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ブラックスワンは白くならない  作者: 小屋隅 南斎


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第6話

「『レッド』と『ラビット』の抗争みたい。負傷者予想は大体二十人程らしい、これは『レッド』からの報告。だから『ラビット』を数に入れていない可能性が高い。……そうだな、五人で向かおう。二人は新たな救護要請に備えて待機」

 菖蒲の一つ先輩の少女が、室内の少女達に向かって声を張り上げた。菖蒲は透かさず真っ直ぐと手を挙げた。

「はい、あたし残ります」

 室内に木霊する、元気な声。菖蒲の立候補を見て、隣の霞も続けて手を伸ばした。

「じゃあ私も残ります」

「よし、他は全員現場へ向かおう。包帯、多めに持ってって。……待機組は大きな抗争の救護要請が入ったら、躊躇わずに他のチームから人員を確保していいから」

「わかりました」

 言うが早いか、指揮を執っていた少女が扉へ向けて歩き出す。菖蒲と霞以外の少女達も立ち上がり、続いて部屋を出て行った。部屋には菖蒲と霞だけが残された。先程よりも広々と感じる部屋で、菖蒲は両手を組んで悠々と伸びをした。

「ん~っ、……もう救護要請来ないといーね」

 天に伸ばした両手を下ろして、隣へと顔を向ける。霞はのんびりとした様子の菖蒲に苦笑を浮かべていた。

「それはそれで暇じゃない?」

「平和に越したことないよ?」

 菖蒲は椅子を引いて立ち上がると、部屋の隅にあるウォーターサーバーへと向かった。横に置かれた紙コップを一つ手にしてレバーにあてると、ちょろちょろと水が流れて白い底に溜まっていった。

「『レッド』が情報提供する時さー、たまにわざと他の組織の怪我人の数抜いて報告するじゃん? あれ、敵側の怪我が治されないように妨害工作してるよね。いやらし~」

 菖蒲はお道化たように言った後、水で喉を潤してぷはあと息を吐き出した。

「いやでも、救護要請してくれるだけ有り難くない? 『ラビット』や『ブルー』は基本しないじゃん。例え自分達が襲われた側でもしないからね、なんなんだろうねあれ」

 霞は机に両肘をつき、不服そうに頬を膨らませた。菖蒲は傾けていた紙コップを一度口元から離して、苦笑を浮かべた。

「彼女達にとって、治療ってアイテム扱いなんじゃないの。ホラ、ゲームのバトルでアイテム使うとなんか違うなってなるじゃん。正々堂々と勝負しろみたいな。あれなんじゃない?」

「わかるようでわからないような例えだなあ……」

「えっわからない? 霞、ゲームやったことない?」

 菖蒲と霞は遊んだことのあるゲームの話を始め、進め方やどこまでやり込むかというところまで広げて話に花を咲かせた。友達と二人だけの空間は緊張感とは無縁で、まるで寮の共用スペースで駄弁っているかのようだった。

 そのまま昼過ぎまで救護要請が入ることはなかった。先に救護に向かった二組が帰ってくる様子もない。二人は交代で食堂へ行き昼食にすることにした。先に行った霞が帰ってくると、入れ替わりで菖蒲も食堂へと向かった。普段通りに注文と会計を済ませ、ねぎ塩豚丼を御盆に乗せて席を探していると、見知った小さな後頭部を発見した。薄桃色の、内巻きのショートカット。テーブルの横を通り過ぎる際に密かに覗くと、たまかは一人できつねうどんを食べているようだった。すぐに視線を前へ戻し、そのままテーブルの並ぶ中を進んで行く。たまかの席とは離れた場所に空いている席を見つけ、菖蒲はそちらへ向かうと腰を下ろした。しばらく塩気の濃いクセになる味を堪能していると、突然後ろから名前を呼ばれた。もぐもぐと口を動かしながら振り返ると、そこには部屋に置いてきたはずの霞の姿があった。

