ブルーグラス・ブルーム 第8話
「じゃあ弾けないんだ」
「うん全然、全然弾けないよ!」
「へぇ」
嘘をついてしまった。
もういいや、教科書は返したし帰ろう。
そして水城さんには近づかないようにしよう、元々顔も名前も知らない仲だったんだし元に戻るだけだ。
「じゃあわたしそろそろ帰───」
「百合川さん、私にウソつくんだね」
水城さんの言葉が脳天を突き抜け、その衝撃で半分上げた腰の力が抜けてソファーに崩れ落ちた。
「な……ななな何で!?」
ギターを弾けるのを知っているのか? と、聞きたくて前のめりになったのにパニくりすぎて主語が置いてけぼりになっていた。
「みんな言ってるよ、動画投稿してて有名人だって」
なんか話がデカくなってる、わたしは別に有名人じゃない。
って言うか、知ってたならさっきの質問はカマかけられてたって事?
「まあ、別に私の事嫌いでも気にしないからいいよ」
「いやいやいや、何でそうなるの?」
「じゃあ何でウソついたの?」
「いやそれは……水城さんギターもの凄く上手くてあんな引き込まれるような演奏してるの聞いたら自分なんか道端の小石以下の価値しかないなと思えて恥ずかしくなってしまって……」
「ふぅん……」
と、つぶやく顔は何だかまんざらでもなさそうで、なんだか嬉しそうにも見えて「そんな表情するんだ」と思えてちょっと意外だった。
「ねえ、弾いてみる?」
「いやいいよ、水城さんのギター高そうだし」
というか絶対高い、下手するとわたしが使ってる初心者入門セットがダースで買える危険がある。
「別にお父さんのだからいいよ」
「遠慮しとくよ、それよりお父さんギターやるんだ、いいね」
ウチは両親共に音楽はさっぱりだから、お金を出してもらうのにも色々苦労している。
「まあそうだけど、別にいいものでもないよ」
何か含みのある言い方が気にはなった。でも出会って半日のわたしはそこを深掘りできるほどの蛮勇では無かった。
「じゃあ動画見せて」
「えっ! それは……」
恥ずかしいんだけど、今さっき嘘ついてるのがバレたんだからここで見せないのはねぇ……
「ええと、ローマ字と英語で『HIBIKI Guitar』で調べたら出てくると思う」
「……これ?」
水城さんは隣に座ってきて、スマホの画面を見せながらわたしの顔を覗き込んできた。
ツートンカラーのメガネ越しに見た瞳は黒だと思っていたけれど、近くで見ると深緑色をしていてなんだか吸い込まれそうだった。
「……あっはい、それです」
これまで散々友達に見せていた自分のチャンネルだけど今は恥ずかしくてしょうがない。
しかも水城さんの背がわたしより低いからスマホの画面が余計によく見える。
なるべくガン見しないようにしながらもその一挙手一投足をおっかなびっくり観察していると、トップページに戻って一番最近投稿した動画を開き、再生ボタンを押そうとした。
「あっ、あー!」
「ど、どうしたの?」
隣でいきなり叫ぶのだからびっくりさせてしまった。いや、今はそんなことはどうでもいい。
「は、恥ずかしいからイヤホンで聴いてください」
「…うん、わかった」
お願い通りイヤホンで聴いてくれているけど、水城さんは両手で持ったスマホの画面をピクリともせずにジッと眺めているから何を考えているのか全く想像できず、恥ずかしいのと怖いのが交互にのしかかって来て、自分が今何を感じているのか分からなくなってきた。
動画再生が終わり、やっと解放されると思ったのもつかの間、おすすめ表示されたわたしの別の動画を続けて見始めた。
さも当然のように、あまりにもスムーズに再生されたから止める間もなく二曲目に突入し、また微動だにせず聴かれるので諦め、前屈みだった姿勢を崩してソファーにもたれかかった。
なんて思ってるんだろうなぁ、中学の文化祭の時に誘ってくれた子たちはギター経験で言えば同じくらいだったけどわたしはピアノの分、音楽歴が長くてちょっとした先輩扱いだった。けど、水城さんとじゃ月とスッポンどころか地球とダンゴムシだよ。
「百合川さんってギター、どのくらいやってるの?」
画面をよく見るとさっきとは別の動画が開かれている。つまりわたしがうじうじしている間にもう一曲聴き終えられていた。
「えっと、三年くらい」
「へぇ、上手だね」
褒められた。これは『時間の割には』って事?
でもあんな上手い人に褒められたのは嬉しい。
「いやぁ、そんな事ないよぉ」
やばい、声と顔に出てる。
「ギターの他は何かやってるの?」
「ピアノ、小学生の頃に三年くらいやってた」
本当は三年弱だけど、まあこのくらいは大して変わらないだろしいいや。
「そうなんだ、ピアノはやった事無いんだ」
「へー、そうなんだ」
ギターでは負けたけどピアノでは勝っている気がしてちょっとした優越感を感じ、そしてさっきまでの緊張感がいくらか無くなってきた。




