三日目(水) ~特訓~
「はあぁ!」
「ッ!」
裂帛の気合を込めた回し蹴りは、柊。シンの頭部を狙う、強力な一撃。そしてそれに対処するその隙を狙うのは、榎田。滑り込み、短いロッド―20センチ程度だろう―で脇腹を刺突しようとする。
…だが。
「うあッ!」
「甘いですね。柊さん、上段の回し蹴りは確かに必殺ですが、防ぎ易く、足も自由になる。榎田君の援護を狙うなら中段か下段がベターですね。」
「くっ、まだ!」
「榎田君、そこは引くべきです。『異能』相手は一撃が命取りの可能性も考えられますからね。」
回し蹴りを両手を交差させて受け止め、柊を前蹴りで吹き飛ばす。その反動を利用して跳び退り、小柄な体格を活かして懐を狙った榎田から距離をとる。榎田のロッドは空しく空を切る。
武器の空振り、という行為は、実は常人が思う以上に大きな隙となる。短いロッドという武器のチョイスはそれを最小限で抑えるためのものだが、それでも隙が生じない訳ではない。
「いって!」
「榎田君はこればっかりは何度言っても治りませんねえ。」
空振りの隙にシンが投擲したゴム玉が、榎田の額を打つ。ちなみにシンが本来武器として用いるのは鉛玉であり、使いきれば硬質な物を探して用いる。ここでは訓練だから、ダメージが残らないようにしてある。
「くうぅ…。」
「おおおッ!」
「当たるかも、で攻撃をしないでください。空振りは命取りですよ。鉛玉なら死んでいます。」
痛がる榎田を横目で確認しつつ、柊の跳蹴りをサイドステップで回避する。ちなみにシンの鉛玉、所謂指弾は本気になれば銃弾並の速度、威力を出すことが可能だ。死んでいます、というのは、決して誇張表現では無い。
「まだまだッ!」
「おお、いい感じです、が、もう少しキレが欲しいですね。」
跳蹴りのまま蹲る様な体制から、続けざまに足払いを放つ。が、一呼吸早く跳躍したシンは、そのまま壁に垂直に着地し、反転して柊に跳蹴りを返す。両手で防いだにもかか変わらず、体重差で圧倒されて吹き飛ぶ柊。
「さあ、もうギブアップですか?まだ二時間も立っていないですよ?」
息を切らして立ち上がる柊、榎田。
「まだまだ…」
「無論。」
ここまでのやり取りで十分分かっただろうが、彼らの身体能力は、常人を超えている。シンの考察によると、能力に目覚めたものは、何か別経路で体にも変化が生じるのだ。恐らく、脳に存在する体のリミッターが外れるのだろう、と彼は結論していた。
この考察は百点満点ではないが、概ね正解である。彼は間違いなくこの世界では最も『異能』に対して理解が深かった、と言えるだろう。
そして、「敵の殺人鬼が柊の攻撃を防いだ」という事から、今回の敵――『姓無』も、『異能』の使い手である事まで、推測していた。
だがしかし、シンは知らない。柊の感じた、「重い」という違和感の事を。
だから、『異能』とは、完全に精神的、つまりは質量的に関与しないものだと考えていた。精神的な能力の戦闘に於いて、柊の『読心』は、最強。なぜなら、先に相手の『異能』を心の声から読み取ることができる為だ。どんな『異能』が存在するか分からない以上、このアドバンテージの大きさは計り知れない。
だが、それは精神的な話だ。質量的――例えば『体の好きな部分を自在に重く出来る』や『体の好きな部分を自在に硬く出来る』などの能力が存在すれば、その絶対的な身体能力に屈するしかない状況が考えられるのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
やばいよ。まじっすか。
どのくらいやばいかって言うと、もうやばい。まじやばい。やばいしか言えないぐらいやばい。
だってさ、このテーブル、あれだよ。なんか良く読めない横文字のブランドだよ。で、ティーカップ。ちょっとセンスを疑う様な装飾過多な感は否めないが、アンティークですよあんてぃーく。なんでも○定団オープンザプライスっ!って感じ。極めつけは、上。上上。あれですよ。シャンデリア。超豪華キラキラ。キラッ☆みたいな?
結論。…この娘、大金持ちの娘だよ。
「では~、のんびりどうぞ~。」
「…あ、ども……。」
どうしてこうなった。どうしてこうなった。
いや、分かってるよ。俺も。
まあ、話数挟んじゃったから簡単に説明しちゃおうかな。某有名掲示板風に三行で。
女の子、俺の手掴んで疾走。
電車で町はずれに移動。
でっけえ工業団地 (みたいな建物)の横にある、大豪邸に躊躇なく連行。
…こんな感じ?
