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Level.092 未来を視る者達


「言葉が乱れておりますよ、雫」


「仲が良い事は結構だが、あまり人前でじゃれ合うなよ」


「失礼致しました、会長。それと副会長、関係は良好ですがじゃれ合ってはいないですよ」


「(え、今ので僕と一条先輩が仲良いって判断されるんですか?)」


「とにかくー、何でもオッケーかなー。ん-、たとえば白川先輩なんかはテーマが『芸術』とかだったら自分の作品を提供するのも全然有りですしねー」


「そんなの有りなんですか?」


「ありありのアリさんマークよー! 自分でお金稼いでる子なら個人の判断でジャブジャブ予算投入してもいいですしねー」


「お小遣いで出し物を提供するって事ですか?」


「あ、そう言う子も居るってだけで、学園側からもそれなりの予算は出るからね?」


「もちろん、個人の資質はそれだけではありません。外部協力者を雇ってそちらの方々に出し物の設営を協力して頂く事も可能です。当然、聖桜の地に招き入れる協力者ですので身辺調査は徹底致しますけどね」


「去年の『食』でも、有名店から一流のシェフを迎え入れて料理を提供するクラスはいくつもあったからな。一昨年の『劇』は──まあ、置いておくとして。一昨々年(さきおととし)の『詩歌(しいか)』では、いぬいが所属している事務所から歌手やアイドルを引っ張って来てやりたい放題していた事もある」


「(え、こわ)」


 想像していた文化祭と全然違うらしいと言う事に気付いた橘は、内心ビビリ散らしながらも、それでも笑顔を浮かべる。


 そして、まあこの学校ならそんな事もあるかなーと、受け入れる事にした。


 この男の神経も大概図太いかも知れない。


「とは言え、統苑会と生徒会は完全に裏方ですけどね。それに、私と庶務が春先から動いて調整している各部活の出し物にはかなりの自由が許されていますから、そちらに関しては文化祭と呼んで差し支えないかもしれないですね」


「部活毎に伝統の出し物もあるからな。文化祭らしさと言うのであれば各部の出し物がそれにあたるか」


「そう言えばレンレン達がずっとそっちの調整してるんだっけ、大変そー」


「大変かとは思いますが、ここが踏ん張りどころでもあります。庶務には最初の一年が重要ですからね。期待しておりますよ」


「それは、えっと、はい。頑張ります!」


 高等部から聖桜に所属した外様の生徒が統苑会に所属する。


 近衛のゴリ押しで通った縁故採用は、統苑会の中でもまだ賛否があった程で、学園でも橘に対する評価は二分している状態。


「(今は一条が付きっ切りでフォローをして俺が尻拭いをしているが、それが出来るのも今年と来年だけだ。俺と一条が高等部を出たら、最後の一年、橘は自力で聖桜学園を生き延びなければならない。無論、鈴木をフォローに回すつもりだが、あいつは頭より身体を動かすのが得意な人間だからな)」


 本来、統苑会庶務に求められる能力は『万能』である。


 歴代の統苑会庶務にも何かに特化した才能を持たない者は居たが、その代わりに全ての統苑会メンバーの欠点を補える、高水準のスペックを有している者がその席に選ばれていた。


 夏期休暇を開けた今、一条と共に日々精力的に活動している最近の橘の評判は悪くはないが、それでも聖桜の生徒が全員認めているかと言われると、残念ながらそうではないのが現状。


 橘が入学する代わりに高等部を卒業した庶務もまた、万能の人と呼べる人物であった為に、入学直後の橘への当たりは余計に強く、鉄の副会長の采配を疑問視する者すら居た始末。


 しかし、そもそも、これは何も全部が全部近衛の独断と言う訳ではない。


 いくら近衛鋼鉄でも、統苑会の役員を一人で決められるわけがないのである。


 つまり、統苑会に橘を庶務に引き入れようとした近衛に協力した者がいるわけだ。


 一人は当然、一条雫で──。


「大いに励んで下さいませ、橘君。期待しておりますよ」


「は、はい!」


「(私と副会長が居れば統苑会庶務の仕事程度、如何様にも補えます。ですが、このようなデタラメな真似が出来るのも、私と近衛君の二人が居る今この時だけでしょう。……別に、近衛君の考えに賛同したわけではありませんが、よい社会実験にはなりそうですからね)」


