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第53章 縮まらない距離―― 見えているものの違い

■ 桜側の視点


本来、私が社交に近い晩餐の席に呼ばれることはない。


得意ではないということは最初から伝えてあるし、異世界から来た巫女が、王族や重臣、名のある貴族が集まる社交の場にわざわざ顔を出す必要はない、という認識で通ってきた。


前回の感謝祭は、社交というよりも一般市民も含めた交流の場に近かった。


だから、あの時は「参加してみようかな」と思えたし、実際、思っていたよりも楽しかった。


ただ、今回は少し事情が違う。


エリアナ様とは、診療所で顔を合わせる機会が多い。


文書業務だけでなく、喘息の管理でも関わってきた。


医療の現場でやり取りを重ねるうちに、自然と接点が増えていた。


その流れで、顔合わせを兼ねた晩餐の席に、私にも声がかかった。


エリアナ様との関係を考えると、今回は辞退しづらかった、というのが正直なところだ。


護衛はリーゼさん。


いつもの診療所や部屋の延長みたいな配置で、それだけで少し気が楽になる。


服装は、巫女として一番格式のある正式なものを選んだ。


これはリエット様に確認しての判断だ。


正直に言えば、難しい作法は分からない。


ダンスもできない。


誰かに話しかけられたら、きちんと応対する。


それくらいで十分だと神殿長にも言われて、私は思っていたよりも、この場の空気を落ち着いて受け止めていた。


王宮の大広間は、柔らかな灯りに包まれている。


正式な晩餐会ではあるけれど、過剰に飾り立てられた印象はない。


王族、重臣、名のある貴族たちが集まり、落ち着いた声が行き交っていた。


私は会場の端に立った。


リーゼさんが、少し後ろに控える。


会場が、わずかにざわめいた。


視線が一斉に扉の方へ向く。


私も、つられて顔を上げた。


彼らが入ってきた瞬間、空気が変わった。


クロトさんは、一番格式の高い騎士服を身に着けている。


余計な装飾はない。


それだけで、十分だった。


その隣を歩くエリアナ様も、国賓としての正式な装いだ。


華やかで、整っていて、この場に立つことを前提にした姿だった。


二人が並ぶと、会場の空気がはっきりと変わる。


抑えた声。


集まる視線。


息をのむ気配。


――なんか、すごい。


ただでさえ目立つ二人だ。


それが正式な装いで並べば、こうなるのは当然だった。


まるで、この場所だけ別の世界になってしまったみたいだ。


絵画の中の人物が、そのまま歩いてきたような。


完成された光景を、遠くから眺めている感じ。


私は、無意識に自分の服に視線を落とした。


巫女としての正式な装い。


必要なものは、すべて揃っている。


でも、あの二人と並ぶと、どうしても現実的だった。


クロトさんとの関係が変わることは、最初から分かっている。


どうせ、女性として見られていないことも、今さらだ。


それでも。


ああやって並ぶ姿を、ああいう形で見せられると、はっきり分かってしまう。


まぁ、私は選ばれる側の人間にはなりえないよね。


それがどういう感情なのか、自分でもよく分からなかった。


エリアナ様は、まず王と王妃のもとへ向かい、丁寧に挨拶を交わした。


続いて王子にも紹介され、その一つ一つが自然と注目を集めていく。


やがて王が穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。


「もし差し支えなければ、この後の舞踏にも参加してみてはいかがかな」


命令ではない。


あくまで場を和らげるための提案だった。


エリアナ様は、一瞬だけ間を置いてから静かに頷いた。


その瞬間、クロトさんの立場が決まる。


護衛として。


そして、貴族として。


音楽が、静かに流れ始めた。


クロトさんが一歩前に出て、形式通りに手を差し出す。


――踊るんだ。


なんか、ちょっとドキドキするかも。


クロトさんが踊るところを見るのは、これが初めてだった。


思っていた以上に、ずっと自然だった。


目立とうとしているわけでもないのに、立ち姿も、動きも、間の取り方も、すべてが整っている。


相手がエリアナ様だから、というのもあるのだろう。


二人の歩幅は、最初から合っていた。


私は少し前のめりになって、その様子を眺めていた。


なんだろう。


この感じ。


知っている人なのに、急に少し遠くなったみたいな。


アイドルのステージを、少し離れた席から見ているような、そんな距離感。


「……すごいですね」


思わず、声が漏れた。


隣にいたリーゼさんが、小さく苦笑する。


「副師団長は、サクラ様の護衛を望んでいたと思いますよ」


誰にも聞こえない、本当に小さな声だった。


私は少しだけ考えてから、頷いた。


「そうですね。


クロトさん、目立つのは好きじゃないですから」


それ以上、言葉は続かなかった。


リーゼさんの言葉には、妙に納得するところがあった。


クロトさんは、誰かに特別な意味を持たれること自体、望まない人なんだと思う。


私は、ただ、その光景を見ていた。


――――――――――


■ エリアナ視点


エリアナは、その一瞬の視線を見逃さなかった。


護衛として、クロトは常に周囲を警戒している。


立ち位置も、距離も、動線も。


どれも正確で、無駄がない。


だからこそ、ほんのわずかな違和感が目に留まった。


周囲を確認する流れの中で、視線だけが、ときおり会場の一角をかすめる。


本当に一瞬で、確認とも言えないほど短い。


探しているわけではない。


気にしているとも言えない。


それでも、なぜか、そこを通る。


視線の先には、異世界の巫女――サクラがいた。


その事実だけで、エリアナは、はっきりと理解した。


ああ、この人は、もう、見つけているのだ。


自覚があるかどうかは関係ない。


選んだつもりも、ないのだろう。


それでも、心の向きだけは、すでに決まっている。


だからこそ、視線が無意識に流れる。


エリアナは、その事実を特別な感情として受け取ることはなかった。


羨ましいわけでもない。


惜しいとも思わない。


ただ、自分とは違うのだと、静かに理解しただけだ。


この人は、見つけた。


自分は、そうではない。


それだけの違いが、確かに、そこにあった。

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