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ブラックスワンは白くならない  作者: 小屋隅 南斎


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第10話

「『不可侵の医師団』の者です。その後、身体はどうですか?」

 菖蒲が声を掛けると、彼女は頭をあげて菖蒲を見上げた。呼吸も正常に出来ているようだ。

「大丈夫だ。もう動いていいか?」

「いえ、これから損傷個所がないか検査を実施しますので、そのままでいてください。ただ、特に自覚症状がなければ回復体位は解いてもいいかもしれません」

 『ブルー』の制服に身を包む少女は、菖蒲の言葉が終わらない内に上体を起こした。ふらつく様子もない。そのまま立ち上がろうとするのを見て、菖蒲は止めるように彼女の肩に両手を置いた。

「これから検査を実施するんですってば」

 両手に力を籠め、彼女に座っているように圧を掛ける。少女は立ちあがるのを諦めたようで、その場に胡坐をかいた。

「……なるべく、手短にしてくれ。ていうか、私なら大丈夫だ」

「それは今から検査して確認しますから。どうか落ち着いて」

「……あのさ。彼岸花の簪をつけた、『ブルー』の奴、見てないか」

 躊躇いがちに出た発言に、菖蒲はきょとんとして患者を見下ろした。『ブルー』の少女はそわそわとした様子で、答えを待っている。

「……見てないけど……。彼岸花? 縁起でもないし、あれには毒が……」

「……見てない?」

 『ブルー』の少女は、怪訝そうに顔を顰めた。菖蒲も同じ顔になる。

「一緒にいたの?」

「いや……。……」

 『ブルー』の少女は言葉の先を濁し、一度唇を結んだ。眉間に皺を寄せたまま、僅かに沈黙を挟む。そして、再び立ち上がろうとした。

「あっ、ちょっと」

「私は見ての通り大丈夫だ。爆風に中てられた時に頭を打って、ちょっと気絶してただけだと思う」

「どこへ行くの?」

「お前ら、建物の中は見たか?」

 質問を質問で返され、菖蒲は眉根を寄せた。

「……見てないけど。建物?」

「半壊した建物があっただろ」

 ……確かに、あった。一部爆発で崩れて鉄筋が見えているような、四階建ての建物。

「……『レッド』だ。……あの建物、『ブルー』が他の組織と取引するのに使ってたんだ。でも、その相手が裏切ったって情報があって……私らはその組織を始末する気で動いていた。それで取引相手を待ち伏せしていたら、まるでそれを見計らったかのように爆発が……。……こうなると、裏切ったって情報すら『レッド』の出任せだったんじゃないかって思えてくるな」

 『ブルー』の少女はそう吐き捨て、悔しそうに歯ぎしりを挟んだ。

「……それで?」

 状況は段々と見えてきたが、少女が何をしようとしているのかがわからず、菖蒲は愚直に訊き返した。

「言っただろ、『ブルー』はあの建物を使ってたんだ。爆弾が仕掛けられていたのが、外だけなはずがない」

「! まさかあの建物の中にも、患者が……?」

(まずい、爆発が起きてから少なくとも一時間以上は経ってる。たぶん生存は絶望的)

 菖蒲は建物を振り返った。一部黒焦げとなって鉄筋が露出し、瓦礫が山となっている。その建物は全ての窓にミラーガラスが使われており、中に人がいるかどうかは確認出来なかった。

(不発の爆弾が残ってるかもしれないし、二次災害の可能性がある。中には入れなさそうね……)

 救命者は、自身の安全を第一に確保しなければならない。ホットゾーンに無闇に足を踏み入れることは、基本的にご法度だ。

「そういうことだ」

 『ブルー』の少女はそう言い残すと、しっかりとした足取りで一歩踏み出した。菖蒲は慌てて彼女の長い袂を掴んだ。

「待って、いやどういうことよ」

「ああもう、急いでるっつーのに……」

 『ブルー』の少女はわしゃわしゃと頭を掻いた。

「私の仲間がまだ中にいるかもしれない。助けに行かないと」

「いや、……今から行っても……」

「私みたいに、気を失っているだけの奴がいるかもしれない。それなら助けられるだろ」

 再び走りだそうとした『ブルー』の少女の身体は、強く掴まれたままの袂に引っ張られて前へ進むことは出来なかった。

「……おい。放せ」

「待って。あたしが確認していない死体と患者が、何人かいるの。彼岸花の簪の子も、その中にいるかもしれない」

 霞とたまか担当の患者のほとんどを菖蒲は確認していない。『ブルー』の少女はその言葉に、今にも走り出そうとしていた身体の向きを菖蒲へと戻した。

「それと……残念だけど、あたし達は建物の中へ同行することは出来ない」

「わかってる、危険だからだろ? 私達もそこまで無理強いするつもりはない。……もしまだ生きている奴がいたら、建物の中から連れ出してくる。そうしたら、治療を頼めるか?」

