表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/64

第37章 動作訓練(メイド編①)―― 回復への入口

■緊急入院・手術


診療所の扉が、慌ただしく開いた。


「こちらです……!」


王宮で働く男性職員が二人、簡易の担架を担いで入ってくる。

急いではいるが、足取りは慎重だった。


担架の上には、顔色を失ったメイドが横たわっている。

太ももにかかる布の下、脚の形が明らかにおかしい。


その横に、同じ制服のメイドが一人、必死に付き添っていた。


「掃除をしていて……梯子から……」

「高いところで、足を滑らせて……」


説明は途切れ途切れで、言葉になりきらない。


桜はすぐに前へ出た。


「大丈夫です。こちらで引き受けます」

「そのまま、ゆっくり進んでください」


声を落ち着かせると、二人の動きが揃う。

担架が止まった。


桜は膝をつき、患者の顔を確認する。


「お名前、言えそうですか。あと、ご年齢も」


苦しそうに息を吐きながら、女性は答えた。


「……エルザ……エルザ・ミュラーです……三十五歳」


意識ははっきりしている。

だが、痛みは相当強そうだった。


「とりあえず、ベッドへ移しましょう」


担架を運んできた男性二人と看護人一人、そして桜で、シーツごと患者をベッドへ移す。


「触れます」


最小限の確認だけを行う。


「……かなり痛みますか?」


エルザは、その問いかけに大きくうなずいた。


桜は顔を上げる。


「エルンスト先生、お願いします」


現れたエルンストは、一目で状況を把握した。


「太ももの骨が折れている」

「大腿骨だ。ずれもある」


淡々と告げる。


「固定だけでは治らない。手術が必要だ」


エルザは歯を食いしばり、かすかにうなずいた。


「ただし、今すぐでなければ命に関わる状態ではない」

「今日中に行うのが最善だが、少し待つことはできる」


エルンストは続けて尋ねる。


「家族は?」


「夫がいます……今、呼びに行ってもらっています」


「わかった。では、それまでは手術を待とう」


桜はエルザの様子に目を戻す。

額には汗が浮かび、呼吸が浅い。


「……痛い……」


「痛みが強そうです」


桜は、手術までの時間が気がかりで、エルンストに告げた。


そこへ、薬師イルゼが近づいてくる。

手には、薬を包んだ小さな包み。


「痛みがかなり強いですね」

「強めの鎮痛用の薬を使えますが」


提案だけを、静かに。


エルンストは一瞬考え、うなずいた。


「使おう」


イルゼはエルザに薬を渡す。


「苦いですが、少し楽になります」


エルザは震える手で受け取り、ゆっくりと飲み干した。


三十分ほどして、エルザの呼吸が落ち着いた。

顔から痛みの強さが抜けている。


それを確認して、桜はようやく安心した。


搬送されてから、およそ二時間後。


診療所の扉が、控えめに開いた。


「……エルザ……!」


城下町から駆けつけた夫だった。


ベッドに駆け寄り、そっと手を握る。


「……大変だったな」


エルザは、わずかに目を開け、力なくうなずく。


「……あの子のこと……しばらく、よろしく……」


「あぁ」


夫は深くうなずいた。


エルンストが二人に簡潔に説明する。


骨折のこと。

手術が必要なこと。

今日中に行う理由。


夫は迷わず答えた。


「お願いします」

「……妻を、助けてください」


「大丈夫だ」


その一言で、十分だった。


「準備に入る」


空気が切り替わる。


エルザは、夫の顔を一度だけ見てから、静かに目を閉じた。


手術が、始まる。


執刀は、エルンスト。

助手に、内科医のクラウス。

治癒魔法による全身管理を兼ねる。


桜は、補助に入った。


器具が整えられ、術野が確保される。


エルンストの動きは迷いがなく、

クラウスは治癒魔法を維持したまま、

助手としての手も止めない。


桜は、必要な器具を過不足なく差し出し、

術野と全身状態、その両方から目を離さない。


会話は最小限。

それで、十分だった。


手術は、滞りなく進んだ。


手術が終わると、エルンストは手袋を外し、待っていた夫のもとへ向かった。


「無事に終わった」

「骨の固定も問題ない」


その言葉を聞いた瞬間、夫は深く息を吐いた。

強張っていた肩が、目に見えて下がる。


「ありがとうございます……」


エルンストは短くうなずいた。


「術後は、治癒魔法で痛みを和らげている」

「二時間ほどは眠り続けるだろう」

「目が覚めて、飲水ができるようになったら、痛み止めの薬を使う予定だ」


それで十分だった。


夫は何度も頭を下げ、静かにその場を離れ、エルザのもとへと向かう。


術後の処置を終えたあと、

クラウスがエルンストと桜のもとへ声をかけた。


「先生、動作訓練の件ですが」


まずエルンストを見る。

それから、桜に視線を向けた。


「前に話してたよね。

骨折でも、早めに入れた方がいいって」


エルンストは少し考え、短く答える。


「明日は安静だ」

「痛みの様子を見る」

「サクラも水曜日で休みだし、ちょうどいいだろう」


一拍おいて、続けた。


「明後日から、無理のない範囲で始めよう」

「いつも通りで頼む」


方針はそれで決まった。


翌日は安静。

必要に応じて痛み止めの薬を使いながら、経過を観察する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