底辺歌い手、異世界へ。
ガチの元歌い手なのでやたら解像度が高いです。
学生の頃これといった趣味もなかった俺は友人も少なく、唯一の趣味がカラオケ。
あくまでもカラオケであって楽器や作曲が出来た訳ではない俺は当時流行っていた音声合成ソフトによる楽曲を人間がcoverする文化〝歌ってみた〟という文化に出会ってすぐ、俺が音楽をやるならこれだと始めた。
通称歌い手と呼ばれる者になったのだ。
当時その文化は途轍もなく人気で、有名な歌い手になると有名なアニメや映画の主題歌。はたまた紅白デビュー。
夢に溢れた趣味、もはや職業とも呼べるものだった。
その憧れを胸に引っ提げ活動を始めた俺はというと
「15人、か」
既に大元のライトは消灯され暗がりに近い地下ライブハウスの中で呟く。
15人、それが俺の今日のライブの集客だ。
今日の演者は8人、来客数はトータルで100人といったところなのでこの中では決して悪い数字ではないし主催の先輩歌い手からもそう言ってもらえたが。
俺が目指していたのはこんな地下ドル崩れの活動ではないし、もっとキラキラしていた舞台を夢見ていたのだ。
今年で26歳、小さなライブとはいえ定期的にライブ出演も出来、チェキ代やグッズ代で生活は出来ているものの後一二年で頭ひとつ抜ける事が出来なければ潮時だろうか。
そんな事を考えながらライブ後の打ち上げを生返事で断った俺は帰りの電車を待っていた。
「あーーーーー……俺より伸びてる歌い手が1人も居なきゃ俺が一番人気なのによ…」
今日は我ながら相当気持ちが沈んでいるようで、普段なら口に出ないような独り言が漏れる。
一瞬まずいと思ったが、ボソリと出た独り言でしかなかったので駅の雑踏に飲まれたらしい。
ほっと息をつこうとしたその時
「じゃあ、試してみろ、お前だけが歌い手の世界で」
「え?」
自らの驚きの声は見知らぬ声に対して、ではなく後ろから何者かに駅のホームから突き落とされた事に対して。
周りから聞こえる悲鳴と電車の走行音が全てを掻き消していく中俺は。
「ドームでライブしたかったなあ」
そんな言葉も走行音に掻き消された。