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ブラックスワンは白くならない  作者: 小屋隅 南斎


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第3話

「唐揚げ美味しかったよ。取っておこうか?」

 菖蒲は入口の少女へ声を張り上げながら、近くにあった紙皿と割り箸を手に取った。ちなみに菖蒲が声を掛けた少女は、手術がとても上手い子だ。『不可侵の医師団』の中でも屈指の名医。数日前の救護現場でも、菖蒲は彼女の腕前を褒めちぎって治療を代わってもらった。その結果患者の手術が無事に終わったのは勿論、縫合創もとても綺麗なものだった。その時の御礼も兼ねて食事の用意を担当しようとしたのだが、少女は苦い顔をして首を横へ振った。

「……肉は沢山見てきたから、もういいや……。柱がね、貫通した子がいてね……」

 その先は言葉にされずとも察せられた。菖蒲の横で唐揚げを口にしようとしていた後輩の少女が、静かに紙皿に戻しているのが見えた。

「じゃあサラダ盛り付けとくね。ドレッシング美味しそうだったから、たっぷりかけとくよ~」

 菖蒲はそう言って割り箸を割った。乾いた音が響き、また中央から豪快に裂けた。歪な形の箸を伸ばしてサラダをとりわけ、横に置いてあった小分けのドレッシングの封を切る。中身を全部掛けて、菖蒲は紙皿を手に少女へと駆け寄った。彼女は一緒に入ってきた少女達と共に入口近くの椅子に腰かけると、菖蒲からサラダを受け取った。

「他に食べたいもの、なんかある?」

「いや、あとは自分で取るからいいよ。ありがと。……いや、ドレッシング多っ」

 少女はぎょっとして受け取った皿を見下ろした。

「治療で疲れてるでしょ? そういう時は濃いもの食べた方がいいんだよ!」

 菖蒲は得意気に鼻を鳴らした。そして声量を少し落とし、柔らかな声色に変えて続ける。

「それにさ、この前手術代わってくれたでしょ? あれ、すごく助かった。ありがとね。患者さんも手術創綺麗ですごく喜んでたよ。やっぱ『不可侵の医師団』の名医じゃなきゃね」

「誰が名医よ」

「もしまた機会があったらさー、お願いするかも? 名医の腕前見て勉強したいんだよね」

 サラダを受け取った少女は、小さくため息を漏らした。しかしすぐに笑みを浮かべ、「機会があったらね」と返してくれた。菖蒲は満足そうに笑顔を返した。

「あ、じゃああたし新人席の方行ってくるね。名医の宣伝もばっちりしておくから任せて」

「やめてよ、変なこと吹き込まないで」

「事実なのに……」

 菖蒲は口を尖らせた。実際、彼女程手際よく、また精確に手術を遂行できる者を菖蒲は他に知らない。もし菖蒲が彼女の技術を持っていたとしたら、自慢して回ると思うし、不遜な態度をとってしまうと思う。しかし彼女はひけらかさず、常に謙虚だ。彼女は自分が『手術が上手い』という自覚が本当にないらしく、絶えずより高みを目指して邁進している。その心持こそが、彼女が名医たる所以であるのかもしれない。

 菖蒲は彼女へ別れを告げると、今度こそ新人席へと向かった。霞が気が付き、菖蒲へと手を振ってくれた。手を振り返しながら、菖蒲はちらりとたまかの方を盗み見た。彼女は相変わらずちんまりと席につき、今はミニカップに入った杏仁豆腐を頬張っていた。

 霞のもとへ向かうと、霞は菖蒲にらんを紹介してくれた。菖蒲は簡単な挨拶をしながら、らんの得意なこと、苦手なこと、そしてどうすれば治療を代わってもらえそうかという情報を仕入れていった。彼女の喜びそうなこと、嫌がることもそれとなく訊き出しておいた。今後治療を頼む時に使えるはずだ。顔合わせが済んだあと、菖蒲は霞とらんの会話から自然な流れで抜け出した。そして、隣で座る小さな肩をとんとんと叩いた。内巻きの髪先を跳ね上げ、驚いた小さな顔が現れる。菖蒲はにこやかに笑みを浮かべた。

「やー、お疲れ様。新人歓迎会だっつうのに、先輩の相手なんか嫌になっちゃうよね。横、座っていい?」

 たまかは一頻り狼狽えたあと、「どうぞ」と小さく口にした。続けて空間を作るように、椅子を少し引いた。らんが立って空席となっていた席へ座り、菖蒲は改めてたまかへと顔を向けた。菖蒲より小柄な、小動物のような少女。その小さな顔を見下ろし、笑顔を振り撒く。

