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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

生者の見た夢 —— 戦

作者: ⠀
掲載日:2026/04/01

ふと気が付いた。「これは夢だ」と。

この夢は、久しぶりに、本当に久しぶりに見る気がする。






僕の両親は、日本人だった。でもある日、父さんは仕事で引っ越すことになった。

引っ越し先は中東のとある国。

ルポライターだった父さんらしい選択だ。

……のちに紛争が勃発する国だ。




愛妻家…じゃない、愛夫家だった母さんは父さんについていくと言い張り、まだ物心もつかない子供だった僕も、着いて行くことになった。

はじめ見る外国の景色。初めて見るような人の営みに、綺麗だと思ったことが印象に残っている。それが僕の最初の記憶。

そして次に覚えているのが、その街が燃えていくところ。真っ赤な炎に飲まれて、建物のガラスが割れて、破片が降り注いで。

三人で逃げ惑って、身体中怪我して。やっと辿り着いた地下鉄の駅には、人が大勢詰めかけていた。


寒かった。


外は雪が降っていて、そんな中でも暖房なんて稼働していない駅。

それでも。ここに、何人が生活しているのか。そう思うほど、たくさんの人であふれかえっていた。

しばらくはそこで生活したんだと思う。この辺の記憶が曖昧だけど、お腹が空いて泣いていた自分より小さな子を、うるさいと感じてた。それだけは覚えてる。

僕はもう、ここで死ぬんだな、みたいなことを子供心に思って。で、それが分からないその子に苛立って。

でもそんなある日、父さんが死んだんだ。

武装して押し入って来た連中が、見せしめに、父さんを選んだから。


それから僕は、いや。僕たちは、全力で逃げた。

地下を出たら、雪だった。厚く積もる雪の中で、僕たちは、転ばないように走った。

逃げ切れたのは、母さんと僕。二人だけだった。ほかの人たちは分からない。

捕まって殺されたかもしれないし、餓死したかもしれない。ただはぐれただけで、その先で保護してもらえていたんだとしたら…嫉妬してしまう。

とにかく、初めは大勢いた知り合いも、どんどんと減っていった。




何度、ガラスの破片で皮膚を切ったか分からない。何度、空腹で倒れそうになったか分からない。




けれど僕たちは、全力で逃げて、逃げて、逃げて。

母さんの言っていた『コクガイノヒコージョーでホゴしてもらう』が、『国外の飛行場で保護してもらう』という意味だということが分かったころには、一年が過ぎていた。




また、長い冬がやってくる。

雪の中では、見つかりやすい。白以外の色が目立つからだ。

雪の中では、逃げにくい。足が埋まってしまうからだ。


だから僕と母さんは、近くの廃屋をこの冬の拠点にすることに決めた。そこの向かいにはスーパーマーケットがあって、まだ商品も残っていたから。






でもそこには、先客がいた。

僕たちと同じ、子連れの母だった。






同じような境遇だった僕とその子は、すぐに打ち解けた。

母さんも、相手の母とすぐに仲良くなった。






その子は、エルピスと言った。

今までに見た惨状。積みあがった瓦礫の山の中に、まだ使えるラジオが会った時のあの感動。




どんな些細なことでも、僕は彼と共有した。

長い冬の退屈を紛らわすには、十分すぎるほどの経験があった。

そしてそれは彼の方も同じで。僕たちは、親友を通り越して家族のような関係になった。




そして冬が深まるにつれ僕たちは、この建物に閉じ込められた。

雪が、積もったからだ。外に出たなら腰まで埋まってしまうようなふかふかの雪が積もり、僅かな燃料と毛布で、僕たちは寒さをしのぐ。




「ねぇエルピス、僕達って、何で生きてるのかなぁ…? 

