三日目(水) ~潜入~
さて、やってきました水曜日。いつもなら若干心躍りますよ、俺。
…?
ああ、説明してなかったね。うちの学校、水曜日は五限目上がり、すなわち一時間分早く講義が終わるんだよ!ここら辺が馬鹿高校の有難いところだね、いやマジで。運動部 (馬鹿高校の例にもれずそこそこ強い、らしい)がゆっくり練習できるように、という配慮らしいが、我ら帰宅部にとっては公然と早退できるも同然。
これだけ言えば、さぞや楽しく思えるだろうし、世の真面目な進学校に通う高校生の諸君にとってはパラダイスに聞こえるかもしれないが、ところがどっこい (死語)、そこは馬鹿高校。いわゆる「ちょっとジャンプしてみろ」とか「私刑」とか言われることはこの日に起こることが多い。みんな遊びに行くため、お金持ってる事が多いし。
だがしかーし!それさえくぐり抜けてしまえば遊び放題!!!おいしい一日には変わりがない!ビバ (やっぱり死語)、水曜日。
……さて。
ここまで聞いて、勘のいい人はお気づきになられたことだろう。最初の一行に「いつもなら」って入っていた事に。
「はああ……。」
授業中、特大のため息をつく俺。今日は、遊びに行くことはできない。行きつけの喫茶店で愚痴を聞いてもらうことも、ゲーセンでハイスコアたたき出す事も出来ない。まあ、それはいい。 (人の人生初デートだってのに……)
そう、今日はデートの予定なのである。それだけ聞けばリア充爆発しろ、って感じだが、これはいわゆる出来レースならぬ出来デートである。だってさ、どんだけ他人が絡んでんだよ。楸のメガネからはなんかまた指令っぽいメール来てたしさ…。もうちょっと、こう、なんつーか、初めてには希望を持っていたかったんだがなあ、俺。
(まあ、ポジティブに考えて行くしかないか…)
そこ、間違っても「逝く」じゃないからね。そこ重要だよ。そんなメタなことを考えながら、昼に届いたメールを開く。
件名:今日の放課後
本文:楽しみにしています!放課後俊也さんの教室の方に行きますので、待っていてください!
「ま、美人とデートだ、デートっ!!!」
半ば…いや四分の三くらいやけくそでそう口走り…って、あ、
「キバヤシー、舞い上がっているのは分かるが授業中だー、自重しろこのやろー。」
「あ、いえ、すいません…。」
運悪く教室に残っていた不良の目つきが痛い。お迎え (地獄へのじゃないよ)が来るまでは教室でこってり絞りあげられてしまうんだろうな…。
でも。
もっとも鋭い視線は。
数学教師 (独身・37歳男)の視線だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
彼――楸シンの朝は、実はかなり遅い。勿論早く起きようと思えば起きれるし、二日程度であれば思考力を鈍らせること無く覚醒状態を保つことが可能だ。だが、体力の回復、仕事の能率を考えた場合、この夜型の生活が最も効率的であるためだ。
(私の、『最善』もまあ微妙なところで役立つものですね…。)
意識の覚醒と同時に平時の思考力を取り戻した頭で考える。と、同時に目覚まし時計を止める。彼にとっては不必要な大きな電子音は、彼の起床を「彼女」に教えるため。
「おにいちゃん、ごはん、できた。」
「ええ、ありがとう、パルカちゃん。今行きますね。」
ドアの向こう側から聞こえる無機質な声。若干の胸の痛みを感じながら、それを声には出さずにいつものトーンで返事をし、身支度を整える。慣れたもので三分も掛からずにいつもの恰好を整え、事務所兼ロビーに向かう。
(あと、五日…。どこまでもがけるでしょうか…。)
完全な負け戦――例えば、変えられない運命との対戦――であれば、ある意味気軽だ。どうにもならないことが既に分かっているのだから。それに比べて、ほんの僅か勝ち目がある方が、余程の重圧がかかる。
だが、シンはその事を心地よくさえ思っていた。
(勝たなければならないのだから、勝ち目がある方がいい。)
諦める、という選択肢は、彼の中には無かった。勿論、過去の偉人のように「我が辞書に不可能の文字は無い」というわけではない。寧ろ諦めの早い、割り切った人間だと彼は自分を分析している。
だが、妹の事だけは別だ。一切の妥協を排し、常に最善のみを選択してきた。最善が気に食わなければ、それを破ろうと足掻いたことだって、何度となくある。そして、これからもそうするだろう。
―――五日後訪れる、その運命の時でも。
そんなことを考えながら事務所兼ロビーのドアを開け、朝食に使うテーブルを見やる。その上には、いつものようにパンとスープの朝食 (パルカにとっては昼食)と、スクランブルエッグ。
「おお、今日はスクランブルエッグですか!どんどんレパートリーが増えていきますね、パルカちゃんは!」
「めだまやき、しっぱいして。まえにおにいちゃんがしてくれたみたいにしてみた。」
無表情、だがその中に僅かな羞恥と自慢が存在するのが、シンには分かる。頭をなでるときに、少しだけ顎を引き、嬉しそうに目を細める事も。
「…将来は、いいお嫁さんになるでしょうね。」
「!……。」
その瞬間、僅か、ほんの僅かだけ存在していた感情が、スイッチを切ったように抜け落ちる。そのまま無言になり、撫でるシンの手を振り払ってテーブルの席につく。
「ぱるかは、あといつかしかいきられないから。およめさんにはなれない。」
「そんな事ありませんよ。まだ僕を信じてくれませんねえ。では、いただきます。」
