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ブラックスワンは白くならない  作者: 小屋隅 南斎


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第14話

「!」

 煤けた場所に足を踏み入れ、髪を揺らす風に負けじと崩れた壁の先を覗く。そこは、一面黒だった。焦げてはためくカーテンの残骸、ガラスが砕け落ちて外と隔てるものがない窓枠、ペンキをぶちまけたように黒で煤けた壁、拉げているスチール棚、割れた時計の残骸、照明の粉々のガラス片。そして、床には二つの身体が折り重なるように倒れていた。そこを中心として、黒一色の焦げた中に赤が飛び散っている。

「『ブルー』の方……!」

 たまかは倒れた少女の顔を見て、声を震わせた。彼女はたまかが人工呼吸をし、菖蒲が検査を請け負った人物だった。たまかはすぐに治療しようと身体を乗り出しかけたが、爆弾がまだ残っている可能性を思い出したらしくなんとか踏み止まった。菖蒲も横で息を呑み、『ブルー』の少女の身体に視線を這わせていた。

(……左腕が千切れて無くなってる。左肩中心に抉れて爛れてるし、顔も腹も見えてる範囲だけでも酷い火傷……。怪我の酷さの割に見る限りまるで反応がないから、意識はなさそう。最悪、既に……)

「……ん?」

 菖蒲は彼女の下に倒れている少女の怪我も確認しようとして、彼女の頭に焦げた飾りの残骸が残っていることに気が付いた。まるで花火のように中央から広がる、繊細な形状。

「……彼岸花……」

 彼女は、探していた人物を見つけ出したのだ。彼岸花の簪を挿した少女はもう一人の『ブルー』の身体に庇われるように包まれていて、火傷の痕はほとんど見られなかった。ただ一時間前の爆発には巻き込まれていたようで、その顔の色は酷く青白かった。足は怪我を負っており、その不自然な位置から骨折しているようだった。口にも血の跡が残っており、内臓損傷していることがみてとれた。……それでも、探しに来た『ブルー』の少女は彼女を連れてこの建物から出ようとしていたのだろう。二人の体勢が、それを物語っていた。

「先輩、離れてください」

 たまかの声に、菖蒲は我に返った。たまかは落ちていた瓦礫片を一つ握り締め、真剣な表情で部屋の中を見据えていた。菖蒲は言われた通り、数歩後退した。直後、たまかは部屋に向けて瓦礫片を投げつけた。カン、と空虚な音を立て、瓦礫片は床へ跳ねながら奥へと転がっていった。爆発が起きることはなく、辺りに漂うのは静寂のみだ。たまかはそれを確認すると、部屋を右端から順にゆっくりと見渡していった。焦げた壁、拉げた棚、窓枠。左側の壁に積まれた残骸は、残った形状からもともとは椅子や机、ゴミ箱、棚だったようだ。それらの隅々まで視線を這わせたあと、たまかはサイドポーチから小さな筒を取り出した。医療用水を入れている水筒だ。彼女はそれを筒の蓋に注ぐと、部屋に向かって中身を放った。水が宙を舞い、黒と赤の床へ降下して辺りを濡らした。

「……何してるの?」

「爆弾の起動に張った糸の類が使われていた場合、濡れて水滴がつけば目視しやすくなりますから」

 たまかはそう答えながらも、じっと水を掛けた先に目を凝らしていた。菖蒲も同じ様に確認してみたが、宙に水滴が浮いている場所はなさそうだった。

「……一応簡易的な確認はしてみましたが、爆弾が仕掛けられている可能性はまだあります。先輩、慎重に入りましょう」

「……うん」

 目の前の二つの身体の損傷を目の当たりにすると、今更ながら足が竦んだ。先程は深く考えることもせず、気軽に部屋の扉を開けていたというのに。青白い顔、抉れた血肉、爛れた火傷跡が視界に映るだけで、なんだか強く訴えてくるものがあった。

 そんな菖蒲の隣で、たまかは臆することなく足を踏み出した。壁は崩壊していて、廊下と部屋を遮るものは何もない。たまかは黒く煤けた床を純白の靴で進んで行き、そのまま二人の『ブルー』の少女が倒れている場所まで向かった。そしてその場でしゃがみ、じっと患者たちを見下ろした。菖蒲もごくりと唾を呑み込み、たまかの後にそろそろと続いた。

