはお帰りなさいだと思いますよ、にーさん。」
「ただいま…つかれた……」
「お疲れ様です。とりあえずさっさとご飯の準備をしましょう。」
「……頼む。」
そういってだらしなくソファーに寝っ転がる。いつもは「いきなりだらだらしないで、洗濯物出して着替えてください。」という我が妹も、流石に空気を読んだっぽい。というか、不良 (複数)から逃げまくって日付変わるまで走り続けた日でも言われたんだが。今俺そんなひどい顔してんのか?
「さて、出来ました。ちゃっちゃと食べてください。」
「さんきゅ。頂きます。」
直ぐに出てきた夕飯 (時間はもう夜食って感じだが)を頂く。心なしか食欲がない気がする。食べ終わるラップタイムはいつもと一緒だった。うん、どうやら気のせいだったらしいね。心だけだったね。体は正直、ってこういう事かな?違うかな?
「ん、ごちそうさまっと……。」
「お粗末さまでした。なにしてきたか、聞いてもいいですか?」
「んーまー、ちょっとなら。なんつーか、あれ、ちょっと自殺しようとしてた子助けてきた。」
「……言い辛い事ならそういって頂ければ。下手でベタな嘘はいらないですよ。」
「…俺のこと話したら「強く生きてください」って言われた。」
「……。」
「……。」
「心無い言葉を言って申し訳ありません。事実ですね。」
「いや、それもちょっと傷つくが。」
我が妹よ。理解が早いのは助かるが、それは少しはや過ぎやしないかね?偉大なる兄としては、それも作り話なんじゃないかと疑ってほしかったところだよ。
「ま、とりあえず助けたよ…。」
「その子、生きていけるでしょうか?」
「大丈夫だろ、多分。なんか俺見て「こいつでも生きていけんならダイジョブじゃね?」みたいな目ぇしてたし。」
正確に言えば、かわいそうな人を見る目で見られた。
「…。まあそれは分かりました。で、いったい何をしていて巻き込まれたんですか。」
「うん?いや、それをしに行ったんだが。」
「……話通じてないですね。」
「……ゴメン。ま、とりあえずバイト?みたいな?」
「……ますます分かりませんが。」
うん、まあ、俺もよく分かってないしね。仕方ないね。俺よりもはるかに頭の回転のいい妹だけど、説明している本人も分かっていないことは流石に分かんないよね。
「ま、気にしなくていいよそんなの。」
「そうですか。まあ、人さまの役に立っているようなら何よりです。私も兄として誇らしいですね。」
「……なんか、まあ、ありがとよ。」
「……普段が普段ですから。」
「……。」
俺、沈黙。なんか、もう、いろいろね。疲れたよ…。マジで。
「もう、寝るから…。ちょっと今日は疲れた…。明日も遅くなると思う…。」
「………。そうですか。では、明日はいつも通りに起こします。おやすみなさい。」
「……おやすみ。」
自室に入ってそのままばったりと倒れ伏す。パト○ッシュ、もう疲れたよ…。なんだか、とっても、眠いんだ…。
そんなくだらない小ネタを考えながら、俺の意識は夢の中に落ちて行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森音は、驚愕していた。もっと難度の高い語彙を用いるなら、怪訝、不穏、といった言葉がより適切だろう。兄が。あの兄が。ヘタレの、ヘタレストのあの兄が。
「んーまー、ちょっとなら。なんつーか、あれ、ちょっと自殺しようとしてた子助けてきた。」
寧ろ兄の方が心を病まないかと少し心配していたほどなのだ。一応兄の精神力は驚嘆に値するレベル (だと森音は感じている)なので、大丈夫だとは思っていたが、気に止めておいたのは事実だ。
「心無い言葉を言って申し訳ありません。事実ですね。」
冗談を返しながら、冷静に考える。
(兄が、人を、助けた…。)
当然、困ってる人を見れば助けるのが礼儀だし、森音は実際にそうしている。だが現在の世界において、その当然の事が出来ない人が大勢いるのも事実であり、兄は (森音としては残念極まりないが)そちらに属する人間だ。
(その兄が、人を、助けた…。)
兄が、成長している。
「私も兄として誇らしいですね。」
そう、誇らしかった。ヘタレになる前の、格好いいとは言えないまでも、優しかった兄、今の卑屈な自嘲の笑みではない、本当の笑顔を浮かべた兄の姿が思い出される。その姿に、だんだんと近づいていっている、或いはそれを追越していくような気がして。
その姿が、嬉しくて。
本当は抱きしめてしまいたいほど嬉しくて。
だから森音は。
「そうですか。では、明日はいつも通りに起こします。おやすみなさい。」
認めてしまった。兄がまた遅く帰る事を。しばらくそうでいいと思った。そうすれば、兄を昔のように、いやそれ以上に慕うことが出来る。そうなれば、そうなってくれればと。
それが、兄が何をしているのか、どれほど危険な事なのかを知らないままで。
初作品です。
稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。