第1章 マナのない呪われた子
これは幼い頃から世界に捨てられた、ひとりの子の物語の始まりです。彼が受けたのは、肉体の傷ではなく—尊厳と魂への深い痛み。どうか心を開いて読んでください。
リレンス王国の王都。夜空には無数の星が煌めき、宮殿の尖塔を照らしていた。だが、その光が届かぬ王宮の片隅で、一人の赤子が泣いていた。
その声に、誰一人として耳を傾けない。
──彼は王エルドランの第三王子。だが、魔力の測定の結果は「ゼロ」。
王家の血を引きながら魔力を一滴も持たないという現実に、王は怒り狂った。
「この子は呪いだ! 王家の恥だ!」
王妃は沈黙し、ただ視線を落とした。涙すら流さなかった。
王は決断する。
> 「この子は処分せよ。北の辺境へ捨てろ。」
「王家に“魔力なき者”など、必要ない。」
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それから数日後──。
赤子は粗末な木箱に詰められ、真夜中、二人の兵士によって城から運び出された。
目的地は、呪われた森が広がる北方の境界。
「こんな奴、狼にでも喰わせりゃいい。」
無表情な兵士の腕の中で、赤子は微かに手を伸ばし、男の指を握った。
そのぬくもりに兵士は一瞬だけ動きを止めた。
> 「目が……赤い……?」
その瞳に宿る異様な光に、兵士は思わず震えた。
まるで、戦場の修羅のような何かが、そこにいた。
> 「……ただの赤子だ。」
男はそれだけ言い、木箱を崖の縁に置き、背を向けて立ち去った。
雨が降り始めた。
その中で、赤子は泣き続けた。
名も、家も、未来も奪われたその命に、世界は一片の慈悲も与えなかった。
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そして、七年の歳月が流れた。
赤子は名もなく、奴隷として育てられた。
食事は腐ったパン、飲み水は濁った泥水。
殴られ、蹴られ、「クズ」と罵られる毎日。
七歳になる頃、南の鉱山へと送られた。
使い捨ての労働力として──。
重い岩を運ぶよう命じられ、足がもつれて倒れた瞬間、背中に鉄の棒が叩きつけられた。
「立て、ゴミが!」
吐血し、目の前が赤く染まる。
意識が遠のき、世界がゆっくりと崩れていく。
──その時、どこか遠くで声がした。
> 「……まだ……死ぬな……。」
「お前は……剣の主だ。」
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気がつくと、彼は森の中に倒れていた。
鉱山の監視から逃げ出し、崖から落ちたのかもしれない。記憶は曖昧だったが、命だけは繋がっていた。
周囲は深い森。
腐葉土の匂い、湿った空気、遠くの鳥の声。
「……俺は……まだ、生きてる……?」
彼は、かすれた声で呟いた。
その時、足音が近づく。
銀色の髪にエメラルドの瞳を持つ、エルフの少女が現れた。
彼女は彼の前にしゃがみ込み、じっと目を見つめた。
「……人間の子? どうしてこんなところに……。ひどい傷……」
彼はただ彼女を見つめ返す。答えはない。
少女は優しく問いかけた。
「ねえ、あなた……名前は?」
彼は答えなかった。怯えるでもなく、ただ黙って見つめていた。
その目には、涙も怒りもない。ただ、深い深い虚無があった。
少女は息を呑み、小さく微笑んだ。
「……そう。じゃあ、あなたには名前もないのね。」
少女は彼の髪を撫でながら、そっと言った。
「なら、私がつけてあげる。」
「“ケイル”。虚無から生まれた光という意味よ。」
少年は微動だにしなかったが、その目の奥に、ほんのわずかな光が宿った気がした。
“ケイル(Keiru)”という名の、始まりだった。
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読んでいただきありがとうございます。
この物語は、魔力を持たない王子が剣一つで世界に挑む壮絶な復讐の旅。
第2話では、ケイルとエルフの少女の関係、そして彼の新たな生活が始まります。
どうぞ次回もお楽しみに!