 この命なんて、あってもなくてもどうせ世界は変わらないんだ。だったらさ、生まれてきただけ無駄じゃないか」




その寒さに、身を這う飢餓感に耐えられなくなった僕は、聞いた。

エルピスは目を見開き、力なく笑う。




「確かにそうだ。僕たちは、いつ死ぬともわからない小さな命だ」



「うん」僕は、同意する。心の奥に小さな落胆が芽生えたのを感じる。

でもエルピスは、つづけた。




「けどね、だからこそ、簡単には死んでやるもんかとも思うんだ。

 だって死んだら、美味しいものも食べられなくなっちゃうだろ? もったいないじゃないか。

 それに…僕のこの命は、両親から食べ物になってくれた牛まで、いろんな命に支えられて生きてる。なのに簡単に死んだら、それこそ命の無駄遣いだ」




そこまで言ったエルピスは、窓の外に目を向ける。僕はつられてエルピスと同じ方を向く。

今も降り続く雪が、割れた窓から入り込む。そして窓際に積もっていく。そんな様子を見ながら僕は、思った。




——あいつは、何を考えてこの雪を見ているんだろうか。




なんだか急に、エルピスが遠くの人に見えた。

僕なんかが隣にいることなど叶わないような、すごく気高く優しい、そんな存在を雪の隙間に幻視した。



「僕はそうは思わない。僕の命は、自分一人の重さしかない」



気が付いたら、そんなことを口走っていた。エルピスはこちらを見ることなく、「そうかもね」とだけ言った。


「僕は、耐えきれなくなったら死んでやる」




しばらく、無音の世界が広がる。僕もエルピスも、しんしんと降る雪を見つめる。




「でも」




唐突に、エルピスの一言がその静寂を破る。そちらに目を向けると、彼の、まっすぐな瞳と目が合った。




「でも僕は、…僕の()()には、生きててほしいと思う」




頬を掻きながら照れたように言いよどむエルピスはやっぱり、僕の親友で、家族だ。










冬が過ぎ、春が目前に迫ってきたある日のこと。

僕とエルピスは、恒例である食料確保のために少し遠くまで出かけていた(近くにあった食料は、もう食べつくしてしまったのだ)。




このころにはだいぶ背も伸びて、ちゃんと雪の上を歩けるようになっていた。

戦利品を手に入れた、帰り道。「これでしばらくは、食料に困らなくて済むね」そんなことを話しながら歩いていた僕達。

相変わらず、周りは瓦礫と雪だけだったけれど、確かにそこには、”いつもの幸せ”が芽吹き始めていた。




タタッ、というような音がした。

幾度となく聞いてきた、音。近くで、砲弾が発射されたことが分かった。

そして。ドーン、という音も、聞こえる。それも、僕たちの向かっていた方から。




いやな予感がした。

エルピスも同じだった。視線を交わすと、僕たちは駆け出した。














僕たちが生活していたビルに辿り着いたとき。

そこは、瓦礫の山になっていた。瓦礫の中にはひしゃげたラジオが、そして母さんの服の切れ端が。

無造作に埋もれていた。






僕たちは、察した。

でも、泣いている暇はなかった。すぐにでもここは、戦場になる。


今すぐ離れないと、僕たちの命までもが、失われる。



そして逃げ出そうとしたとき。突然、目の前の廃墟が崩れ落ちてきた。それも、僕たちの方に。

エルピスが、言った。




「危ない!」




僕はスローモーションになった世界の中で、エルピスの体がビルの瓦礫に飲み込まれていくのを見た。自分は、助かった。突き飛ばされた時にできた擦り傷。それが僕の負傷だった。

エルピスは、体の半分が瓦礫に潰されていた。血だまりが、広がっていく。もう長くない命であるのは、誰の目にも明らかだった。それどころか、生きている事すら奇跡に思った。






僕たちは、無力だ。

この小さな手では、瓦礫を持ち上げることすらできない。

戦争を止めることも、エルピスの体を治すことも、母さんたちの遺体を掘り出すことだって、できやしない。



それでも、抗う。


必死に瓦礫をどかそうとする僕に、エルピスが言う。

口の端から血を吐きながら、かすれた声で。



「これで、君の命は、君だけの物じゃない。

 僕の代わりに生きる君は、勝手に死んじゃ、だめだよ?」






一瞬、何のことかわからなかった。

その言葉に隠された意味に気が付いたとき、僕は——。








































枕もとを照らす朝日に、目が覚めた。

ふと頬に手を当てると、濡れた感触がする。あぁ、泣いているんだ。そう気が付いたときにはもう、その夢の記憶は彼方へと消えていた。


無意識のうちに自分の手首を抑えていることに気が付いて、慌てて服の袖を引っ張る。




——この傷は、人に見せたいものじゃない。















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