行儀よく挨拶して、食べ始めるシン。同じように合掌し、食べるパルカ。二人は無言のまま、テーブルを囲んで朝食を食べる。お世辞にもいい雰囲気とは言えないが、だからといって先の会話をしない訳にはいかない、とシンは考える。
(パルカちゃん自身に、生きる意志がなければ、どうしようもない。)
彼にしては珍しい、なんの根拠もない理屈だが、ある意味真実だろう。だから彼は何かにつけて、彼女に対して将来の話をするようにしていた。そして、ほんの僅かでもその運命の情報を手に入れようとしていた。
「んーそれにしてもおいしい。流石はパルカちゃん。料理を教えた甲斐がありましたねー。」
「……じかん、いっぱいあるし。」
パルカは、例の運命を見た日以来、学校を休んでいる。その為時間が空いてしまい、その暇つぶしに、と教えたのが料理である。最初のころは包丁を使う時など危なっかしい時も多々あったが、数週間もすればそれも無くなり、今ではシンは任せて寝ているだけで料理が出てくる、という有様である。才能、というやつだろう。
(まあ、時間ばかりあると人間ロクな事を考えませんしね。)
その作戦、というか思惑というか、は、成功だと言える。料理は彼女の生活の、事務所メンバーとの関わりに次ぐ楽しみになっている。事務所のメンバーと関わると嫌でも『予感』の力を思い出させられるため、それをひと時だけでも忘れられる時間は、彼女の精神を保つ上で大きな意味を持っていた。
ちなみに、シンが早く起きない理由の一つも、シン自身が、自分が暇があればロクな事を考えないと自覚しているためである。
「さて、と。ごちそうさまでした。」
「おそまつさまでした。あとかたずけ、する。」
お粗末さま、なんて教えたかな?と若干首を傾げながら、地下の機械室へと向かう。一つは、『姓無』の情報を、少しでも仕入れるため。本人たちの足跡が見つかるとは思えないが、もしかしたら被害者の話くらいなら何処かに転がっているかもしれない。二つ目は、前日と同様、決戦の場の情報の仕入れだ。
「おっと、決戦の場と言えば。指令を忘れていましたね。」
ふと思い出して、携帯電話を取り出し、一通のメールを打つ。
件名:無題
本文:今日のデート、楽しんで来てくださいね。それと、楽しむのはいいのですが、できれば森羅のお嬢さんのお家まで入って、いろいろ見てきてください。親御さんがいないなら好都合です。後でいろいろと教えていただきますので、話した内容一言一句、見た内容は天井の染みの数まで覚えてきておいてくださいね
最後ににこやかな顔文字を加えて、送信。
「さて、今日は、榎田君、柊さんと特訓ですね…。二人との稽古は久しぶりですねえ…。」
シンはそう呟いて、パソコンの電源を入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「木林さ~ん、お待たせしました~、ってうわ~!」
「あ、ど、どう…も…。」
ちょうどルリ女史が教室に入ってきたとき、俺は不良のリーダーに胸倉掴まれて持ち上げられて足ぶらぶら状態だった。ちなみにほぼ無抵抗。あの状態って、動くと余計に痛いんだよね。
放課後、ソッコーでトイレに立て篭もろうとしたが、努力空しくあっさりと捕まってしまったんです、ハイ。ちなみにその時先生まだ教室いたんですが。「はは、ざまあ」みたいな目して何も言わずに職員室に帰って行きやがった。
「も~。リュウさ~ん、なにしてるんですか~、弱い者いじめは駄目ですよ~!」
「あァ?ってルリお嬢、どうしてここn」
「木林さんとこの前のお礼に~、ってリュウさ~ん!」
「てめえ、どういうつもりだコラァ!!!」
「あ、いえ、その、ふぐっ!」
某毒入り高級魚の名前は、お腹に一発貰った音です。いいパンチしてるじゃねえか…。でも、これ以上はやめときな。死ぬぜ。主に俺が。
「と~に~か~く、今日は木林さんにお礼をするから~、皆さんは帰ってくださいな~!」
「…ちっ、じゃあな。変なことしたらタダじゃ済まさねえからな!」
「あ、ちょ、ゆっくり、いてっ!」
からな!らへんで釣り上げてた手をぱっと離され、そのまま尻もち着地。結構痛い。
「大丈夫ですか~?も~、リュウさんも悪い人じゃないんですけどね~。」
「ええ、あ、ありがとうございます…。」
あれが悪い人じゃなかったらいったい誰が悪い人なんだよ、と心の中でツッコミ、そもそも今の宙づりの計もあんたのせいじゃね!?とも心の中でツッコミ。いや、別に宙づりはこの娘の所為じゃ無くね?という君にもツッコミ。それでも口には出さないのがヘタレクオリティ。
「で、あの…。」
「はい~、では、さっそくいきましょ~!」
「え、どこn」
「もちろん~、私の家です~。」
「……。」
いや、あの、親御さんたちいないかも、とか言ってませんでした?いいんですか俺なんか上げちゃって?というか、不良さんたちの目線的に出来れば上げないで頂けると嬉しいんですが…いや、イケメンメガネの指令的には上がらないとまずいのか?
「では、出発です~!」
「え、あ、ちょちょちょっ!」
ほわほわぽけぽけオーラに似合わない早さで俺の手を取って、そのまま歩き出す…てちょっと待って、腕は組まないでもらえます?見つかるとホントに殺されかねないので。とりあえずしっかりつないだ手を離す気は無いらしい。ああ、見つかったらフルボッコだろうな…とか思いながら、俺は手を振りほどく事が出来なかった。
もしかしたら、やわらかいその手の体温が、ほんのちょっと気持ち良かったからかな、とか、柄にもなく考えてた。
廊下の角をまがって不良がみえた瞬間、速攻で振り払っちまったけど。
初作品です。
稚拙なところも多いですが、ご意見やご感想をお待ちしています。