第60章 ぶつかる刃――止めに来た者
■均衡
未明。
王宮正門はすでに掌握されていた。門兵は無言で道を開け、アレクシオスは歩みを止めない。剣には触れず、その左右に精鋭十名が展開し、さらに外側を特別師団が散開する。
回廊へ踏み込んだ、その瞬間。
奥に整列していた王宮内精鋭が侵入を察知した。
「侵入――」
直後、高出力の魔力弾が夜空へ打ち上げられる。轟音と閃光が王宮上空で炸裂し、城内へ異常を告げた。警鐘。王宮が襲われている。
前列の王宮精鋭が一瞬だけ揺らぐ。予測はしていなかった。だが、崩れない。
「陣形維持!」
中央の指揮官が短く命じると、後列が即座に前へ出て間合いが整う。剣が一斉に抜かれ、魔力は抑制される。無駄な乱射はない。
距離が詰まった。
最初に踏み込んだのは、アレクシオス側精鋭だった。低い姿勢からの斬撃を王宮精鋭が受け止め、金属音が回廊に響く。互いに半歩ずつ下がり、力は拮抗する。
王宮側の突きを払うと、反撃が肩口を浅く裂いた。血が滲む。だが倒れない。横の兵が即座に間合いを埋める。
王宮精鋭の二人目が横薙ぎに払う。アレクシオス側の腹部をかすめるが浅い。
完全に互角。
次の瞬間、王宮精鋭の一人が踏み込みすぎたアレクシオス側兵の肩を深く裂いた。中等傷。膝をつき、戦線を離れる。
しかし同時に、その王宮精鋭の腿を別のアレクシオス兵が斬り裂く。こちらも中等傷。
両者一名ずつ離脱。
数は変わらない。均衡は、まだ保たれている。
アレクシオスはなお前へ進む。剣は抜かない。
王宮精鋭の一人が、明確にアレクシオスを狙い、斜め後方から死角へ斬撃を放った。
その刃を、クロトが受け止める。火花が散る。
クロトは一歩も退かない。押し返さない。ただ、止める。
二撃目を弾き、三撃目の直後に足を払う。体勢が崩れた瞬間、みぞおちに肘を打ち込んだ。息が詰まり、相手は崩れ落ちる。昏倒。
命は奪わない。
クロトは再び半歩後ろの位置へ戻り、盾に徹する。
別の戦線では、アレクシオス側精鋭が押し込まれていた。王宮精鋭の連撃を受け切れない。その瞬間、特別師団員が横から一撃だけ入れる。柄で手首を打ち、剣をわずかに逸らす。
体勢を立て直す。
再び拮抗。
特別師団は前へ出ない。崩れそうな瞬間だけ介入する。致命打を止め、生まれた隙を逃がさない。
アレクシオス側精鋭を支えながら、確実に相手の戦力を削っていく。
数は変わらない。
だが、その補助の積み重ねが、均衡をわずかに傾ける。
王宮精鋭の呼吸が、わずかに荒くなる。押し切れない。削り切れない。
均衡が、ほんのわずかに傾き始めた、その時。
回廊奥の大扉が、重く開いた。
剣戟が止まる。
現れたのは王だけではない。王の右に統合軍総司令官、左に統合軍参謀総長。さらに背後には王直属の近衛精鋭が並ぶ。
先ほどまで打ち合っていた王宮内精鋭とは、明らかに質が違う。
動かない。揺れない。
剣は抜かれていない。だが、いつでも間合いに入れる位置。
空気が一段、重くなる。
倒れた兵を一瞥し、王は前へ出た。その視線が止まる。
アレクシオス。剣を抜いていない甥。その半歩後ろに立つ、クロト。
統合軍参謀総長の目が回廊の状況を瞬時に測る。負傷者の数、陣形、アレクシオス側兵の配置。
理解する。
――制圧されつつある。
だが、まだ終わってはいない。
王の眉がわずかに動いた。
「……お前が?」
低い声。
「何事だ」
そして。
「なぜだ」
沈黙が落ちる。
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■対峙
沈黙は、総司令官の声で破られた。
「陛下、お下がりください」
一歩前へ出る。
「近衛、殿下を拘束せよ」
命令と同時に王直属近衛が動く。先ほどまでの王宮内精鋭よりも、明らかに踏み込みが速い。
一人が大きく間合いを詰め、アレクシオス側精鋭の剣を上から叩き落とす。弾かれた兵が体勢を崩し、二撃目が入る。このままでは倒れる。
クロトは動かない。アレクシオスの半歩後ろ。盾の位置を崩さない。
だが、その魔力が一瞬だけ鋭く張り詰める。刃のように、細く、強く。
外からは分からない。
だが、特別師団員だけが理解する。
――前へ。
特別師団が一段、戦線へ踏み込む。王直属近衛の刃を受け流し、体勢を崩し、倒す。
追撃はしない。
戦線は再び均衡する。
統合軍参謀総長は、その様子を見ている。
押し切れるはずの場面で、押し切れない。崩れるはずの兵が、崩れない。
倒れている者はいる。だが、致命傷は負わされていない。
制圧の仕方が、整いすぎている。
正規の動きと私兵の動きが混在している。しかも、その私兵の練度が異様に高い。
どこまでが正規で、どこまでが私兵か、判然としない。
違和感だけが積み重なる。
伝令は戻らず、命令確認は滞り、当直兵の配置も微妙に違う。
仕組んだのは参謀次長か。
胸の奥で結びつく。
――内側から、動いた。
軍中枢が揺れている。
戦闘の只中で、アレクシオスが声を上げた。
「陛下」
剣は抜いていない。
「王宮以外は、すでに掌握しております」
総司令官が怒鳴る。
「虚言だ!」
だが参謀総長は否定しない。
王は甥を見る。
戦闘はまだ続いている。だが死者はいない。
「退けば、血は増えぬと申すか」
「はい」
迷いはない。
「私は、陛下を討ちに来たのではありません」
刃の音の中で。
「止めに来ました」
王は、ゆっくりと手を上げた。
「お前たち、一旦引け」
王直属近衛が半歩下がる。王宮精鋭も刃先を落とす。だが、鞘には収めない。
総司令官の眉が跳ねる。だが王の横顔を見て、言葉を飲み込む。
参謀総長は静かに目を閉じた。
剣は下ろされたまま。
誰も動かない。
回廊を満たすのは、荒い呼吸と、重い沈黙だけだった。




