ちょこれーと・りたーんず
「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」
同僚は時々思い出したようにこの掛け声で階段を駆け上がる。社内でも少し変人扱いされている同僚であり俺の友人だが、悪い奴ではない。素直というのか欲望に忠実というのか、チョコレートに対する執着を包み隠そうともせず、仕事中でも口癖のように「チョコレートが食べたいなぁ」と呟く。
「そういえばさ、そういう言い方だと『千代子さんが遅れた』って感じの文章にならないか?」
千代子、レイト
単純な言葉遊びだが、そもそも昔から「チョ」で一語だと思ってたりしたから「チヨコレイト」というのは不自然なのである。その発言に同僚は踊り場から物凄い勢いで振り返って、
「むしろチヨコレイトの方が正式名称だよ」
と抜かした。一瞬<何を言ってるんだ、こいつは…>と思ったがよく考えてみればいつもの事だった。彼は更に続ける。
「チョコレートと言えば賛否はあるとは思うが『明治』だよね。そして明治時代とかの言葉遣い的にはチヨコレイトの方が自然じゃないのかな?」
それを真剣な眼差しを向けて言うので段々頭が痛くなってくるが、何でもこいつの実家は古式ゆかしい生活を理想としているらしく、その影響か時たま言葉が古くなる。
「でもチヨコレイトって言いにくいだろ。『チョコ』って約せなくなるしな」
「まあ確かにチヨコだと家の祖母の名前になってしまうしね」
ここで彼の祖母が「チヨコ」という名前だというトリビアを得たが特に感動はしない。同僚の隣まで上がっていって、溜息をついてから言う。
「まあバレンタインデイだからテンションが上がるのは分かるけど、お前彼女いるだろ」
「ん。まあいるけどね」
「いや…去年のチョコレート貰って、その娘に告白して付き合ってるんだから一応今日って記念日だろ?」
「記念日?セントなんたらさんの誕生を祝す素晴らしいイベントって事?」
俺は思わず口をあんぐり開けてしまっていた。
「いや、普通に付き合って一周年とか記念日以外の何ものでもないだろうよ…まさか上手くいってないとか?」
「ううん。一応一緒に出掛けたりもしてるよ」
彼女は「荒井さん」という人なのだが、よく出来た娘で、俺も社内で仲睦まじく会話しているのを良く見ているから心配はしてないのだが、時々いちゃつき過ぎだろと思ったりする。ただ、会話が時々怪しい。
「なんかでもこの前チョコレートがどうとかで口論になってなかったか?」
「ああ、その事か。聞いてくれよ同志!実はさ…」
そこで聞かされたのは心底どうでもいい話だった。なんでもこの高嶋という男が荒井さんにチョコレートを使った料理を作ってもらう事が恒例になっているらしいのだが、その材料であるチョコレートについてこの男が贅沢にも文句を言っているそうである。
「普通はさ、チョコレートって混ぜて食べないだろ?」
「ん?」
「例えば明治さんと森永さんをさ混ぜないだろ?」
「…すまん、もうちょっと説明してくれ」
詳しく説明されてやっと分ったのだが、何でも荒井さんが明治チョコレートと森永チョコレートを同じボールに溶かして混ぜてチョコケーキを作ったらしい。問題はそれがどうしたのかって事である。
「チョコレートというのは各社微妙に味が違う。多分成分も微妙に違うと思う。どれも好みだから一番おいしいのはどれかって事は一概には言えないけれど、わざわざ混ぜなくていいと思わないかい?」
彼は同意を求めている。俺は一瞬、別にいいんじゃね?と言いそうになったが口論するのも面倒なので、
「まあな」
と言った。すると満足したのか、
「やっぱりチョコレートは最高だよね!」
と謎の締め方をした。まあバレンタインだろうが何だろうが自分には関係ないので、これでいいのかなと思っていた。しかしながら、俺は認識を改めなければならないようである。
「え…?俺にくれるの?どうして?」
何故か俺は年下の女の子からチョコレートを渡されていた。明らかに気合が入ってるっぽいやつ。こういう経験に乏しかったのでどう反応したらいいのか分らないのだがとりあえず、
「ありがとう…」
とその娘に伝えた。そしてその娘が「じゃあ」と言って立ち去ろうとした時だった、
「あ!!!チョコレートだ!!」
高嶋は凄いものを見た時のような声で絶叫した。後から聞いたが、単純に俺がチョコレートを貰ってるのを見て羨ましかったそうである。そのせいで俺は周りから異様に注目を浴びた。渡してくれた女の子も耳を真っ赤にして逃げるように去ってしまった。
「なんだこの空気は…」
といっても、そんなに悪いものではなかった。




