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Level.087 板挟みな衣装決め


 残暑厳しい今日この頃。


 夏期休暇明けの学生は一時的にやる気が低下すると言うが、聖桜学園の生徒に限って言えばそんな者は一人として存在しない。


 表社会に名前が出て来る事が無いような、規格外の御曹司や御令嬢が多数通うこの地において、怠惰は厳禁なのである。


 いつ何処に誰の目があるのかもわからない学び舎、そんな場所で怠けようと考える者は早々いない。


同じような理由から、学校であれば必ず存在すると言うイジメ問題すらもこの地では起きない。


 特に、氷の会長と鉄の副会長が天に座す『氷鉄の統苑会』によって統治されている今の聖桜学園で、そんなふざけた真似をすれば最後、塵も残らずお家が断絶する可能性すらあるので、皆はとても仲が良い。


「ふざけた事を抜かすな、鹿謳院」


「副会長こそ身の程を弁えて下さいませ。統苑会の会長は私です」


 大体みんな仲が良い、はず。……たぶん。


 放課後の統苑会執務室には鹿謳院と近衛が居て、パソコンに向かって仕事をしている二人の様子を、ソファーに腰かけた柳沢が眺めていた。


 何やら険悪なムードが漂っている気がしなくもないが、たぶん今回もどうでもいい内容で争っているに違いないので、深く考えてはいけない。


「私はどっちでも良いんですけどー、それならもう、それぞれで好きな方を着ればよくないですー?」


「その妥協だけは断じて否だ、柳沢」


「個性と言う意味ではその意見も納得出来ますが、大切なのは統一感です」


「今年からは一般開放される事になるからな。この俺の玉体を聖桜祭のパンフレットに載せると言うのであれば、掲載される写真は完璧である必要がある」


「副会長は別にしましても、鹿謳院たるこの私が載るのです。和服以外の選択肢は存在致しません」


「ふざけるなと言っている。今貴様が着ている服は何だ、鹿謳院? 何処からどう見ても洋服だろうが」


「制服は制服。宣材写真とはまた別の話です。副会長はこの程度の事もお分かりになられないのですか?」


 今回、広報の柳沢が持って来たお話は、聖桜祭のパンフレットに関するもの。


 聖桜祭のパンフレットの表紙は毎回統苑会のメンバーが飾るのだが、そこで会長と副会長が対立してしまった。


 鹿謳院も近衛も、どちらも聖桜祭に向けて忙しいのでパソコンから視線を外す事なく、キーボードをカタカタと叩きながらの言葉の応酬。


 ソファーに腰かけた柳沢は“どっちでもいいから早くし欲しい”と言った様子。


「ミカちゃんがお家の事情で基本的に和服じゃないとダメって言うのはわかるんですけど、それってやっぱり学校の制服もダメなんですか?」


「そうですね。聖桜の生徒の前だけであればともかく、不特定多数の諸人もろびとに見られるのは如何なものかと」


「何が如何なものか。柳沢が聞いているのはダメなのかダメじゃないのかであって、鹿謳院の個人的な感想など聞いていない」


「そんな事は存じております。けれど、単に感想を口にしているわけでありません。私が首を縦に振らないと言う事は、それこそが鹿謳院家の意志だとお考え下さい」


「だったらもう和服でいいんじゃないですかー? 副会長も和服嫌いじゃないですよね?」


「聖桜祭は学園の行事だ。和服の好き嫌いを論じる場ではない。学園主催の行事である以上、パンフレットに掲載されるべきは制服であるべきだと言っているだけだ。柳沢よ、俺が何か間違った事を言っているか?」


「いいえー? そこに関しては全然間違ってないですねー。うーん、じゃあやっぱり制服ですかね。ね? ミカちゃん」


「お待ちなさい、美月。聖桜学園の前身となる“桜下おうか塾”では誰もが皆、その身に美しい和服を纏っておりました」


「一体いつの話を──」


「そも、聖桜とは日ノ本の象徴たる聖なる桜を育てる地。桜たる我ら聖桜の生徒の正装は今も昔も変わらず和服です。事実、聖桜学園の服装・頭髪に関する校則には『1.登下校の際は本校指定の制服の着用云々──』と記載されておりますが、式服の項目にはこうも書かれております『伝統を踏まえ格式を重んじる衣装であれば可。その場にそぐわないと判断された場合は指導が云々──』と」


「ペラペラとうるさい奴だ。何が言いたい」


「この国の式服において、和服より格式高いものは存在致しません。その点を、美月はどのようにお考えですか? 公式の場において和服は、着物は、洋服に劣ると言うのでしょうか?」


「いいえー? 全然そんな事はないですよー。むしろ現代は和服を綺麗に着こなせる人が少ないですから、着物をビシっと着付け出来るならそっちの方が断然映えますね。一般人は成人式くらいでしか着ないっぽいですけど、単に高い着物持ってないとか着付けが出来ないから着ないだけじゃないですかねー」


「ええ、ええ。そうでしょう、そうでしょう。だからこそ、聖桜の地に集う我らは──」


 柳沢の言葉を受けた鹿謳院が上機嫌に話し始めれば、近衛がまた柳沢に反論意見を出して肯定を促す。


 二人とも放課後はお仕事の時間なので、パソコンから一切視線を動かす事なく作業をしながら、器用に言い合いをするわけだが──。


「(どっっっちでもいいですって! 制服でも和服でも私はどっちでもいいですって! 何で私経由して言い争いするんですか、勘弁して下さいよもぉ~……。どっちに付いてもこの後、絶対にめんどくさい事になるやつじゃないですかぁ~)」


 言い争いをしている鹿謳院と近衛ではなく、二人の板挟みになっている柳沢の体力が一番擦り減っている、と言う可哀相な状況に。


「(うーん……どうしよ。忙しいかな? どうしよ。──ま、いっか。私が悪いわけでもないしー)」


 鹿謳院と近衛の口から次から次に飛び出して来る言葉。


 それを交互に肯定をしていくだけの簡単なお仕事をしながら、スマホを操作した柳沢は助っ人選手を召喚する事を決意。


「──では、なんだ? 聖桜の男子生徒が全員、丁髷(ちょんまげ)になって来るのは正装と言えるのか? そうはなるまい。人も言葉も服も、時代に合わせて変化していくものだ。ファッション史に造詣が深い柳沢であれば、この俺が意図せん事がわかるだろう」


「うんうん、超わかりますよー」


「全く下らない話です。それは極論で論旨を逸らしているだけですね。(まげ)を結う文化や月代(さかやき)は既に民の手を離れ、歴史となった文化です。ですが、現代でも着物は立派な正装であり──」


 もう鹿謳院と近衛の話を碌に聞いていない柳沢は、ただ二人の間に入ってうんうんと頷くだけのロボットになりながら、ソファーの上でスマホを弄っていた。


 そうしてしばらくすると、そんな執務室にようやく助人選手が到着。


 扉を叩くコンコンと言う控えめな音が聞こえるや否や、ビーチフラッグの選手並みに迅速にソファーから立ち上がった柳沢。


 そんな彼女が扉を開いた先には、一人の女生徒が佇んでいた。


「さあ、わたくしが来ましてよ。何やら大切な話があると聞いて馳せ参じましたが、何のお話ですの? 柳沢さん」


 柳沢が呼んだ助っ人選手は統苑会文界。皆より一学年上の白川桜花だった。

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