ちなみに、ちょっと思い返すと看板あったね、「森羅電気」って。はいはい、納得…は出来ないが、理解はした。ルリ女史、社長令嬢ですよ。高根の花もいいところ、別世界の住人ですよ。勝ち組ですよ、ほんわか美人だし。
「…?どうされました~?紅茶、お嫌いですか~?」
「いえいえいえ慎んでお頂き申し上げますっ!!!」
「また~。そんなに緊張なさらなくていいですよ~。今日はお礼なんですから~。」
慌てて紅茶を飲む俺。ころころと鈴が鳴るように笑うルリ女史。俺も一応笑っておく。頬が引き攣ってるの、自分でも分かってる。顔面神経痛みたいになってるね。
でも、そんな俺の微笑み (笑)にも、ルリ女史は満足してくれたようだ。ありがとう天然。華やかに微笑み (これが正しい微笑みだよ、うん)、自分も紅茶に優雅に口をつける。すげえよ、なんかお嬢様オーラだね。ってか、紅茶うめえ。ウチの妹の入れてくれるお茶も不味いわけじゃないが、何というか、ランクが違う。主に値段的意味で。
「さて~、今日は是非何かお礼を~、と思ったのですが~、あいにく私、男の人にプレゼントとかした事が無くて~。ど~しようかと思ったんですが~」
「いえ、迷うならしないでいいですよそんなの!」
「いえいえいえ~!そうはいきませんよ~!命の恩人なんですから~!」
「!」ってついてるけど、お互い微妙なびっくり具合。ってか、ルリ女史すげえ。間延びした声を出しながら驚く、というなんか未知のテクニックじゃね?リト○スのこまりんみてえだ。ほわぁ~!みたいな。あ、俺はあのゲームプレイしてないけど。
「あいにくと家の影響で機械関係しか詳しくなくて~…。バイトもそれですし~…。」
「し、しん…じゃなくて、ルリさんは、バイト何なさってるんですか?」
しんら、と呼びかけたときに一瞬眉が顰められて、慌てて言い直す俺。なんか今機嫌損ねたら横に控えてる人に殺されそうだし。
…?
……!
よ、横にいつの間にか人が!こ、これ何て言うんだ、メイドさんじゃなくて、えっと、お手伝いさん?使用人さん?みたいな。やばいよ着物にエプロン。和製メイドだよ。でも何がやばいって、目つき。俺の横の人もルリ女史の横の人も、すげえ目つきが鋭い。多分ボディーガードとか兼ねてるだろこの人たち。てかいつの間に横に?紅茶持ってきたとこまでは分かってたけど、そのあと気配感じなかったんだが。
「バイトですか~?バイトはですね~。ウチの仕事のお手伝いみたいなものですよ~。ちょっとネットワークの管理と、セキュリティーチェック、パスワードロックの定期変更とかですね~。えへへ~、これだけは得意なんですよ~、ってあれ?どうしました?ユキさんミキさんがどうかされましたか~?」
「い、いえいえいえ?なんでもないですよ?」
「あ~、お気になさらないでください~。二人ともすごくお仕事できる人で~、私と違ってしっかりされてるんですよ~!」
にっこりと微笑むルリ女史。会釈するユキさんミキさん。息ぴったり。なんか、某完璧で瀟洒なメイド和製版、って感じ。迂闊なことしたらおぜうさまのご飯にされちゃいそうな雰囲気。
「私のバイトの話とか聞いてもつまらないですよね~、すみません~、喋りすぎちゃっ」
「いえいえいえそんな事無いっすよ!?俺機械とか好きだし!昔工場見学とか楽しでたし!!!」
なんか俺必死なんだが。なんでお礼に連れて来られてこんな拷問みたいな事されにゃならんのだクソ…とか思ってたら、唐突に顔がぱあっと輝くルリ女史。
ざわっ…ざわっ…じゃなくて!なんだ、何俺なんか地雷踏んだ!?なんかおかしなこと言ったか?このまま命の危険なく帰れるんじゃ
「いいですね~!それなら折角ですからウチの工場見て行ってもらいましょ~!いろいろつくってるし、発電所もありますし!」
「いえ、なんかそういうのって不味いんじゃ!?」
「私一応バイトだけど関係者ですし~!大丈夫ですよ~!」
あ、あー、また引っ張られるよー、走ってるよー。連れてかれるよー。なんか和製(以下略)さんたちがお辞儀して見送ってるよー…。
ふっと、ちょっと頭の中に響いた。
―――話した内容一言一句、見た内容は天井の染みの数まで覚えてきておいてくださいね
メールの文字が、まるで読み上げられたようにイケメンメガネの声で再生される。ああ、アイツならやりかねん、ような気がする。ホントに覚えんのかな俺。
―――そういうことd
あーあーあー分かってる分かってる、人質は分かってるから!もーいちいち脳内再生されなくていいっての!まあ、頑張って覚えりゃいいんだろ覚えりゃ!それで人の命助かるんだったらやってやろうじゃねえか!
