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ブラックスワンは白くならない  作者: 小屋隅 南斎


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第19話

「先輩は、他の方をよく見ていらっしゃいますよね」

「そうかな? まあ後輩観察は得意かもね」

 それは全て、治療を代わってもらう人を見定めるためなのだが。

「でもそれを言うなら、たまかちゃんも人のことよく見てると思うけど」

「……私ですか?」

「そうそう。あたしのこともいろいろと見抜いて……後輩のくせに言いたい放題してくれたもんね」

 お道化たように言って、いたずらっぽく笑う。

「えっ? そ、そうでしたか? すみません……」

 苦い顔をして真面目に謝るたまかへ、菖蒲は表情を緩めた。

「いや、あたしはむしろそういう方が有難いから嬉しかったよ。たまかちゃんは常に本質的なところを見ていて、先輩後輩みたいな体裁に囚われない人なんだろうなーって思った。たまかちゃん自身が体裁に興味がない人だからなのかな。あたしには真似出来ないから、尊敬する」

 仕事が出来ないのを隠すために必死になる醜い黒鳥には、その生き方は眩しすぎる。

「あ、そうだ。プレッシャーに弱くてミスが多いこと、他の皆には内緒にしてくれない? あともし今後現場に同行することがあったら、治療を代わってくれると嬉しいなー……なんて」

 しっかりと営業出来る内にしておかなければならない。菖蒲は調子よくそう言って両手を合わせた。たまかならこう言われたら断ることは出来ないだろう。

「……」

 たまかはきょとんとして菖蒲の顔を見つめていたが、やがてその口角をあげた。

「……大丈夫ですよ。だって、『ブルー』の方の手術、成功させたじゃないですか」

「え?」

「先輩はおひとりで治療できます。『ブルー』の方が生きていることがその証明です。ですから私が代わる必要なんてありません」

 たまかは穏やかな顔でそう言った。その瞳は確信に満ちている。菖蒲は困惑を抑えながら、口を尖らせた。……どこまでいっても食えない後輩だ。

「え……代わってくれないの?」

「だって、必要ありませんから」

(もしかして……こう言って断れるようにあたしに手術させたのか……?)

 むむ、と菖蒲は不満そうな顔を作った。それを気にする様子もなく、たまかは柔らかな微笑みを浮かべた。

「先輩は——ちゃんと人を救うことが出来るんです」

 黒鳥を見つめる瞳は、優し気だった。

「……手が震えても? 要領が悪くて物覚えが悪くて手際が悪くてミスばかりでも?」

「はい。先輩は、患者さんのことをいつも第一に考えていますから。患者さんを想う気持ちが強ければ、それは患者さんを救う力になります。私はそう、信じています」

 ……それは、白鳥だからそう思えるだけではないのか。全てを持つ白鳥に、黒鳥の気持ちなんてわかりっこない。……と、今までの菖蒲なら思っていただろう。

「傷つく人がいなくなるまで——私達で、みんなみーんな、患者さんを救いましょう」

 たまかの無垢な笑みを見ていたら、本当にそんな気がしてきてしまって。そんな未来が来てくれたらいいなと願ってしまって。菖蒲は言葉を発することなく、唇を結んだ。視界の奥で、見慣れた車体が遠く見えた。こちらへと向かってきている。

「きっと患者さんを救う方法って、一つではないと思うんです」

 風が吹いて、たまかの髪先を揺らしていった。ふわりと舞う前髪の奥で、大きな瞳がそっと伏せられる。

「その人にはその人のやり方やペースがあって、きっと同じではなくてもいいんです。患者さんを救いたいという思いがあれば、同じ道に繋がっているはずですから」

 ゆっくりと開かれた目。瞳に陽の光が当たって、まるで彼女の心のように白く輝く。

「だから——他の人を真似る必要はないんです。その人らしくあればいいと思うんです」

 黒鳥でもいいと、白鳥になれなくてもいいと、そう言ってくれているような気がして。菖蒲はぼんやりとたまかの微笑む顔を見つめた。なんだか不思議と、心が軽くなったように感じられた。眩しい程の白鳥も、今なら直視出来るような気がした。

 高いクラクションの音が乱入してきて、菖蒲とたまかは音のした方へと振り返った。道の端に停められた車、その窓から覗く見慣れた友人の顔。『不可侵の医師団』へ患者を運んで戻ってきた霞だった。菖蒲はたまかと共に急いで担架の元へと戻った。患者を持ち上げ、車へと運び込む。

「あ、そうだ」

 霞が車のドアを開けるのを待っている間、菖蒲はふと思いついたといった様子でたまかの名前を呼んだ。反対側で担架を持つたまかは、突然呼ばれて不思議そうな顔をした。

「お昼ご飯、ほとんど食べられなかったでしょう。奢るよ、何がいい?」

「えっ? だ、大丈夫です」

「遠慮しないでよ。この子の火傷治療お願いするお礼も兼ねてるから」

 担架の上に乗せられている『ブルー』の少女を一瞥する。横になっている彼女と目が合った。

「え? 火傷治療……?」

 たまかは困惑しながらぎこちない笑みを浮かべた。菖蒲は「そ」と軽く同意する。

「たまかちゃんになら安心して任せられるもの」

「せ、先輩が担当しないんですか……?」

「いやー、顔はね、流石にあたしよりたまかちゃんの方がいーよ」

 たまかはなんとか口角をあげることを維持しつつ、眉尻を下げている。

「先輩は、きちんと救うことが出来るんですよ……?」

「適材適所、この場合はより丁寧な治療が出来るたまかちゃんが担当した方がいいでしょ」

 屈託ない笑みを向けると、たまかは苦笑いを貼り付けたまま何も言い返すことはなかった。『ブルー』の少女はそんな二人を横になったまま交互に見上げていた。当事者ゆえの気まずさと、『不可侵の医師団』への信頼感が揺れている様がよくわかった。

「じゃあ私も置いていかれた埋め合わせに奢ってもらお~。一番高いヤツね」

 車のドアが開くのと同時に、運転席から霞の声が飛んできた。

「いいよ。……貴方にも奢ってあげる、全身麻酔後だから水だけど。早いけど、快気祝いね」

 菖蒲は『ブルー』の少女へそう言うと、返事を聞く前に車の奥へと担架を運び入れた。

「んじゃー、帰ろうか」

 霞の言葉に、菖蒲とたまかは頷いた。菖蒲は助手席に乗り込み、シートベルトをしめた。窓の外へ視線を向ければ、瓦礫の山、折れた街路樹の枝、抉れた地面、一面煤けたコンクリート……到着した時と同じ、爆発の跡が視界に映った。半壊した四階建ての建物は、鉄筋を露にした姿で車を見送るように佇んでいた。『不可侵の医師団』の車は、荒れた地を走り去った。『ブルー』と『レッド』の戦場であり、そして『不可侵の医師団』にとっての戦場でもあった場所が、徐々に遠ざかっていく。移り変わる景色をぼんやりと眺めながら、菖蒲は僅かに口角をあげた。黒鳥の自分が真っ白な白鳥にあてられて、白鳥のように患者を救おうと思ってしまったこと。そしてそれが現実となり、守りたかった命をこの手できちんと救えたこと。そのすべてがまるで夢のように感じられた。

 でも、心の底から嬉しさが込み上げてくる、本当の原因はきっと。同じ車に乗っている少女が、命を散らすことなく生き永らえてくれたからなのだと思う。




***




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