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ブラックスワンは白くならない  作者: 小屋隅 南斎


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第12話

「あたしさー、実は結構問題児っていうか。あんまり人の言う事聞くようなタイプじゃなくてさ」

 たまかは真ん丸な目で菖蒲を見上げていた。……実際は別に、人の言う事を聞かない性格な訳ではない。ただ、周りに自分の手際の悪さが知られないように、あまり治療をする機会が来ないように、そう行動している内に、自然とそうなってしまっただけだ。

「だからもう、この現場の責任は、全部霞に押し付けよう。……大丈夫、霞はあたしの友達だから。きっと骨ぐらいは拾ってくれるはず」

 大仰に肩を竦め、瞑っていた目を薄目で開く。たまかは呆けたような顔をしていた。

「ん……あれ? 一緒に治療に行くって言ってるんだけど……」

 菖蒲は治療が下手だが、必要器具の荷物持ちくらいは出来るはずだ。新人の監督の義務もあるし、『ブルー』の少女に建物に行くことを許可した負い目もあった。ぽかんとしているたまかを見て伝わっていないのかと不安になっていると、彼女の顔がぱあっと晴れた。

「やっぱり……!」

(……やっぱり?)

 たまかは顔をほころばせた。その先は、言葉にされることはなかった。

「あの、ありがとうございます。すごく反省はしているんですけど……目の前の患者さんを放っておくなんて、無理です。ごめんなさい」

「うん、いーよもう、それはわかってるから」

 彼女は何を言っても止まらないだろうという確信があった。周りに迷惑を掛けたこと、勝手な行動はまずいことが伝わればとりあえずそれでいい。先輩としての最低限の仕事は果たしただろう。

「ただ……私は命を捨てて患者さんを助けに来たわけではありません」

「うん?」

「患者さんを救いたい気持ちは強いです。ですがだからと言って、救命者が死にに行くのは合理的とは言えません」

 ……たまに感じるが、彼女は少し『レッド』の考え方の気質が強い。合理性や効率を重視し、一つ一つの行動に頭を使う。しかし『レッド』の者と明確に異なるのは、その熱い意志だ。まるで『ブルー』のような強い情熱を持っていて、それが行動の起点となっている。『レッド』は合理性のためなら感情を捨て、平気で仲間を見殺しにしたりする。でも、たまかは違う。考え方は『レッド』に似通っているのに、その根底にあるのが患者を救いたいという意思であるため、彼女の結論は人が犠牲になるような結果にはならない。

「『ブルー』の方が爆弾を起動させたとすれば、彼女の足取りを辿るのが患者さんへの近道です。彼女が通れた道は、爆弾がなかったということになりますから」

「……なるほど? でも、どうやって彼女が通った道を探すの?」

「足跡です。『ブルー』の方は鼻緒のついた二枚歯の履き物を履いていますから……棒状に二本、跡になっているところを辿っていくのです」

「ここはもともと『ブルー』が取引に使ってた建物らしいから、そんな跡だらけなんじゃない?」

「一番新しい跡を探すんです。瓦礫を踏んで煤だらけだったでしょうし、比較的跡は付きやすい状況だったはずです」

 ……その跡を探しながら進んでいたため、あまり奥へ進めていなかったということらしい。菖蒲は納得すると同時に、足元を見下ろした。確かに瓦礫や砂に交じって特徴的な跡がついているが、かなり数が多い。消えかかっているものも多く、この中から特定の跡を探すのは骨が折れそうだった。

「……ごめん、踏み荒らしちゃったかも」

 そんなことを全く考えずに足を踏み入れたため、床の跡など気にせずに進んできてしまった。恐らくかなりの数の跡を消してしまったはずだ。

「大丈夫です。『ブルー』の方は取引相手を始末しようとしていて、仕掛けられた爆弾にやられたと言っていたんですよね? でしたら簡単に逃げられないよう用意した部屋までは通していたでしょうし、『レッド』が双方が集まったタイミングを狙っていたとすればそれまでの道で爆弾が爆発したとも考えにくいです。ですから、先輩の通った出入口付近は跡に関係なく安全なはずです」

「そっか……、ん」

 足元を見下ろしていた菖蒲の視界内で、緩んだ靴紐が目に留まった。菖蒲はその場でしゃがみ、一度靴紐を解いた。これから危険な場所へ赴くとすれば、解けてしまっては大変である。しっかりと結んでおこうと、素早くイアンノット結びにしていった。最後にぎゅっと靴紐を引っ張り、顔を上げる。するとなぜかたまかがそれをじっと見つめていた。特に気になる程時間は掛けなかったつもりだ。菖蒲は、不思議そうな顔をした。制服と共に指定されている靴ではなく、スニーカーを履いているのが珍しかったのだろうか。

「? ……ごめん、ちょっと靴紐が……」

「……ふむ」

 たまかは結ばれた靴紐を見下ろし、思う所がありそうな顔で呟いた。……ただ靴紐を結んだだけなのに、何かおかしなところがあっただろうか。菖蒲は小さく首を傾げた。しかしたまかは時間を浪費するつもりはないらしく、すぐに話を切り上げた。

「では、いきましょう。状況的に『レッド』の方が潜んでいるとは考えにくいですから、私達が注意すべきは仕掛けられている爆弾のみです。爆発のタイミングから見てほぼ感圧式と見て間違いないと思うので、足元や触れるものに逐一注意しながら進みましょう。『ブルー』の方の足跡を辿るので安全なはずではありますが、油断は出来ません」

 たまかはそう言って菖蒲に背を向け、廊下の奥へと顔を向けた。菖蒲も釣られて廊下の先を見据える。廊下はほとんど爆発の影響を受けていないようで、手前の部分は綺麗な状態を保っていた。天井には明かりのついていない照明が等間隔で並び、床には全面にフロアタイルが敷き詰められている。両脇のオフホワイトの壁には、扉が整然と並んでいた。奥には黒く巨大な穴が空いているところが二ヵ所あり、爆弾のあった場所なのだろうと推測出来た。床には拉げた扉の残骸やガラスの破片、瓦礫が落ちているのが見えた。もしたまかや菖蒲が爆弾を起動してしまえば、無事では済まないであろうことは一目瞭然だった。

「声掛けを実施しながら進みます。『ブルー』の方が声をあげられる状況である可能性は低いですが……気付いて何かアクションを取ってもらえるかもしれません」

 たまかは中腰になり、床をじっと見下ろした。大きく裂けたスカートから、水色のレースショーツが見えてしまっていた。菖蒲も真似てフロアタイルを見下ろしたが、残っている跡はどれも同じにしか見えなかった。しかしたまかはきちんと直前についた跡を見分けたらしく、慎重に足を踏み出した。菖蒲は床と睨めっこをすることを早々に諦め、進んだたまかの後に大人しくついていくことにした。

「……」

 菖蒲は手持無沙汰に周りを見渡した。長く続く細い廊下。整然と並ぶ扉。綺麗な状態を保っている壁や床。

(爆弾のようなものは、なさそう……)

 人影も見えなかった。たまかの言った通り、爆弾を仕掛けた現場に『レッド』の者が潜んでいるとは考えにくい。いるとすれば生き残った軽傷者が助けを求めて彷徨うくらいだが、それも時間的に現実的ではない。誰もいないのは自然なことだった。それでも音が断続して聞こえてくるのは、先程の爆発の影響だと推測出来た。無人の廊下の奥へ、菖蒲は声を張り上げた。

「おーい、生きてるかー?」

 菖蒲の声が廊下に反響した。暫し、耳を澄ます。あのふてぶてしい『ブルー』の少女の声は、聞こえて来ることはなかった。

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