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ブラックスワンは白くならない  作者: 小屋隅 南斎


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第13話

 たまかは慎重に、しかし着実に前へと進んでいった。菖蒲もそれについていき、辺りに視線を這わせる。床を確認するたまか、周りを確認する菖蒲で役割分担をしつつ、廊下の奥へと前進していった。

「どうやら……『ブルー』の方はこの廊下を真っ直ぐ進んで行ったようですね」

 たまかは床を確認していた頭をあげ、廊下の先へと視線を向けた。細かく確認するのを止めて、今までの痕跡からある程度進路に見当をつけ、時間を短縮しようとしているようだ。

「扉は開けなかったのかな」

 横に並ぶ扉へと振り向き、菖蒲は呟いた。

「生存者を探すなら、一つ一つ部屋を確認していくんじゃない?」

「うーん、扉を開けることがトリガーとなって爆弾が爆発する可能性もあるので……避けた方がいいと思います。もし『ブルー』の方が部屋の中で爆発に遭った場合、扉を律儀に閉めるとは考えにくいので、開け放たれている部屋だけ確認すれば……」

 たまかが言い終わらない内に、菖蒲の手は真横にあったドアノブを握り締めていた。カチャ、という軽い音を響かせ、扉を開ける。隙間から吹いた風が菖蒲の前髪を揺らした。たまかはぎょっとしたように言葉を止め、勢い良く菖蒲を振り返った。

「あのっ、先輩?」

「爆発しなかったね」

 菖蒲は顔を部屋の中へと乗り出し、中を見渡した。六畳ほどの部屋の中央には机が鎮座し、複数の椅子が周りを囲っていた。向かいに一つ窓があり、外が見えている。この部屋には爆弾がなかったらしく、崩壊している箇所はなかった。患者もいないようだ。

「『ブルー』の子が部屋で爆発に巻き込まれたなら、扉が開け放たれているはず……たまかちゃんはそう言ったけど、それって部屋の中を確認するだけの時でも同じだよね? 全部閉まっているし、この階の部屋はどこも確認していかなかったってこと?」

「……そうですね」

 たまかは困惑した顔をしながらも、とりあえず菖蒲の言葉に頷いた。

「つまり……『ブルー』の方は、仲間の方々がいる場所に見当がついていた、ということになりますね。取引相手を始末しようとしていた時に爆発が起きた、とのことだったので、取引相手の方との待ち合わせの定位置があったのではないでしょうか」

「なるほどね」

 菖蒲はドアノブから手を放し、部屋へと乗り出していた頭を戻した。振り返ると、たまかが眉間に皺を寄せて菖蒲を見上げていた。

「あの、先輩」

「はいはい、何かな」

「なぜ扉を開けたんですか?」

「え? 別に理由はないけど……」

「……」

「強いて言うなら、患者がいないか気になって。だって『ブルー』の子は確認していかなかったんでしょ?」

「……患者さんがいる部屋は、すなわち爆発があった部屋ということになりますから、扉が綺麗な状態のままであるとは思えません。拉げた扉、崩壊した扉の部屋だけ確認していけば患者さんを見つけることが出来るかと」

「おー、なるほど」

 菖蒲は素直に頷いた。たまかは慎重で治療も上手いだけでなく、頭もいいらしい。

「……途中まで跡を見る限り、『ブルー』の方はこの廊下を直進したようです。爆発の場所に目星がついていたのならば、煙の上がっていた上階まで直行したのかもしれません。行きましょう」

 たまかは床を確認しながら慎重に進んでいた時とは違い、廊下を駆けだした。自分達の安全確保が第一ではあるが、『ブルー』の少女の被害を考えればあまり猶予がないことも事実だ。ある程度身の保障が出来れば、なるべく急いだほうがいい。菖蒲もその後ろへとついていく。

「あと、先輩」

 走りながら、たまかが後ろへ向かって声をあげる。

「先程も言いましたが、私は命を投げ捨てる気で来たわけではありませんから」

「え? うん」

「先輩も、自暴自棄にならないでくださいね」

 優しく諭すように、念を押される。どうやら扉を開けたことを言っているらしい。もしかしなくても、叱られているのかもしれなかった。

 『ブルー』の少女に気付いてもらえるよう、たまかは大声で声掛けを始めた。菖蒲は声掛けに参加することも忘れ、前を走る背中をまじまじと見つめた。

(たまかちゃん、先輩相手にも意外とずけずけ言うな……)

