同じ道、別の理由 ─ その一歩は、誰のためのものか
─ 外に出たい者がいる
外に出したい者がいる
同じ道を見ていても
向かう理由は同じじゃない ─
「やっぱ馬買おうぜ、ジュード」
「そんなに馬が欲しいのか」
「馬を手に入れれば、好きな時に出て好きな場所で止まれる。最高じゃん」
「それはまぁ、そうだが」
「 乗馬スキルはあって損することはないだろ」
使える技能は多いに越したことはない。それは確かだ。だが、各地を転々とする冒険者でも馬を所持している者はほとんどいないだろう。
「軍馬ならともかく、護衛や魔物退治の依頼が発生したらどうする。仕事中は依頼者とその財産が最優先だぞ」
「三ヶ月間ずっと馬に乗ろうってんじゃねーよ。お試し感覚でいいじゃん」
「そんな気軽に買える値段か」
「いくらすんの?」
「だから、俺も知らないって」
何度目だ、この会話。
早々に切り上げて、市場の外れ──丸太を渡しただけの簡素な柵で囲まれた馬場に立ち寄ることにした。
「──あの白いのがいいんじゃないか。毛並みも良いし」
いかにも騎士が好みそうな馬だった。イーヴォなら似合うだろう。
「見た目で馬を決めんなよ。さてはお前、美女好きだな」
「あれは牝馬なのか?」
「じゃねーの?首が細いし、胴がちょっとだけ長いじゃん」
違いが分からない。
「ここであれこれ言ってても始まらないな」
「そりゃそうだ。とりあえず話しかけてみっか」
柵の向こうに、日に焼けた青年がいた。鞍を外し、馬の動きに合わせて手早く体を拭う。
『ちょっと馬を見せて欲しいんですが』
「どのような用途ですか」
イーヴォが声をかけると、俺たちの会話が漏れ聞こえていたのか、訛りのある共通語が返ってきた。少し意外だったが話が通じるのは助かる。
「借りるのか、買うのかで話は変わります。見たところ旅人さんのようだけど」
「冒険者だ」
そう名乗ると、青年は少し驚いた表情を見せた。どこか引くような、あの反応だ。
「……冒険者さんなら、買うのはお勧め出来ません。置いて逃げるか、守るかのどっちかになるでしょ?馬がかわいそうだ」
「逃げたりはしねーよ」
イーヴォが少しムッとした声で返す。
「乗ってみたいだけなら、貸しますよ。日割りで払ってもらうけど」
「ジュードはあの白い “美女” がいいんだよな」
「あれは大人しくて素直な牝馬です。素人さんにはお勧めですよ」
彼はもう一頭扱いやすい馬を選び、手際よく鞍と手綱をつけた。
「日が暮れる前に戻って下さい」
「保証金は要らないのか?」
「必要ないです。ただ、乗り逃げしたと分かったら冒険者協会に訴えます」
笑顔でさらりと怖いことを言う。
「乗り方は分かりますか?」
「まぁ、なんとか」
「落ちても責任は持ちませんから」
半日ほどの約束で、馬を借りた。
「──やっぱ、馬買うの止めよう」
日暮れに間に合うよう少し飛ばしている最中にイーヴォが音を上げた。半日でこれだ。長旅は無理だろう。
「そうだな。尻が割れそうだ」
「ケツは最初から割れてんじゃん」
ようやく納得したらしい。かく言う俺も、乗る前に想像していた以上に過酷なのが理解出来た。
(三日も乗れば確実に尻の皮が剥けるだろうな)
「お前の美女好きってさ、やっぱ初体験の相手の影響なのか?」
「……それ、今持ち出す話か?」
「あのとき、俺すごく心配したんだぜ」
「それはあとから気がついた」
「ひでーな」
実際、ひとりだけ娼館行きを逃れた後ろめたさかな、と思ってたくらいだ。
「どっかから拾って来た烏の羽とか弄くり回したりしてさ。暗黒面にでも堕ちたのかと思ったわ」
「烏は “異界” のものじゃない」
「知ってる。異界から具現化した“黒”は光を反射しない。ジュードは 《《魔獣》》を見たことがあるんだよな」
「大人と一緒に森に入ったとき一回だけな。親父が仕留めた。叔父が『見るな』と立ち塞がったからほとんど様子は分からなかったが」
「『自然界に、光を一切返さぬ黒は存在し得ぬ』──ね」
「……何の話だ、それ」
「俺の研究テーマの話」
含みのある言い方が少しだけ気になった。
戻ってみると夕飯が用意されていた。馬との相性を見る為に泊まる場所もあると言う。
夕食後、昼間の青年フェイの父──ラスタール氏と細かい話をした。
「うちでも馬車は出せるが、隣国までは面倒見きれん。街道沿いに “回してる連中” がいる。そっちを当たるといい」
「そいつらってどこに行けば会えるんだ?」
「詳しいことは〈御者組合〉で聞けるだろう。紹介状は書いておく」
「その組合で馬丁も雇えるのか?」
俺の質問に、ラスタールは少し考える様子を見せる。
「──その話をする前に、フェイに交代すると伝えてくれんか。あいつの方が詳しい」
「兄ちゃんは厩舎だよ。案内しようか」
「厩舎なら分かるよ、ありがとう」
半月が、空の半ばへ差しかかっている。
「月は、どこでも同じに昇るんだな」
「そりゃそうだろ。ザエッダの月だけ違う訳──いや、違うかもな。俺たちにとっては」
イーヴォが腰に差した短杖を抜いて見せる。月の満ち欠けが刻まれたそれは、俺には見慣れた代物だ。
「魔導学院の紋章も六芒に月だったな」
「五大神が布教にしのぎを削ってるんで、建前は国教じゃないとか言ってるけどさ」
実質国教みたいなもんだろ、とイーヴォは笑った。
板戸の隙間から月明かりが差し込み、馬が尾を揺らしながら低く鼻を鳴らしている。夕方とは大分様子が違っていた。
奥の方に、灯りとは違う青白い光が見える。
「水呼びの魔法陣か。お前、魔法の心得があるんだな」
イーヴォが声をかけると、水桶の側にしゃがんでいたフェイが顔を上げた。
「心得というか、……子供の頃は冒険者になりたかったんです。でも、大した魔法は使えなくて……。それでも、外に出る理由にはなるから」
静かに、でもはっきりとフェイは言った。
(出たい理由と、出したい理由か──)
少しだけ心がざわついた。
─ End ─
【次回予告】
外へ出たいと願う者がいる。
その言葉はまっすぐで、迷いがなかった。
だが、それを見ている側の心は、そう簡単には割り切れない。
ジュードは、自分の中に生まれた感情に気づき始める。
※次回は、『ザエッダの弓手 11:月は同じに昇る』の予定です。




