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Level.090 芸術的な面倒臭さ


「ご存知ですか。あちらの像は、その昔わたくしの曾祖母が作られたものですのよ」


「知っている。それを言うならローズガーデン自体が白川家の寄付で作られた場所ではないか」


「ええ、そうですわね。よくご存じです事」


「再度尋ねるが、白川はここで何をしていたんだ」


「白川先輩と呼んで下さいと、いつも言っているではありませんか。……けれど、そうですわね、わたくしも来年にはここに居ないのかと思いまして」


「ふむ、寂しい……わけではなさそうだな。白川に限ってそれは有り得ん話だ」


「わたくしの事をどのように評価なさっているのか気になりますが、けれど、その通りですわ。寂しさなど微塵も感じておりませんわ」


「だろうな。寂しさは白川には似合わん上に、何より美しくない」


「そうですわ。ですので、それについて考えておりました。この国に生きる者であれば無意識に感じとれる、大和の血が流れる者にしか通じる事の無い美的感覚『侘び寂び』について、考えておりましたのよ」


「ふむ。海外での生活が長すぎて侘び寂びが理解出来ぬと、そう言う事を言っているのか」


「いいえ、もちろん、わたくしには理解出来ます。時間が経つ事で生み出される美しさ、一見すると何もない様に思える所にこそ宿る趣の心。曾祖母はもうこの世にはおりませんが、それでも、曾祖母が作られたあちらの像は今が一番美しくて。これから先も、その美しさを磨き上げていかれるに違いありませんわ」


「で、あろうな。当時日本で無名だったオレリア殿は、この像を作成した事で白川の先々代に見初められ、御成婚されたと言う話は俺も知っている。白川の人間は確かな審美眼を持っているのだろう」


「本当に何でもご存知ですわね。……ですので、わたくしが考えている事は侘びも寂びもわからない曾祖母が、如何にしてこの地に溶け込むような作品を生み出すに至ったのかと言う事。きっとそこに、その時のオレリア様は、美しさの極致に立っていたに違いないと。ここに足を運ぶ度に考えさせられるのですわ」


 姿勢を正して水瓶を眺める白川と、彼女の隣で背もたれに身体を預けて足を組む近衛。


 クソ暑い中ベンチに腰掛ける二人は汗一つかく事なく、会話を続けていく。


「それは俺にもわからんが、しかし、思考は重要だ。民の多くは芸術家を感覚的な生物であると勘違いしているが、そうではない。芸術家は芸術と言う手段で自己理論を表現し続ける学者だ。自分にしか理解出来ん世界で生きるが故に、それを理解出来ぬ者が感覚的と表現するだけの事。今後も思考を続けるがよい、白川。貴様は貴様の学問を(きわ)めるがよい」


「ええ、そうですわね。もちろん、感覚や直感は何よりも大切に致しますが、それを表現する為には自分の力を常に磨く必要がありますもの。ここに来ると思考が過去と繋がるようで、自身の未熟を痛感いたしますわ」


