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Level.097 女王様のお散歩


 暑さに弱く寒さに強い生物こと鹿謳院氷美佳。


 そんな彼女が今日は珍しく、お昼休みに統苑会執務室の外に足を運んでいた。


 九月の初旬と言えば、近年では激烈な残暑が猛威を振るうだけの、残暑とは名ばかりのただの夏でしかない。


 なので、鹿謳院さん家の氷美佳ちゃんはあまりお外に出たがらない時期だと言うのに、今日はどう言う気まぐれか、外側が真っ白で内側が真っ黒なシンプル日傘を差して外をお散歩中。


 きゃー、鹿謳院様よー!


「(はい、私ですよ)」


 何と言う美しさでしょうか、会長が視界に入った直後から涼しくなって来ました!


「(私を見るだけで涼しく……? 私にそのような力があったのですね。いずれ癌にも効くようになれば良いのですが、先は長いですね。精進致しましょう)」


 鹿謳院様と同じ時を生きていられて本当に良かったですうぅうぅぅぅ。


「(では、御期待に応えられるように、少しでも長生き出来るように頑張りませんとね。二百年は気合で粘りましょう)」


 目的地に向かってただ歩いているだけなのに、いつぞやの近衛の時と同様に周囲からは黄色い声が飛び交う。


 そんな彼ら彼女らの声が何も聞こえていない振りをする鹿謳院は、楚々とした高貴なオーラを放出しながら目的地に向かって歩いた。


 周囲の声に心の中でお返事をしながら歩く鹿謳院。


 彼女が向かう先は中等部の校舎の近くにある、ブルーガーデン。


「(先日、セレナが久しぶりに庭園に足を運んだと仰っていましたからね。もしかすると、と言う可能性もあります。尤も、わざわざチャットで報告したと言う事は、もう足を運ぶつもりが無いと言う意思表示かと思われます。……ですが、それでも、もしかすると、マンダリナを待っていると言う意味かも、しれませんからね)」


 セレナがチャットに込めた想いが実際にどう言うものだったのか、それはわからない。


 ただし、一つだけ言える事があるとすれば、向かうべき庭園を間違えていると言う厳然たる事実。


 セレナはただ庭園に行ったとしか伝えていなかったので、鹿謳院はそれをブルーガーデンに行ったに違いないと判断して、せっせと向かっている。惜しい。


 惜しいが、だからと言ってこの行動が無駄かと言うと、そうではない様子。


「(それに、セレナが居るか居ないかよりも、彼女が好きだと言う場所であれば私も好きになりたいですからね。ブルーガーデンは中等部の頃に一度だけ訪れましたが、それきり。鬱陶しい男が我が物顔で占領しておりましたからね。……いえ、まあ、あの男はいつも静かに読書をされていただけで、何もしていなかったですけれど)」


 鹿謳院が中等部に居た頃、ブルーガーデンと言えば近衛鋼鉄の棲み処と同義だった。


 と言っても、近衛はただベンチに腰かけて読書をしていただけで何もしていない。


 雨の日や雪の日以外は季節に関係なく度々出没して、黙って読書をしていただけ。


 これと言って決まった席があるわけでもなく、空いている席に適当に腰かけて後は黙って読書に耽る。


 それも、席が空いていなければそこら辺に立って読書をするだけで、誰かに席を譲れとも言わなければ、誰かが席を譲ろうとしても完全に無視して読書をするだけの読書マシーン。


 誰にも迷惑を掛けずに黙々と本に目を通すだけの近衛だったのだが、問題は彼の周囲。


 近衛に取り入ろうとする男子はもちろん、お近づきになりたい女子も。


 単純に、お近づきになれなくても彼を間近で見るだけで満足だと言う男女も。


 幼稚舎や初等部から彼と行動を共にしていた、純血組は別としても。


 中等部や高等部から聖桜に所属した外様の生徒には、近衛鋼鉄の放つ魔性のオーラは余りにも強力過ぎたようで……。


 結果、鹿謳院が中等部に所属していた頃、ブルーガーデンには近衛鋼鉄の放つ魔性に誘われた生徒が常に群がっていた。


「(もちろん、副会長に責が無い事は存じてはおりますが、鬱陶し事この上ありませんでしたからね。何と話しかけても全てを無視なさるので、いつしかブルーガーデンは静かに読書をする生徒で溢れ返るようになった事も存じております。ですが、私にはあの男を観察する趣味などありませんから、ただただ鬱陶しいだけでした)」


 時折、気になる本を持っている者がいれば話しかける事もあったようで、近衛に選ばれた者は読みかけだろうがまだ読む前だろうが、その本を献上して満足したとか。


 その点、橘は本を貸す事こそあれ、献上した事は一度もない。


 近衛が興味を持った本も自分が読むまでは渡さなかったので、その辺が面白くて目を付けられたのかもしれない。


 そんなブルーガーデンは、高等部の校舎からは少しばかり距離がある。


 故に、そこにようやく到着した鹿謳院は、既に帰りたくなっていた。


「(やはり、今の時期に来るべきではありませんでしたね。とても暑いです。どうしましょう。……いえ、折角ここまで来たのですから観覧して帰りましょう。セレナが好きだと言うブルーガーデンですものね。妻の嗜好を知るのは夫の務めですもの)」


 ブルーガーデンの全体的な造りはローズガーデンに似ているが、お客様を出迎えるホストは薔薇ではなく、様々な品種の青い花達。


「(青は空や水を連想するからでしょうか、眺めているだけで不思議と涼しさを感じますね。それにしても、枯山水や池泉と違って今の時期の西洋庭園には本当に人が訪れないのですね。屋内から観覧する日本庭園と、歩く事を前提に作られている西洋庭園の違いでしょうか。日除けを増やせば訪れる生徒も増えるかもしれませんが、そうなると景観が損なわれる恐れもあるのでしょうか)」


 日本庭園は庭を歩くのではなく、縁側から眺める造りとなっている。


 その為、枯山水庭園と池泉庭園にはそれぞれ立派なお屋敷が併設されているので、夏でも冬でも雨でも雪でも、一定数の生徒が風情を楽しむために訪れている。


 一方で、西洋庭園は庭の中を歩く事を前提に造られているので、自然を間近に感じ触れ合えると言う利点はあるが、景観を損ねない為にも日除けが少なく夏場や雨の日は生徒が寄り付かない。


 それでも、いつ生徒が訪れも美しさを感じられるように、炎天下で仕事をされる庭師さんがチラホラ。


「美しいお仕事です。いつもありがとうございます」


 そんな庭師さんに、鹿謳院も近衛同様に声を掛けながら歩く。


 すると、声を掛けられた者はヤバイ薬でもキメたかのように元気を取り戻して、普段の五倍の出力で働き出した。


 鹿謳院や近衛のような本物の貴族は、民を決して軽んじる事は無い。


 国は民であり、民が国である。


 貴族は民によって生かされ、民は貴族によって守られる。


 その前提を忘れる事が無いからこそ、鹿謳院と近衛は強い。


 民の重要性を理解しているからこそ、それが理解出来ない他の貴族階級の者達では決して二人に勝てないようになっている。


 王の器をその身に宿す鹿謳院と近衛だからこそ、聖桜の生徒は誰もが二人に傅くのである。


「(──まさか、セレナが中等部の頃にブルーガーデンに通われていた理由は、副会長でしょうか? あの男の事を凄く優しいと評する彼女の事です、有り得ますね。ただ他の者よりツラが良いだけの無法者の分際で……)」


 まあ、優しいのは民にだけで、同じ王に対しては酷いものだが。

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