第63章 帰還の朝――それぞれの安堵
■エリアナへの報告
朝の光が窓の縁を白くしていた。
扉が叩かれ、エーファが応対する。
「外務大臣アルト・ヴァルハルト様がお見えです」
エリアナは頷き、椅子に座り直した。
アルトは礼を取り、簡潔に告げる。
「大国の件について、正式にお伝えに参りました」
叔父の退位。王宮の掌握。軍の再編。
必要なことだけが順に説明される。
「市街地での大規模な戦闘は確認されておりません。被害は王宮周辺に限定されています」
「巻き込まれた方々は」
エリアナが問う。
「負傷者は出ていますが、民間への拡大はありません」
エリアナは小さく息を吐いた。
「迎えは」
「状況が安定し次第、正式な使節が派遣されます。殿下への迎えもその後です」
アルトが一拍置く。
「もう一件」
「神殿より共有がありました。昨夜、結界調整後に異世界の巫女が倒れられました」
エリアナの視線が上がる。
「容体は」
「意識はあります。微熱が続いているとのことです。命に別状はないと報告を受けています」
数秒の沈黙。
「お傍にいてもよろしいでしょうか」
「構いません。ただし、エリアナ様ご自身の体調を最優先になさってください。診療所には伝えておきます」
「ありがとうございます」
* * *
■お見舞い
サクラの部屋に入ると、マルタがサクラの手首に触れていた。
脈を確かめ、指を離す。
「脈は落ち着いてる。昨日より楽そうね」
「はい、だいぶ」
サクラは机に座り、湯気の残るカップを両手で包んでいる。頬にはまだ熱が残っている。
「まだ熱が下がり切ってないんだから、きちんと安静にしてなさい。机に座るのもほどほどに」
「……はい。だけど、私のせいでマルタさん徹夜ですよね、すみません」
マルタは眉を上げる。
「病人は変な気をつかわないの」
あっさりと言い切る。
「倒れたときに呼ばれるのが仕事なんだから」
サクラは小さく頷いた。
マルタはエリアナへ向き直る。
「殿下が様子をご覧になる件は伺っております。常時付き添う段階ではございませんので、時々見ていただく程度で構いません。何か変化がございましたら、すぐにお知らせください」
「承知いたしました」
マルタは一礼し、部屋を出ていった。
静けさが戻る。
「お加減はいかがですか」
「熱は少しありますけど、だるいだけなので大丈夫です」
皆大げさだという感じで、サクラは苦笑する。
「でも、早くよくならないと、体調崩したの見つかったら怒られます」
「怒られる、のですか」
「戻ってきたら、きっとクロトさんに怒られるの決定です。無理しないようにと毎回言われていますから」
憂鬱そうに言いながら、口元はわずかに緩む。
「それから、エリアナ様こそ。無理をなさると発作が出るかもしれませんし。ほどほどで大丈夫ですから」
「私は大丈夫です」
「大丈夫な人は、そう言いません」
「では、お互い様ですね」
エリアナが返し、サクラと笑みを浮かべあう。
「今はちゃんと休みます」
「そうしてください」
エリアナは椅子に腰を下ろし、しばらく話を続けた。
――――――――――
■明け方
二日目の明け方近く。
王宮の門が開き、馬の蹄が石畳を打つ。
クロトは馬を下り、第2班へ短く指示を出す。
それぞれが持ち場へ散る。
廊下を進み、サクラの部屋へ向かう。
ちょうど扉が内側から開いた。
エリアナが出てくる。
一瞬、視線が合う。
クロトは一礼した。
「エリアナ様」
「クロト様」
「サクラ様のご様子はいかがですか」
「熱は下がりつつあります。昨日は机で食事も取られていました。今はお休み中です」
「悪化はありませんか」
「えぇ、まだ熱はありますが、お元気です」
クロトは静かに頷く。
「それを聞いて安心しました」
一瞬、扉へ視線を向ける。
「目が覚めたら、夕方頃に様子に伺うとお伝えいただいてもよろしいでしょうか」
「わかりましたわ」
クロトは一礼し、踵を返す。
足音が遠ざかる。
扉の向こうに、動く気配はなかった。