 ──そして、もう一人の協力者が鹿謳院氷美佳。


 鹿謳院と近衛が普段こなしている仕事の大部分は、本来は統苑会の庶務がやるべき仕事。


 鹿謳院と近衛がいつも忙しそうにパソコンと向き合ってキーボードを叩いているのも、全ては統苑会庶務の仕事を二人で分担して処理しているからに他ならない。


 庶務の仕事は多岐に渡る為、本来その仕事量は膨大。


 それを今は、ただでさえ忙しい鹿謳院と近衛が二人でこなしているのが現状だが、何故そんな事をしているかと言われると、それなりに複雑な事情が垣間見える。


 今春、近衛の根回しで聖桜学園に入学して、ゴリ押しによって統苑会に抜擢された平民の橘。


 そして、今年から一般人にも開放される事になる聖桜祭。


 これがただの偶然なわけがない。


 確かに、近衛は橘の事を痛く気に入っている。


 だが、肉親であっても自分であっても決して信用も贔屓もしないような男が、ただ“おもしれー男だから”と言う理由だけで、よく分からない一般人を馬鹿みたいに贔屓するわけがないのは自明の理。


「(二つ前の統苑会と言い、今の俺や鹿謳院と言い、聖桜は少し権威に染まり過ぎた。故に、危ぶまれるのは俺達の後の時代だ。聖桜には今後、絶対の王を失う事になる。故に、後の時代で民を支える為の新たな柱が必要になる)」


「(如何な聖桜の地とて、昨今の時代の流れには逆らい切れないでしょう。聖桜祭の一般開放もその流れの一つ。人類が次の段階に移行する場合、必要となるのは対話です。上下なく、左右なく、男女なく)」


「(聖桜の地には今後益々平民が増えていくであろう。いつの時代か、ただの進学校に成り下がる日が来る事だってあるかもしれない。或いは、それこそが学び舎としての正しい姿かもしれんがな)」


「(故に、私や近衛君が居なくなった後、聖桜の地に求められるべき王は純血からも外様からも受け入れられる融和の象徴です。今すぐには無理であったとしても、たとえ唯の一年だけの特例の会長であったとしても。外様の学生が統苑会の会長に名を連ねたと言う歴史を、私と近衛君が今居るこの時代に、聖桜の地に刻む必要があります)」


 力不足は重々承知、未熟、経験不足も十二分に理解はしている。


「(俺と鹿謳院が卒業するタイミングで行われる、統苑会次期会長選挙)」


「(私と近衛君と雫と美月。この四人で橘蓮を統苑会の会長に押し上げる)」


 それでも、近衛が伸ばした手を鹿謳院が取ったその時から、聖桜の地を揺るがす壮大な計画は動き出していた。


「──と言う事は、テーマの最終的な選択は本当にランダムなんですね」


「だねー。文界って言うか、白川先輩が決めると言えばそうなんだけど、まあ、いくつかあるテーマが書いてある紙を皆の前で選んで発表するだけだからねー」


「そのテーマも生徒のアンケートを集計して作られたものなので、文界にあるのは決定権だけですね。しかし安心しなさい、庶務。さっき美月が言っていた通り、統苑会と生徒会に所属する者はクラスの出し物には参加しないですから、聖桜祭が開催されるまで(・・)は、死ぬまで裏方として働くだけでいいんですよ」


「え、安心する要素何処ですか?」


「死ななければいいだけなので、それなら僕でも出来そうです!」


 パソコンから顔を上げた鹿謳院と近衛は、柳沢と一条と鈴木と会話をしている橘を見た後、本当に何となく互いの方へと視線を動かしてしまう。


 すると、バチンと視線がぶつかってしまう。


 街中でメンチを切るヤンキーでもないのに、先に目を逸らした方が負けるとでも思っているのか、そのまま睨み合い始めた。


「(なんだあの女は、こちらをジロジロと見おって。俺の顔に見惚れる暇があるなら手を動かして仕事をしろ。……まあ、協力には多少感謝してやってもいいがな)」


「(なんですかこの男は、私の方をマジマジと見つめられて。これが俗に言うメンチを切ると言う行為ですか。……まあ、ああ見えて色々考えている事は存じ上げておりますが)」


 聖桜学園の全ての生徒から畏怖される『氷鉄の統苑会』が目指す未来は遠く。


 仲が良いのか悪いのかわからない鹿謳院と近衛は、今日も未完成の未来予想図を二人で埋めていた。

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