幕間:水面下 ゼフィーリア側④ ―― 静かな配置
軍務卿は、机上の書類から視線を上げなかった。
届いた報告は短い。
具体的な日付も、明確な規模も記されていない。
だが、その簡潔さそのものが、これまでとは質の違う連絡であることを示していた。
軍務卿は、文面をなぞるようにもう一度目を通す。
重要なのは、書かれている内容ではない。
この段階の情報が、ここまでの形で届いたという事実だった。
これまでの動きは、あくまで兆しだった。
観測であり、推測であり、備えの範囲に留まっていた。
だが今回は違う。
引き延ばす余地がない。
そう判断するには、十分だった。
軍務卿は、静かに息を吐いた。
「……これは、決まったな」
声は低く、独り言に近い。
時期は明示されていない。
だが、遠くはない。
準備を後回しにする余裕は、すでに失われている。
必要なのは、騒ぎ立てることではない。
目立たず、確実に、人を動かすことだ。
軍務卿は、次に取るべき手を即座に定めた。
特別師団への、追加派遣。
規模は最小限でいい。
だが、質だけは落とせない。
軍務卿は、控えていた者に短く告げる。
「特別師団長を呼べ」
――――――
呼び出しに応じて現れたヴァルターは、形式的に一礼した。
軍務卿は、書類を手にしたまま、要点だけを伝える。
詳細な説明はなかった。
だが、これは検討ではなく、すでに下された判断だと、すぐに分かる。
「追加派遣を行う。準備に入れ」
「規模は」
「現場に任せる。人員再配置は、お前の裁量だ」
ヴァルターは、一瞬の逡巡もなく頷いた。
「承知しました」
それで十分だった。
――――――
特別師団に戻ったヴァルターは、すぐに副師団長を呼び出した。
状況の説明は、簡潔だった。
だが、伝えられたのは事実だけではない。
水面下の動きが、兆しの段階を越えつつあること。
調整によって時間を稼ぐ余地は、もはや残されていないこと。
そして、事態が準備を前提とした判断を迫る段階に入った、という認識。
ゼフィーリアとして、どう関わるか。
どこまで踏み込み、どこからは踏み込まないか。
重要人物の護衛と保護に入る方針は、すでに共有されている。
それが変更されることはない。
今回の話は、その前提を改めて確認するためのものだった。
クロトは、言葉を挟まずに聞き終えると、静かに頷いた。
ヴァルターは、机上の図面から顔を上げた。
「まず、アレクシオス殿周辺だが」
そう言って、クロトへ視線を向ける。
クロトは一瞬も迷わず、頷いた。
「了解しています。私が入ります」
それ以上の説明はなかった。
前提として、すでに共有されている。
「第2班を付けます」
クロトの言葉に、ヴァルターはわずかに顎を引いた。
「……妥当だ」
短いやり取りだった。
だが、その一言で、中心は定まった。
あとは、そこから広げていくだけだ。