「まずは覆い被さっている『ブルー』の方を移動させます。慎重に……」

 たまかは『ブルー』の少女の頭部に回ると、少女の上体を起こして右脇の下から右手を差し入れた。一本だけ残っている右腕を内側へ曲げ、腕を握り締める。本来は左脇からも手を差し入れるのだが、少女の左腕は千切れてなくなっている。そのため怪我に障らないよう、たまかは腰を固定するようにして左手をまわした。左手も少女の腕をがっちりと掴む。菖蒲も少女の足側へ回り込み、素早く少女の片足を交差させた。膝の下から手を入れ、両足を抱える。少女の足から、脱げかけていた二枚歯の履き物がカランと音を立てて床に転がった。「一、二、三」という菖蒲の合図で、二人は同時に『ブルー』の少女を持ち上げた。

「一歩右へ。よし。……おろすよ。一、二、三」

 菖蒲の掛け声に従い、持ち上げていた『ブルー』の少女を床へと下ろす。二人は同時に少女の身体から手を放した。

「これで確認が出来ますね。先輩は彼岸花の簪の方をお願い出来ますか」

「う、うん」

 言うが早いか、たまかは移動させた『ブルー』の少女の確認を始めた。菖蒲は気怖じした顔を隠すように、隣の彼岸花の簪を挿した少女を見下ろした。下敷きになっていて見えなかった胸や腹には、外傷を負っている様子はなかった。制服の帯は破れて前面のほとんどが黒く煤けているが、そこから血が出た跡は確認出来ない。やはり骨折と内臓損傷が主なようだ。

(さっき誤った診断を下しちゃったから、少し怖いけど……)

 やるしかない。菖蒲は少女の横へ回り込み、しゃがみ込んだ。掌を伸ばし、倒れた少女の口元へとあてる。……風は感じられない。口元、そして胸元へと視線を這わす。動く気配なし、上下の動きなし。手首をとり、上質な絹の袖を除けて脈を診る。……脈拍、なし。制服のサイドポーチからペンライトを取り出し、同時に少女の瞼を開かせる。瞳孔へと明かりを向けた。……収縮、なし。

「……。……死んで——」

「大丈夫ですか? 私のこと、わかりますか?」

 菖蒲の言葉を掻き消すように、横から大きな声が上がった。焦りの滲む声に顔をあげれば、たまかは『ブルー』の少女の耳元へ顔を近づけ、声掛けを行っているようだった。……まさか。

「……え、もしかして、生きてるの……?」

 爆発があってから、十分程だろうか。損傷も激しい中、もしまだ彼女が彼岸へ渡るのを耐えているのだとすれば。

「……出血性ショックのようです。昏睡状態と思われます」

 たまかの言葉を聞き終わる前に、菖蒲の手は肩に掛けたままだった袋を開けていた。

「おっけー、器具出すからまず先に体温見て。すぐに酸素投与、あと足の下に何か挟んでおいて。輸液の点滴と全身麻酔の準備して、すぐに腕の再接着手術しよう。火傷は専門器具がわんさか必要になるから、ここでは無理。医療用水で冷やすのと、せいぜいデブリードマンくらいが限度かな」

 出血性ショックは輸血の点滴がベストだが、『不可侵の医師団』では輸血パックは持ち運びをしないことになっている。単純に液体の持ち運びは少女達には重くて救護活動に支障が出るという理由もあるのだが、万が一輸血パックを破いてしまった場合の感染症リスクを防止するという意味合いが一番強い。この抗争時代、抗争に巻き込まれて持ち物が破れてしまうことなど日常茶飯事だ。まずは救護者の安全が第一、そのため輸血パックはこの場にはない。ちなみに人口の少ないこの時代において輸血パックはかなりの貴重品であるため、量が確保できないという理由もあるらしい。

「手術のためには、千切れた腕を探さないとね。あと保温のための毛布か何かが必要になるな。……手分けしようか」

 袋から出した器具をたまかへと渡しながら、菖蒲はそう提案した。

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