音叉と響き 第5話
そしていよいよやってきた土曜日は『動きやすくて汚れてもいい長袖長ズボンの服を着て日焼け止めを塗ってきて』と指定されていたから中学のジャージ上下を着て、右手に買い物袋いっぱいの玉子、左肩に着替えを入れた鞄を提げて叉音ちゃんの家の前まで親に車で送ってもらい、門をくぐって家のインターホンを押そうとしたら、引き戸が開いた。
「響、おはよう」
朝のあいさつしながら出迎えてくれた叉音ちゃんの格好は上にロンT、下にオーバーオールを履いていて、いつもの学校の制服とは違う雰囲気だった。
「玉子持ってきたから冷蔵庫に入れてね」
「わかった、お昼は食べてきた?」
「うん、叉音ちゃんはまだ?」
「今食べてたところ、入って」
案内されるままに家に上がり、ついて行くと居間に通された。
畳敷きで大きな座卓があり、その上に食べかけのごはんに塩鮭と漬物が乗った取り皿が置かれていて、叉音ちゃんは冷蔵庫に玉子を入れるために隣のキッチンに向かっていった。
「おじいちゃんたちはいつも畑でお昼食べてて、今日は響が来るから私一人で待ってた」
「そうなんだ、なんかごめんね」
「いいよ、気にしないで。お茶、冷たいのとあったかいのどっちがいい?」
「じゃああったかいのー」
叉音ちゃんがお昼ごはんを食べている横で貰ったお茶を飲み、菓子盆に入ったお茶菓子をいただきながら部屋の中を観察させてもらった。
レースのカーテンが掛かった大きな窓からは外がよく見え、なるほどこれでわたしが来ると同時に玄関を開けてくれたのだなと一人で納得した。
その窓の反対側はガラス戸で仕切られたキッチンで、建物は古いけど冷蔵庫やオーブンレンジは新しい物のように見えてなんだかギャップのある光景だった。
「ごちそうさま」
叉音ちゃん食べかけだったお昼ご飯を食べ終えたので急いで立ち上がる。
「よし、じゃあ畑行こっか!」
さっさと終わらせて、叉音ちゃんと遊ぶ! そのために今日はこんな格好をしてきたんだ。
「ちゃんと日焼け止め塗ってきた?」
「あっ……忘れた」
「じゃあ私の貸してあげるね」
「ありがとう」
手渡された日焼け止めは見たことがない銘柄だったからよく見てみると、スポーツ向けの強力な物で、この前聞いた通りちゃんと対策してるんだなと感心していた。
「貸してくれてありがと」
塗り終わって返そうとしたけど───
「ダメ、塗り方が雑」
叉音ちゃんはわたしを壁際のソファーに座らせ、日焼け止めをひったくるように奪い取って手のひらにたっぷりと取り出し、顔と首に塗り始めた。
顔もそうだけど、特に首は他人に触られる機会なんかなかったから凄く恥ずかしい、だけどこういうのを雑にチャッチャとやってしまうのは悪い癖でお母さんにはいつも怒られているのは事実だし、なによりわたしのためにやってくれてるから止めるわけにもいかず、されるがままに受け入れた。
恥ずかしいやらむず痒いやらを我慢して塗られるのに耐えていると、真剣な顔で塗ってくれている叉音ちゃんがいつもと違うことに気がついた。
今日、最初に会った時に感じた雰囲気の違いはてっきり服装のせいだと思っていたけど、掛けているメガネが違ったのだ。
いつもは黄色と黒のツートンカラーのメガネだけど、今日は細身のフレームレスのメガネを掛けている。
「メガネ、いつもと違うね」
「あっちは特別だから。畑に出る時と体育の時はこっち使ってるよ」
体育の時も違ったんだ、気が付かなかった。
「何が特別なの?」
特別気に入っているのかメガネ自体が特別なのか───わたしは使わないからメガネの違いなんかよくわからない。
「……後で教えてあげる」
なんかもったいぶられた。
でもこの言い方からすると結構ちゃんとした理由がありそうだ。
そんな会話をしながら日焼け止めを塗り終えた叉音ちゃんは、ソファーから伸ばしたわたしの足をジッと見つめていた。
「響、足のサイズどのくらい?」
「25くらい」
「わかった、長靴持ってくるから玄関で待ってて」
そう言うと叉音ちゃんは玄関に置かれていたゴム長を履いて、ペタペタと足音をさせながら納屋に向かい、青色の長靴と厚手のゴム手袋を持ってきてくれ、それに足を入れるとピッタリと言うほど窮屈でもブカブカと言うほど大きくも無い、ちょうどいいサイズだった。
「大丈夫そうだね」
「じゃあ行こっか」
玄関に座っていたわたしに麦わら帽子を被せ、叉音ちゃんも日除けの付いた農園帽子を被って畑まで連れて行ってくれた。