「どう、料理美味しい? 今年のは例年と比べても当たりだと思うからいっぱい食べて。ちなみにあたしはちらし寿司と唐揚げが気に入った! どっちも寮で食べるのと質が違うっていうか……、こういう場だからなのかな? すごく美味しく感じちゃって」

 緊張で強張っていたたまかの顔が、ぱあっと晴れた。

「私もちらし寿司と唐揚げ、気に入りました。美味しかったです」

「だよね? あと、オレンジジュースも美味しくてさ。いつもスーパーで買うのと違って、お高い奴なんだろうなって感じ。まだ飲んでなかったら、良かったら飲んでみて。絶対美味しいから」

 菖蒲はテーブルの上をきょろきょろと見渡した後、黄色の液体の入ったペットボトルを見つけて手を伸ばした。未使用の紙コップも一つとり、とくとくと音を立てて注いでいく。たまかの前へ差し出すと、彼女は両手で受け取って嬉しそうに飲み干した。

「……とても美味しいです。酸味と甘さのバランスが程良くて……」

「良かった! これ、寮に置いて欲しいよね~」

「そうですね。……先輩も、寮住みなんですか?」

 自然な形でたまかの方から話を広げてくれた。菖蒲はにこやかに頷いた。

「そうそう、寮組だよ。なんか寮で困ってることあったら、遠慮なくきいてね」

 これでたまかとの接点が出来た。もし何か相談を受けることが出来れば、その分治療を代わってもらえる可能性が高くなるかもしれない。そんな下心に全く気付いていないように、たまかは感動した様子で大きな瞳を輝かせた。

「あ、ありがとうございます」

「あっ、勿論寮以外で困ってることでも大丈夫だよ。現場のこととか、治療のこととか。あとは勉強で困ってるところとかもあれば力になるし。何か気になることとかある?」

 小さく首を傾げると、たまかは悩む素振りを見せた。少し考え込んだあと、遠慮がちに口を開く。

「えっと……、買い出しの時に沢山買い込むと思うんですけど、エントランスホールの扉っていつも閉まっていますよね? 両手が塞がっているけど入れない、みたいな状況になることが多くて……先輩はいつもどうしていますか?」

「え? そんなの中に向かって『来て~っ』って叫べば皆来てくれるよ」

「さ、叫ぶ……?」

「そうそう。人手が必要な時は、中の人達を皆呼んじゃえばいいんだよ」

 屈託ない笑みを向けると、たまかは「そう、なんですね……」と段々と声量を小さくしていった。あまり参考に出来ない回答だったらしい。菖蒲は霞の方を一瞥し、それからたまかに向かって一度頷いてみせた。

「……うん。他にも何かあったら遠慮なく声かけてね。というわけで、あたしはもう退散するね。食事の邪魔しちゃってごめんね~、ありがと!」

 そろそろ撤退の頃合いだろう。あまり長居するのもいい印象を与えない。笑みと共に手を振り、菖蒲は椅子から腰を浮かした。

「こちらこそ……、ありがとうございました」

 たまかはぺこりとお辞儀をした。見送るように見上げる様は、まるでヒマワリの種を抱えるハムスターのようだと思った。菖蒲は颯爽とたまかのもとを去り、霞とらんのもとへと戻った。その後は度々その場を抜け出し、耳にしたらんの話を頼りにして他の後輩へも声を掛けていった。顔を覚えてもらいながら、後輩たちの情報をどんどんと収集していく。

(九十九たまかちゃん……。見た目通り大人しくて少し真面目な、普通の子だったな)

 後輩の話をききながら、たまかの方をちらりと盗み見た。彼女は同じ新人の友達とお喋りに興じていた。

(小っちゃいから、本当に小動物みたい。可愛らしいけど……引っ込み思案気味というか、目立つタイプではないのよね)

 盗み見ていたたまかから視線を戻し、目の前の後輩の話に集中する。彼女は筆記試験の成績が一位だと霞の言っていた少女だった。彼女の話をきく限り、しっかり者で記憶力に長けていることが窺えた。彼女は菖蒲の中で病状の診断を任せる第一候補となった。

(今年の新人も、皆優秀だなあ)

 現時点で菖蒲を超えているかもしれない。……自嘲にしても、洒落にならない。

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