 普段大人しく慎ましい彼女のことだから、あまり内心を言い出せない子なのかと思っていた。しかし、言うべきことは相手がどのような立場であれきちんと口に出来るようだ。

(あまり立場に囚われない、というか)

 もし先程開けた部屋に爆弾が仕掛けられていたら、たまかも菖蒲も命が消し飛んでいたところだった。そのため彼女の言葉は最もなのだが、先輩かつ初同行の相手に向かって全く怖がらずに堂々と言い切るのはなかなか出来ることではないと思う。

(彼女は、本質を掴むのに長けているのかも)

 例え黒い紐が巻かれていようが、胸が上下しているように見えたら自分でも死亡確認を行う。例えホットゾーンであろうが、患者がいるのなら『不可侵の医師団』の人間として赴く。例え先輩相手であろうが、不注意で死んでしまう前に口に出して注意する。彼女は見て呉れに囚われず、大事な芯の部分だけを一貫して捉えることが出来ているように思う。そんなたまかだからこそ、『不可侵の医師団』の本分を常に見失うことなく行動出来ているのかもしれない。同時に患者へ駆け付けるためにシーツを投げ出していたことも思い出して、少し苦労しそうな性格だな、とも思った。

 廊下の突き当たりが見えてきたのと同時に、横に階段があるのが見えた。爆発は三階で起きているようだったことからして、恐らく『ブルー』の少女はこの階段を上がっていったはずだ。たまかも階段を目指しているようだった。その手前の床には、拉げた扉が倒れていた。瓦礫も散乱している。この辺りは爆弾が仕掛けられていたようだ。黒い塊を怪我をしないように大きく跨ぎながら、菖蒲は横に空いた巨大な穴の中を覗いた。黒焦げの瓦礫の間に、煤けた人間の肌のようなものが挟まっていた。胴体の一部だったようで、本来頭や脚があるはずの場所にあるべきものがなかった。どうやら爆弾が直撃したらしい。散乱している瓦礫も単に煤けているだけではなく、よく見るとどれも赤黒いものがべっとりとこびりついていた。

「……」

 菖蒲は惨状から目を背け、前の小さな背中へと視線を戻した。彼女も死体に気付いたらしく、扉の残骸を通り抜けた後ろ姿はなんだか意気阻喪としているように感じられた。菖蒲の心の中に、探している『ブルー』の少女も同じ様な姿になっているかもしれないという焦りと不安が芽生え始める。恐らくたまかも同じだろう。飛び散った瓦礫を避けながら、二人はさらに進んでいった。階段へ辿り着き、たまかは迷うことなくそちらへと曲がった。前を走る身体の消えた廊下の奥には、爆発で出来たと見られる巨大な穿孔が見えていた。そこにも人がいたのかもしれないが、菖蒲達の呼びかけに反応がなかったことも含めて生存は絶望的だろう。それよりも時間的に僅かでも生存の可能性がある『ブルー』の少女のもとへ駆け付けることを優先しなければならない。菖蒲もたまかに続いて、廊下から逸れて階段へと曲がっていった。

 二人で列を成して階段を上がり、ぐるりぐるりと二周した。三階の踊り場で、たまかは急いでいた足を止めた。床をじっと見下ろす。後に続いていた菖蒲も、彼女の後ろで立ち止まった。

「この階で階段から出たようです」

 たまかは顔を上げると、踊り場から出て三階のフロアへと足を踏み入れた。菖蒲もそれについていく。たまかの背中越しに廊下の奥を見渡せば、一階と同じような巨大な穴が空いているのが見えた。外壁と窓が突き破られていて、風が通り抜けるヒューヒューとした音が聞こえてくる。その対面の壁と扉は跡形もなく崩れ、廊下に瓦礫となって散乱していた。黒い煙が出ていたのは、恐らくこの場所だろう。たまかも菖蒲も顔を強張らせ、慎重に部屋へと近づいていった。

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