表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/24

第12章 現場と国家

反省会は、第一診療所の一室で行われた。

 簡素な長机を囲み、騎士、医師、看護師が集まっている。

 誰もが椅子に腰掛けてはいるが、姿勢は硬い。

 訓練は終わった。

 だが、空気はまだ張りつめたままだ。

 誰かが、ぽつりと言った。

「……正直に言えば、

 訓練だと分かっていても、判断は難しかったです」

 第三師団の医療担当騎士だった。

 言葉を選びながら、視線を落とす。

「呼吸も脈もあった。

 けれど、同時に、

 明らかに出血がひどい者が別にいて……

 あの場で、どちらを先に運ぶか、迷いました」

 それを合図にしたかのように、

 次々と声が上がる。

「重体だと思っていた者が、

 時間経過で持ち直したのは、正直驚きました」

「逆に、軽傷だと思っていた者が、

 急に意識を失う想定は……

 分かってはいても、胸に来ます」

「訓練を何度重ねても、

 慣れるものではありませんね」

 誰もが、

 「できなかったこと」を責めているわけではない。

 ただ、自分の判断の重さを、

 それぞれが噛みしめていた。

 サクラは、少し離れた位置でその様子を見ていた。

 ――難しい。

 ――簡単になるはずがない。

本当に、そう思う。

 トリアージは、

 訓練を重ねれば、楽になるものではない。

 むしろ、分かってしまう分、

 判断の重さは増していく。

 それは、日本で経験した訓練でも同じだった。

 ここでは、その判断の先に、

 本当に戦場がある。

 サクラは、膝の上で指を組んだまま、

 何度か口を開きかけて、やめた。

 いつもの、悪い癖がでる。

どうしても、大人数になると自分の意見を出せなくなる。

 その沈黙を破ったのは、

 医師責任者のエルンストだった。

「慣れないのは、当然だ」

 穏やかな声だったが、

 よく通る。

「トリアージは、

 判断を“簡単にする”ためのものではない」

 視線を、騎士たちに向ける。

「限られた時間と手段の中で、

迷いながら判断することを、

現場で「許されるもの」にするための仕組みだ」

 誰かが、息をのむ音がした。

「現場で迷うこと自体は、悪くない。

 むしろ、迷いを感じなくなったら、

 それは危険だ」

 エルンストは、少し間を置いて続けた。

「だからこそ、

 一人に背負わせない構造が必要になる。

 相談していい。

 立ち止まっていい。

 判断を共有していい」

 視線が、サクラの方へ一瞬だけ流れ、

 すぐに戻る。

「今回の訓練は、

 “正解を出す”ためのものではない。

 どこで迷い、

 どこで判断が遅れ、

 どこで取りこぼしが起きるのかを、

 はっきりさせるためのものだ」

 部屋の空気が、少しだけ緩んだ。

 サクラは、胸の奥で静かに頷く。

 トリアージは、

 命を切り捨てるのではなく、

 出来るだけ多くの命を助けるために、

 国として判断を引き受けるための仕組みだ。

 その重さを、

 この場にいる全員が理解している。

 反省会は、

 真剣に続いていった。

 訓練で浮かび上がった課題。

 情報共有の遅れ。

 判断基準の曖昧さ。

 そして、

 それでもなお、

 必要だと感じた理由。

 サクラは、

 発言こそしなかったが、

 その一つ一つを、

 胸の中に刻みつけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