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わたしをブルーに染め上げて  作者: かつをどり
第1章 ブルーグラス・ブルーム
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ブルーグラス・ブルーム 第6話

 いつも平均点ギリギリ上が精一杯のわたしの脳みそでは三つの相反する要素を処理しきれずフリーズし、そこへさらなる衝撃がこの覗き魔を襲う。


 ギターを構えた水城さんは天井を仰いで一息つき、しばらくするとまっすぐ前を向いて演奏を始めた。

 行進曲のような曲調で聞き覚えはあるけど思い出せない、少なくともJ-POPやロックでは無い、なんて曲だったか必死で思い出そうとしながら聞いてると、ふとグランドの土っぽい匂いが脳裏によぎった。


「運動会だ」


 そう、運動会の入場曲で聴いたんだ、曲名は知らないけど確かこんな曲だったはずだ。


 しかし、明らかにテンポが速い、そしてミスが無い。


 この曲をギターで弾いているのは初めて聞いたけれど、堂々と立ちながらの演奏は指運びに一切の迷いがなく音を外すことも雑音も、ズレもなく正確無比でわたしは完全に見入っていた。


 演奏が終わり、わたしの方は半開きになった口から魂が抜ける感覚がして、思わず壁に手をついてしまったけれど、実は終わりではなかった。

 水城さんは直立したまま、表情を変えずに”続き”を始めたけれどその演奏はさっきよりもアップテンポで倍速再生してるのではないかと思える速さで、曇った窓の向こうではフレット上を跳ねる指先が目で捉えきれない速さで動き回っていた。

 その光景があまりにも衝撃的すぎて、演奏に対しては「凄かった」の幼稚園児並みの感想しか残らなかった。


 演奏を終えた水城さんがどんな表情をしていたのかはよく分からなかったけど、大きく息を吐く動作をして窓からの死角の方に歩いて行った。


 一方わたしは心臓がバクバクと脈打つのと同時に頭に血が上る感覚がし、さっきの光景にまだ打ちのめされて動けずにいた。

 借りた教科書のことなど頭から吹っ飛び、思考停止して納屋の中を呆然と眺めていた。と、そこへ不意に水城さんの横顔が窓のすぐそこに現れた。


 先に水城さんが二度見してからギョッとした表情で飛び退いて、わたしの方は反応が遅れたにも関わらず、覗き見がバレたのもあってさらなるオーバーリアクションで驚いてしまい、後ろに倒れそうになったのをどうにか踏ん張って窓枠にへばりつくようにして耐え切った。


 ほっとしたのもつかの間、約三十センチ先で表情を驚愕から呆れ顔に切り替えた水城さんと目が合う。


 引きつり気味の愛想笑いをしても誤魔化せるはずはなく、水城さんは窓を開けようとしたけれど建て付けが悪いのかガタガタ鳴るだけで動く気配すらしないので諦め、まだ愛想笑いをするわたしに目を合わせてから背後、つまり納屋の入り口の方を指さしてから歩き出したのでわたしもそっちへ向かった。



 気がつけば水はねで靴がかなり濡れていたので、こうなれば水たまりにハマろうが同じだろうと駆け足で入り口に向かうと、横開きの木戸がいかにも重そうにゆっくりと動いていたので外から引っ張って開けるのを手伝った。

 中から現れた水城さんは相変わらずの呆れ顔で、わたしの顔をチラッと見るとため息を一つついた。


「ええと……何してたの?」

「覗く気は無かったの、無かったんだけど……ギターが聞こえたから気になっちゃって」


 いや違う、これは”わたしが覗き見してた”理由であってここにいる理由じゃない。


「ああ、借りてた教科書返しに来たの、それでギターが聞こえて」


 肩に掛けっぱなしだったカバンをおおげさにガサゴソ引っ掻き回して教科書を引っ張り出した。


「別に明日でよかったのに」


 独り言のように呟きながら眼前に突きつけるように出した教科書を手に取ると、水城さんは一歩下がって納屋の木戸を閉め始めた。


「ちょちょ、ちょっと!」

「何?」


 慌てて止める。


「えーっと……教科書貸してくれてありがとう」


 そうだ、借りたんだからちゃんとお礼は言っておかないと。


「うん、じゃあね」


 と、また締めようとしたので今度は木戸を手で押さえ、物理的に止める。


「いや、そうじゃなくて!」

「…何?」


 今度は明らかに面倒臭そうに問われた。


「水城さんギター弾けるんだね!」

「そうだけど」

「ええと、ええと……見ていっていい?」

「……まあ、いいよ」


 わたしの押しで根負けさせた気がした。とは言え「いい」と言ってくれたので気が変わらないうちに納屋に入り込む。

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