不審者だと思って逃げたら魔法少女に勧誘されていた話 〜逃げてもどこまでも追ってくる“それ”〜
タイトル:不審者情報:魔法少女勧誘事案
不審者に注意してください。
スマホの通知が鳴ったのは、朝の通勤前だった。
何気なく開いたそれは、いつもの地域防犯メールだった。
四月二日午後二時三十分頃から午後三時頃までの間――
内容は、いつも通りだった。
女性が男につきまとわれた。
声をかけられた。
特徴はこうだ。
年齢二十歳から三十歳くらい。
身長百七十センチ前後。
黒い帽子、黒いマスク、黒いパーカー。
――黒づくめ。
最近多いな、と思った。
いや、「最近」どころじゃない。
スクロールすると、似たような事案がずらっと並ぶ。
追いかけられた。
声をかけられた。
つきまとわれた。
違うのは場所と時間だけ。
どこにでもいる。
どこでも起きている。
私はスマホを閉じた。
「……気をつけよ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
そんなことを思ったのが、今朝のことだった。
――そして、今。
私は全力で走っている。
「ねぇ!そこのあなた!魔法少女に――」
「無理ぃぃぃぃぃ!!」
振り返らない。振り返ったら負けだと思った。
だっておかしい。
どう考えてもおかしい。
さっきの“あれ”、どう見ても人じゃなかった。
小さい。白い。ふわふわ。
耳みたいなのがある。
そして、喋る。
防犯メールの特徴と、一致しない。
でも。
絶対に同じ“類い”だ。
私は走る。
逃げる。
とにかく距離を取る。
後ろから、足音がする。
パタパタパタパタ、と。
軽い。速い。近い。
「待ってよぉ!」
「来ないで!!」
叫ぶ。
誰もいない。
住宅街の裏道。夕方。人影なし。
最悪だ。
なんでこんなタイミングで。
なんでこんな場所で。
なんで、私なんだ。
チラッと、ほんの一瞬だけ振り返った。
――目が合った。
その生き物は、うつむき加減だった。
どこか悲しげな表情。
でも。
その目だけは違った。
獲物を見つけたような、鋭い光。
そして。
口元だけが、にやりと笑っていた。
「……っ!」
心臓が跳ねる。
もう一度、前を向く。
ダメだ、あれはダメだ。
直感が叫んでいる。
関わったら終わる。
私はさらに速度を上げた。
息が苦しい。
足が重い。
肺が焼けるようだ。
それでも走る。
止まったら、終わる気がした。
やがて、大通りに出た。
車の音。信号の光。人の気配。
日常。
その瞬間。
後ろの足音が、消えた。
「……え?」
立ち止まる。
恐る恐る振り返る。
――いない。
何もいない。
さっきまで確かにいた“何か”は、跡形もなく消えていた。
「……助かった……?」
膝から力が抜ける。
その場に座り込みそうになるのを、なんとか堪える。
周囲には普通の人たちがいる。
誰も、私を見ていない。
いつもの風景。
いつもの世界。
「……夢……?」
そう思った瞬間。
視界がぐらりと揺れた。
耳鳴り。
遠くなる音。
「え……?」
誰かが何かを言っている。
分からない。
体が、動かない。
意識が――
途切れた。
*
「……さん、◯△さん」
声がする。
ゆっくりと目を開ける。
「……ここ……」
知らない天井だった。
白い。
無機質な光。
視線を横に向けると、白いベッドが並んでいる。
三つ。
カーテンで仕切られている。
どうやら、病院らしい。
「気がつきましたか?」
看護師の女性が、こちらを覗き込んでいた。
「あ……はい……」
「道で倒れていたところを通報されて、運ばれてきたんですよ」
「……そう、ですか……」
やっぱり、倒れたんだ。
あの後。
じゃあ、あれは。
「……不審者とか……」
「え?」
「いえ……なんでも……」
言いかけて、やめた。
信じてもらえるわけがない。
白い変な生き物に追いかけられた、なんて。
「では、検査をしますね」
看護師がカルテを手に取る。
ペンを走らせる音。
カツ、カツ、と小さく響く。
その時だった。
「……ねぇ」
違和感。
声のトーンが、少しだけ変わった。
「そこのあなた」
ゆっくりと、顔を上げる。
看護師の顔。
――の、はずだった。
でも。
どこか、違う。
目。
その目が。
さっき見た“それ”と同じ光を宿していた。
ぞわり、と背筋が凍る。
「魔法少女に――」
瞬間。
思考が止まる。
「――なってよ」
にやり、と口元が歪む。
白い天井。
白いベッド。
白い服。
白い世界。
全部が、あの“白い生き物”に見えた。
「……っ、いや……!」
体を起こそうとする。
動かない。
腕が、重い。
足が、動かない。
まるで固定されているみたいに。
「大丈夫、大丈夫」
優しい声。
でも。
その奥に、何かがいる。
「今度はちゃんと、逃がさないから」
耳元で囁かれる。
冷たい。
息が、冷たい。
「やめて……」
声が震える。
視界が滲む。
逃げられない。
ここは安全な場所のはずなのに。
病院のはずなのに。
「契約、しようよ」
白い手が、こちらに伸びる。
細くて、優しくて。
でも、逃げ場を塞ぐように。
「僕と――」
その瞬間。
理解した。
ああ。
これは。
逃げても、逃げても、追ってくるやつだ。
場所なんて関係ない。
人の姿にもなる。
どこにでも入り込む。
――不審者なんてレベルじゃない。
これは。
もっと別の、何かだ。
「――契約してよ」
世界が、白く塗り潰された。