「うむ。より良い作品はより良い苦悩の末に生み出される。いつか白川が美の極致に辿り着いたと判断した時はこの俺を呼べ。喜んで判定してやろう」


「それは光栄な事ですこと。わたくしの絵を落書きと評する近衛君が、感動で咽び泣く作品を仕上げて御覧に入れますわ」


「それは大きく出たな。人類が太陽系の外に到達するよりも困難な目標だが、志の高さは評価してやろう」


「わたくしの志より近衛君の自信の方が余程高いではありませんか」


 足を組み直した近衛が白川の方を向いてニヤリと笑えば、彼女もまた自信満々に笑い返す。


 しばらく芸術について語り合う二人だったが、それもそろそろ頃合い。


 近衛も白川も既に高等部課程修了試験と言う、聖桜学園高等部を卒業する為の試験には大昔に合格しているので、授業なんて参加してもしなくてもどっちでもいい。


 なので、五時間目の授業を無視して話していたが、それも流石に終わり。


 二人はともかくとして、メイドさんが熱中症で倒れる可能性もあるので切り上げる事にした。


 そうして、授業中の校舎を練り歩いた近衛と白川は、それぞれの教室に向かって別れる。


 と見せかけて、授業中の教室に入るのが嫌だった近衛は、統苑会執務室に向かった。


 しかし、どう言う訳か執務室には鍵がかかっておらず──。


「何をしている」


「あら?」


「今は授業中だぞ、鹿謳院。何をしている」


「それは奇遇ですね。私の記憶では確か、副会長も今は授業中だったのではないですか」


「高校の学習範囲であれば進級と同時に全て修了した」


「それは私も同じです。まさか、普段から授業に出られず執務室で過ごされていたのですか?」


「今日はたまたまだ。サボっていたのは鹿謳院の方だろう。随分と良い身分ではないか」


「……私とてこのような事は今日が初めてです。普段は真面目に授業を受けておりますよ」


「ふん。どうだかな」


「どちらにせよ副会長には関係の話です」


 これ以上話す事は無いとばかりに、二人の会話はそこで終了。


 授業をサボった鹿謳院も近衛もいつも通り自分の執務机に向かうと、放課後にするべき統苑会の業務を淡々とこなしていく事となった。


「(お昼休みに副会長が来なかったので調子が狂いました。来ないなら来ないと一言連絡を入れるくらいしても宜しいでしょうに。いえ、そのような連絡をされても困りますけども)」


 鹿謳院氷美佳はお喋り大好き女子である。


 しかし、彼女と同程度の教養と知識を兼ね備えて、尚且つ問答を楽しめる程に頭の回転が速い者は限られているので、教室ではニコニコ笑って静かに大人しくやり過ごす事が殆ど。


 時々話が弾むような気もしないでもないが、どうしても一歩引いて見てしまって、どうしても全力で言いたい事を全部言えない。


「(常日頃、鹿謳院たるこの私が奉仕の心を持って時間を割いて差し上げているのですから、規則正しい生活を心掛けて欲しいものです。寂しい学園生活をお過ごしになられている副会長の話し相手になってさしあげているのですから、本来はもっと私に感謝を示すべきなのですよ、副会長)」


 鹿謳院がパソコン画面から視線を持ち上げると、同じくパソコンに向かって淡々と作業をこなしている近衛が視界に入る。


 話しかけるなと言うオーラを全身から放つ彼を見て、再びパソコン画面に視界を戻す鹿謳院だが、机の下の足はペタペタとビートを刻んでいた。


 お分かりの通り、この女子はお昼休みに近衛とお喋りが出来なくてご機嫌斜めである。


 え? じゃあ、お喋りしたらご機嫌なの? と言われれば、もちろんそう言わけでも無い。


 日頃の会話を見ていればわかる通り、そこに楽しげな空気はほぼ存在しない。


 喋ったら喋ったで大抵の場合は言い合いになるので、最終的には少々不機嫌になるが、それでも不機嫌度合いで言えば喋った後の不機嫌の方が小さい。


 執務室に居たら邪魔だと言って追い出そうとする癖に、居なければ居ないで話し相手が居なくて暇だからムカつく。


 と言う、近衛にとって理不尽極まりない存在、それが鹿謳院氷美佳である。


「副会長」


「授業中だ」


「それは教室でのみ有効な言葉です」


「では作業中だ。静かにしていろ」


「猿酒やワインの誕生が偶然の産物であったように、世の中に偶然の産物と言う言葉が存在致しますよね」


「おい、勝手に話を進めるな」


 いつもながら強引に始まる鹿謳院のお喋り。


 毎度それに付き合わされる近衛は、パソコンから視線を逸らす事なく溜息を吐き出すが──。


「……それで、それがどうかしたのか」


 本当に拒絶しようと思えば出来るはずの鹿謳院のお喋り。


 そんなお喋りに毎度律儀に付き合うあたり、もしかすると近衛方もこのお喋りは嫌いじゃないのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

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