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第33章 広がるおすそわけ

今後、毎回のように誰かに食材を買ってきてもらうのは、どうにも気が引けた。

 頼めば断られないと分かっていても、それを前提にするのは違う気がする。


 少し考えた末、桜は護衛の騎士に一つ頼み事をした。

 以前使ったことのある食材を、自分が代金を払うので、王宮食堂から分けてもらえないか聞いてほしい、という内容だった。


 返事は思ったよりも早く、そして軽かった。

 代金は受け取らない。その代わり、できあがった料理を少し味見させてほしいことと、作り方を見せてほしいという。


 条件というほどのものでもなく、桜はすぐに「大丈夫です」と返した。


 そうして届いた食材は、前回よりも明らかに量が多かった。

 味見をする人数が増えるなら、当然だ。


 鍋も一回り大きなものを食堂が用意してくれ、下処理のために並べる材料も増える。


 作業台の前に立ったのは、桜と、食堂の料理人の代表だという三十五歳ほどの男性だった。

 包丁を持つ手に迷いはなく、無駄のない動きで材料を刻んでいく。


 最初は並んで作業していたはずなのに、気づけば速度が違った。

 桜が一つ切り終える頃には、料理人の側はすでに次の工程に入っている。


 「このくらいで大丈夫ですか」


 鍋をのぞき込みながら確認され、桜は頷いた。


 「はい、大丈夫です。結局、ほとんど切ってもらっちゃいましたね」


 「本職ですから」


 料理人は、さらりと返す。


 「それに、料理人の方に見られていると、緊張しますね」


 そう言うと、料理人は小さく笑った。


 味付けは、桜が担当する。

 いつも通り、目分量で、少しずつ足していく。


 料理人は横で黙って見ていたが、ときどき頷いたり、首を傾げたりしながら、手元の紙に何かを書き留めていた。


 みそ汁も同じ流れで作る。

 具材を入れ、火を調整し、最後に味噌を溶く。

 その一連の動作を、料理人は逃さないように見ている。


 できあがると、料理人は用意してきた容器に、味見用の分を手早く移した。


 「この調味料も、少しずつ持ち帰って大丈夫ですか」


 確認され、桜が頷くと、そちらも小さな容器に分けられる。


 「では、こちら頂いていきますね」


 そう言って、料理を抱えた料理人は厨房へ戻っていった。


 ほどなくして、診療所から介護人が一人やってきた。

 ヘンリエッタではないが、見慣れた顔だ。


 約束通り、診療所分も容器に入れて渡す。

 礼を言って、そのまま戻っていった。


 鍋の中に残ったのは、予定通り二人分だけだった。


 昼は、護衛担当のノインと一緒に食べる。

 ノインはもちろん、ずっと護衛についている。


 ご飯は王宮食堂で特別に炊いてもらったものだ。

 魚は、桜とノインの分だけ、料理人が調理の合間にさっと用意してくれていた。


 配膳された味噌汁を前に、ノインはぴたりと動きを止めた。

 器の中をのぞき込み、わずかに眉を寄せる。


 「……茶色、ですね」


 「だめそうなら、無理しなくても」


 そう言うと、ノインはしばらく迷ったあと、意を決したように口をつけた。


 一口飲み、ほんの一瞬、間を置いてから、表情が変わる。


 「……おいしいです」


 拍子抜けするほど、率直な感想だった。


 「見た目で、かなり身構えましたけど」


 煮物にも箸を伸ばし、こちらもゆっくりと味を確かめる。


 「これも、おいしいですね。落ち着く味です」


 「良かったです。口に合って」


 桜は、ほっと息をついた。


 少し間を置いて、ノインは続けた。


 「リーゼ先輩にも聞いていたんですけど、やっぱり、こちらにはない味ですね」


 「でも、おいしいです。まあ、好みはあると思いますけど」


 一度言葉を切り、器に視線を落とす。


 「食堂で出したら、きっと食べる人はいますよ」


 桜は少しだけ驚いて、ノインを見た。

 広めるつもりはなかった。ただ、作っただけだ。


 「そうですか? ただ、私が食べたかっただけなんですけど」


 「リーゼ先輩、今日また診療所に味見しに行くって言ってました」


 「リーゼさんが?」


 そう言ってから、桜は小さく笑った。


 「だったら、嬉しいです。……料理人の方次第ですね。気に入ってくれたらいいな」


 最後の言葉は、自然とつぶやきになった。

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