音叉と響き 最終話
「えっ……なんで嬉しそうなの?」
叉音ちゃんにとっては辛い記憶のはずなのに、なぜか感謝の言葉をくれた。
「私、怒れなかったんだ。本当はやりたくなかったけどなんとなく流されて参加することになって、だから『やらなくていい』って言われた時は内心ホッとしてた。でも、そんな私のために響が怒ってくれて、心配してくれてるって思ったら、その……嬉しい」
そう言って恥ずかしそうにへにゃっとした笑顔を浮かべられ、初めて見るその顔に心を奪われて何も言えなくなってしまった。
叉音ちゃんはこんなに崩した表情を他人に見せたのが初めてだったのか、すぐに照れ笑いに変えて両手でカップを持ってコーヒーを飲む。
それに釣られてわたしも氷が溶け切って、もはや薄茶色の液体となったアイスコーヒーを飲んだけど、底に溜まっていたガムシロップのせいで、それはとても甘かった。
この前出会って感じた印象と今聞いた話を総合すると多分叉音ちゃんは我が強くない、人からの頼みを断り切れない性格なのだろう、そう考えると──
「ねえ、わたしが教科書借りたときも本当は嫌だったの?」
「……うん、嫌だったけど、山口さんもいたから……」
山口……って陽葵のことか。
なるほど、二人がかりで押しかけられて、精一杯に嫌そうな雰囲気を出そうとしてあんな無愛想になっていたのか。
わたしとしてはこうして友達になれたからいいけど、先輩にいいように利用されたのを考えると不安になってきた。
「叉音ちゃん、手出して」
「え? うん…」
おずおずと差し出された手をギュッと握るとちょっとびっくりしたような顔をされたけど、嫌そうなそぶりではなかったから、あったかくてずっとギターの練習を続けて固くなった指先の感触を感じながら握り続けた。
「わたしが言えたことじゃ無いかもしれないけど、今度同じようなことがあったら言って、断ってあげるから」
わたしの言葉に答えるように手を握り返してくれた叉音ちゃんはまた目を細めて笑ってくれ、この笑顔のためならなんでもやってあげられるような気持ちにさせてくれた。
「ありがとう……響、優しいんだね、だから友達いっぱいいるんだ」
「いや、そんなにいないよ友達なんか」
「いつも誰かといるし、さっきも山口さんに買い物に誘われてたよ」
まあ確かに、人付き合いはいい方だと自負してるし、客観的に見れば友達が多いように見えるのだと思う。
「うーん、わたしって一人でいるのが怖いんだよね、だからいつも適当なグループの端っこだったり陽葵みたいな本当に友達が多くて明るい子の後ろにくっついてるんだよ」
「その人たちは友達じゃないの?」
「友達といえば友達だけど、恋愛とか進路とかの重めの話になると適当言ってに逃げちゃってたし遊ぶのも誘われ待ちが多いし、浅い付き合いしかしてなくてちゃんとした友達って気がしないんだよね」
「そうなんだ。じゃあなんで私は心配してくれるの?」
「ええと……叉音ちゃんはわたしから『友達になって』って言ったし、それに……こう……ビビッと来たから」
ギターがとても上手いからというのもあるけど、それだけではなくもっと叉音ちゃんの事を知りたいし、仲良くなりたいと思っている。でも今のわたしにはその理由がよくわからなくて、うまく言葉にすることができなかった。
ただ、それよりも「名前で呼びたい、友達になって欲しい」と言って友達になってもらったのを思い出して、実は断りきれずに嫌々友達になってくれたのでは無いかと不安に駆り立てられた。
こうして昔の話をしてくれているのだから、今も嫌々ということはないのだろうけど、最初に「嫌だ」と思わせてしまっていたのなら心苦しいし謝らなければいけない。
「ねえ、叉音ちゃんはなんで友達になってくれたの? それも断りきれなかったから?」
「違うよ、私も友達になりたいと思った」
「そっか、よかった」
胸を撫で下ろすと同時に、同じことを考えていてくれたのが嬉しくて、知らず知らずのうちに口角を上げた腑抜けた顔になっていて、それを見た叉音ちゃんも嬉しそうに微笑んでくれていた。
「私、ギターを褒められたの響が初めてだった。それで仲良くなりたいと思った」
「えっ、あんなに上手いのに?」
「昔は上手く弾けるとお父さんが褒めてくれたけど、向こうは邦ロックとかの方が好きだから最近は……」
そういえば前に喧嘩したって言ってたっけ。
「お父さん以外で褒めてくれたのは響が初めて、だから『友達になって』って言われた時は嬉しかったけど、響はいっぱい友達いるからあんまり喜んだら変だと思われると思ってた」
「ああ、そんな事考えてたんだ」
「うん、でも今は特別な友達って言ってくれたから……凄く嬉しい」
「そうなんだ…そっかー……」
こんなわたしを特別だと思ってくれている叉音ちゃんがとても愛おしく見えると同時に自分も叉音ちゃんを特別扱いしていて、それは多分”好きだから”だと気がついた。
だからこうして一緒にいるだけで満足感と充実感が満ちるし、別々の教室に戻るときはいつも寂しい。
だけどその感情を悟られるのが照れ臭さくて顔を逸らしてしまった。
この感情が憧れなのか一緒に居て楽しい友達だからなのか、それとも……
とにかくどこから来ているのかは自分でもよく分からない。
だからこの気持ちは叉音ちゃんに伝えられないし、このラベリングされていない”好き”を無理に伝えたら今の関係が終わってしまいそうで怖かった。
なので考えるのをやめて、そっと蓋をして心の奥底にしまっておくことにした。