「菖蒲、救護要請来たよ。『ブルー』と『レッド』の抗争みたい。人数も詳しい状況も不明だけど……『ブルー』と『レッド』の争いだもの、二人じゃ足りなそう」

「ふむ……」

 菖蒲は最後の一口を箸で掬い、頬張った。口を動かしながら、視線を動かす。その先にはうどんを口に運ぶ小柄な少女の姿があった。霞は菖蒲を見下ろしたまま続けた。

「もう一人くらい連れていこ。もし怪我人が一人だけだったとしても怒られないように、新人の子にしない? そうだ、成績一位の子はどうかな。確か名前は……」

 菖蒲は椅子から立ち上がった。霞はきょとんとした顔で話を止めた。

「霞。人選、あたしに任せてもらってもいい?」

「いいけど。菖蒲の方がこういうの得意だしね。でも、新人の子にはして欲しいかな」

「大丈夫、任せて」

 菖蒲は空のどんぶりをその場に残し、並ぶテーブルの脇をつかつかと歩いていった。その後ろを、霞がついてくる。菖蒲は迷いなく目的地へ突き進んだ。

「……」

 箸で掴んだうどんを口元へ近づけていたたまかは、テーブルの前に人が立ったことにより入れることなく口を閉じた。箸を下げ、顔をあげる。そこには菖蒲と霞、二人の先輩の姿があった。

「こんにちは! 食事中にごめんね。今いいかな」

 菖蒲はいつも通り、元気な挨拶から入った。

「救護要請があって、人手が足りないんだ。良かったら一緒に来てくれないかな」

 菖蒲は気さくな笑みを浮かべてたまかを見下ろした。横の霞は、たまかの名前を思い出そうとしているらしく密かに眉間に皺を寄せていた。

「救護要請!?」

 ガタ、と音を立ててたまかは立ち上がった。小柄な彼女は立ち上がっても菖蒲や霞の背に全く届いていなかった。

「詳しい状況が良く分からないんだよね~。だから焦らなくていいよ。怪我人、誰もいないかもしれないし。とりあえず、たまかちゃんがご飯食べ終わったら向かおうか」

 菖蒲はのんびりとそう言い、食べかけのうどんへと視線を落とした。横で霞が「ああ、たまかちゃん」と小さく呟いた。たまかは顔を強張らせたまま、勢い良く首を横に振った。

「い……いいえ! 今すぐ向かいましょう」

「でもうどんだから、食べないと伸びちゃうよ?」

「いいんです! 食べている暇はありません……!」

 半分程残ったどんぶりを乗せたまま、たまかは御盆を持ち上げた。「担当業務の引継ぎをして、門のところに向かいますね!」と言い残し、彼女は颯爽とその場を去った。返却口で慌ただしく食器を返すたまかを遠目に、菖蒲も霞も呆けたように突っ立っていた。

「なんか、会社時代の人みたいだ……」

 食堂から走って出ていくたまかの背中を見送りながら、霞が面食らったように呟いた。会社時代は命に重きを置き、代わりに金を搾取する時代だったらしい。日常的に命を危険に晒すような状況下に置かれていないため、命が危うい時はそれはもう大騒ぎでその命を救おうとしたそうだ。今の時代では考えられないが、一つ一つの命を守るために皆が必死になっていたらしい。そう、先程のたまかのように。

「……良かったの? 成績一位の子とか、活躍をよく聞く子じゃなくて……」

 霞はそう言って隣へと顔を向けた。その顔は純粋に不思議がっている様子で、たまかが嫌というわけではなさそうだ。菖蒲はにんまりとした笑みを返した。

「いいの。成績一位の子がここにいようが活躍している子がここにいようが、あたしはあの子にお願いしてたよ」

 そして、たまかなら断りはしないだろうという確信があった。期待通り、彼女は当たり前のように応じてくれた。これで晴れて、たまかを同行者に任命することに成功した。

(あとは、どうやって治療を代わってもらうかだけだな)

 彼女の治療の腕前を直に見るのも、彼女と現場に向かうのも、これが初めてだ。未知数の彼女に対して、臨機応変に『お願い』しなければならない。とは言えど、菖蒲にとっては慣れたものだ。特に今年度入ったばかりの立場からすれば、先輩の言う事を断るのは大分ハードルが高いはずだ。少々立場を濫用している感が否めないが、これも患者のためである。たまかには悪いが、彼女は素直で従順でいい子そうだし、事情があると知ればきっと治療を代わってくれるに違いない。

「えっと……たまかちゃん、だっけ。たまかちゃんより遅れたら示しがつかないし、私達も門へ向かおう」

 霞の言葉に、菖蒲も頷いた。二人は食堂を出て、準備をするために待機部屋へと戻っていった。……空のどんぶりや御盆は誰かが片づけてくれるだろう。二人は持ち物を揃えると、車のある門へと向かって走っていった。大分急いだはずだが、門には既に小柄な少女が立っていて先輩達を待っていたのだった。




***




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