…。
「…ひ、ひろい…。」
「ここが入口からすぐ、一般人も見学可能の~、第一区画の直接販売品の生産場です~!」
「だ、だいいち…だと…!」
「はい~!奥には工業用の第二区画、原発兼ねてる第三区画、立ち入り禁止区域の第四区画までありますよ~!第四区画は無理ですけど、関係者なので第二、第三区画まで行けますよ~!」
「………。」
え、これ全部?第一区画だけで体育館もはだしで逃げ出すくらいあるんですが?
…挫折。頭の中の根性が、がっくりとоrz字型に崩れ落ちた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「さて、と…。」
タオルで汗を拭いながら、訓練場 (実はあまり広くない。事務所のロビーよりも狭いくらいだ。その程度の限られた空間での戦闘が、一番応用が利く、と彼は考えている。)を後にする。ぐったりと倒れ伏した二人は放置だ。急所は外しているもののある程度のダメージは蓄積しているし、時間的にももう四時間にもなっている。だがまあ、放っておいてもそのうち回復するだろう、と彼は判断した。
(んー…そろそろ二人がかりでは私に勝って欲しいのですがね…。)
一応シン自身は一対一で自分が負けるとは思わない。だが、『姓無』を要するテロリストと、その標的となる工場の警備部隊、三つ巴の戦いになった場合、自分は恐らく機械類の操作というバックアップに回る事になるだろう。その場合、直接『姓無』と対峙するのはあの二人なのだ。
(さて、一応『姓無』について今日も調べておきますか…。)
そのまま地下のコンピュータルームに向かい、電源を入れて、デスクにつく。昨日一応は調べつくしたのだが、もう一度調べて頭に叩き込んでおくのも悪くはない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「………。」
「…おーい、レーン、生きてるかー?」
「………。」
「へんじがない。ただのs」
「うるさい。」
「なんだ起きてんじゃねーか。」
床にへばりついたまま会話を交わす二人。横たわる一人はショートカットの中に一房の長髪を束ねた、スタイルのいい女性――柊。仰向け大の字になっているのは、ものすごい髪の色をした小柄な少年――榎田。
「…やっぱ、ダンナはつえーな。」
「ああ。師父だからな。」
「……お前の『読心』でも、やっぱ無理か?」
「……師父は、そうしてくれているからな。」
柊の『異能』は、『読心』。相対した相手の脳内を読み取る能力。一時期はその力の制御が分からず、道行くすべての人の声を無差別に聞き入れてしまい、ひきこもる様な生活になった事もある。だがシンと共に過ごして、彼によって、ある程度その仕組みを解明されたのだ。
『読心』で重要なのは、読み取る相手との距離感。単純な距離ではなく、心の距離感なのだ。相手をより近く感じるほど、深く強く心を聞いてしまう。相手との心の距離を一定に保つ事が、彼女の能力を制御する唯一の方法だという事を、シンは発見した。それによって柊は普段通りの生活に大きく近付いたのだ。
(師父には、感謝してもしきれない…。)
それを実践するにあたり、シンは柊を一度完膚なきまでに叩きのめした。単純なゲームから実際の戦闘に至るまで、ありとあらゆる手段で、だ。心を読まれながらも、シンはただの一度も負けなかった。その結果ある時、柊は突然シンの心の声が聞こえなくなったのだ。
この人は、遠い。雲の上の存在だ。
そう認めさせたのだ。それは、柊を救い出す光となった。元々感情の起伏の少ない方だったが、このときだけは号泣してしまったのが気恥ずかしい。
(だが、今は…。)
それを逆手に取られている。相手を遠く感じるがゆえに、心を読めない。だがそれは、心の声に頼らずとも戦う練習にはなる…とはいっても、やはり一度くらいは勝ちたい。もうあれは何年も前の事なのだから。
いつかは、横にならんでいきたいから。
「んまー、別にダンナと直接実戦に行くわけじゃねーしなー。」
柊は隣に寝そべる榎田を見る。それは同時に榎田の心の声を無理矢理柊の脳に送り込む。
(んまー、別にダンナと直接実戦に行くわけじゃねーしなー。)
(実際の声とそのまんまだな。)
心の中で苦笑する。この少年 (実際は柊の方が年下なのだが)は、所謂考えた事がそのまま口に出る性質だ。心を読もうが全く関係ない。組み手でも、「今からここに打ち込むぞー!」とどう見ても分かり切った体制で突っ込んでくる。それを読ませて尚防げない速度を目指すのが彼のスタイルだ。
「いつか、勝とうな。」
「おおっ!レンさんやる気じゃないですか!いいですね~その意気だぜ!」
恥ずかしげもなく親指を立てる榎田。その仕草があまりに子供っぽく、だがやけに様になっていて、とうとう堪え切れずに柊が噴き出す。
この幸せを、絶対に守って見せる。
二人で寝そべったまま、柊は心に強く誓った。そしてそれは榎田も一緒だったはずだ。『読心』し
なくても、柊は確信を持ってそう思った。
初作品です。
稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。