「もちろん」

 菖蒲は力強く頷いた。『ブルー』は腕力に長けている者が多い組織であり、意識の無い人間を運ぶくらい造作もないことなのだろう。そして患者の治療は『不可侵の医師団』の本分だ。ある意味適切な役割分担と言えるのかもしれない。

「私は建物の中を確認してくる。お前には既に発見された奴の中から、スズ……じゃなかった、彼岸花の簪の奴がいるかどうかを確認してもらいたい」

「いいよ。貴方で治療が必要な患者は最後だったから、それくらいはしてあげる」

 菖蒲は『ブルー』の制服の長い袖から、そっと手を離した。

「確認してくるまで、ここにいてね?」

「いや、その間に私は建物の中を確認しておく。私にとっての仲間は、スズだけじゃないからな」

「……じゃあ、貴方が帰ってきたら報告するよ。その時に検査も受けてもらうから。苦しいところや痛いところは、本当にないんだよね?」

「ない、平気だ」

「……と言っても自覚症状がないことも多いから、安易に……あっ」

 菖蒲が話し終わらない内に、『ブルー』の少女は走り出してしまった。一直線に目指すは、件の半壊した建物だ。

「んもう、人の話は最後まできけっつーの……」

 少女の身体を心配して言っているというのに。既に小さくなった背中を眺め、菖蒲はため息を漏らした。

「まずは霞の担当範囲の子を確認するか。たぶん霞はまだ治療中だから、自分の足で調べた方がいいね」

 菖蒲は誰にともなく呟き、霞が担当していた場所へと走り出した。倒れている少女を発見しては、頭を確認していく。黒い紐の巻かれた少女も、赤い紐の巻かれた治療済みの少女も、一様にして覗き込んだ。何も飾りをつけていなかったり、他の種類の花の簪が挿されていたりはしたが、彼岸花の簪は一向に見当たらなかった。最後に霞のもとへ向かうと、霞は菖蒲の予想した通り最後の患者の治療に着手していた。治療も半ばを過ぎていて、そろそろ修復処置が終わりそうだった。

「終わった?」

 霞は患部を見下ろしたまま、口を開いた。靴音で菖蒲が近づいて来たとわかったのだろう。

「うん、その子で最後。ただちょっと、他に頼まれごとをしてて」

「頼まれごと……?」

「人探し。でもこの辺りの子は全員違うみたい」

 霞の治療している少女も、頭に簪をつけていなかった。そうなると、たまかの担当範囲にいたのかもしれない。

「霞の方に特に問題がなければ、人探しを続けるけど」

「うん、大丈夫。こっちは問題なし」

「オッケー」

 菖蒲は頷いてその場を後にし、たまかのもとへと急いだ。たまかは治療を終えていた。近づいて来た菖蒲に気付いて、安心したように笑みを浮かべる。菖蒲が横たわっている少女を覗き込むと、足には細かく綺麗な縫合跡が伸びていた。……たまかに代わってもらって良かったと、菖蒲は心から思った。菖蒲ではこんなに丁寧な縫合跡には決して出来ない。

「終わりました。他の患者さんはどうでしたか?」

 たまかは既にゴム手袋を脱ぎ、器具の後処理を行っていた。他人の血液は感染症のリスクがあるため、手術に使った使い捨ての器具は専用の袋に入れ、しっかりと口を閉じなければならない。

「うん、最後の一人を霞が治療中。それで、たまかちゃんが人工呼吸をしてくれた患者なんだけど……」

「問題ありませんでしたか?」

「いや……実はまだ検査出来てないんだ」

 菖蒲はたまかへと、『ブルー』の少女が建物の中へ仲間を探しに行ったことを伝えた。それを聞いたたまかは、無事に治療を終えて晴れやかだった顔を一転して強張らせた。

「え……、建物の中にも患者さんがいるかもしれないんですか?」

「うん、でもその子が探しに行ったから大丈夫。帰ってきたら検査を受けてもらう予定だよ。で、彼女は彼岸花の簪をつけた子を探しているみたいなんだけど、たまかちゃんは見てないかな」

「彼岸花の簪、ですか? ……見ていないです」

「……あれ? そうなんだ」

 ……となると、『ブルー』の少女が探していた子は、建物の中にいるのかもしれない。

(あの建物、何人くらい中にいたんだろ。……もしかして、外にいる人数より多い……?)

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