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Level.080 斯くして、舞台は再び学園へ


「失礼。次は会計より報告となります。宜しいですか」


「はい! ──私は……! いけますっ!」


 議長に話しかけられた会計がビシっと右手を上げると同時に、元気よく立ち上がったせいで、彼女が座っていた椅子がドーンと勢いよく後ろに倒れてしまう。


 まあいつも通りなので、そこは後ろに控えていた生徒会メンバーが椅子をちゃんと受け止めていた。


「ですが! 今は報告する事がありません! ──ですので、今日はどうかご清聴下さい」


 そして、ゆっくりと歩き出した彼女が左手を横に突き出すと、生徒会の一人がマイクをそっと手渡して、円卓会議室に何処からともなくピアノ伴奏が響き始める。


「Amazing grace, how sweet the sou──」


 突如アメイジンググレイスを歌い始めた乾だが、マイクは形だけで出力されていない。


 しかし、それにもかかわらず、乾が口を開くと同時に、校舎全体に響き渡るような圧倒的な声量と美声が発生。校舎全体が彼女の美しくも優しい歌声に包まる事となる。


 大きいのではなく、よく通る。そんな声。


 凄まじい声量で奏でられる音楽は、直接脳内に入り込むような超常の感動を与え、多くの者はその声に平伏す事となるが──。


「歌わなくていいので、着席して下さい」


 この場に集う統苑会のメンバー(橘を除く)には通じないようで、円卓会議室で勝手にライブを始めた乾に近寄った一条が、彼女の手からマイクを奪い取った事で終了。


「そんな! 私の報告は! まだ! 終わっておりません! 議長!」


「以上、会計からの報告でした」


 ほんの一瞬の歌声だったが、壁際に立つ生徒会メンバーは感動で涙腺を緩め、最近では聖桜学園にすっかり慣れたはずのあの橘蓮ですら、顔を真っ赤にして下を向いている始末。


 だが、それ以外の統苑会メンバーは軽く拍手をすると、冷静に乾の報告を打ち切った。


「讃美歌は悪くない。次はこの俺を称える歌にするがよい、乾」


「善き歌声でしたよ、愛理。けれど、会議はまだ続いていますので、今は着席しましょう」


「はい!」


 歴史ある円卓会議室で勝手に歌い出して、議長にマイクをひったくられ、鹿謳院に着席命令を出された非常に愛らしい女生徒。


 彼女は、元気よく返事をすると満面の笑みを浮かべて自分の席へと戻った。


 聖桜学園高等部一年、統苑会会計、乾愛理。


 残念な事に、お歌が上手な事以外にこれと言った特徴の無い女生徒である。


 会計に全然関係ないですよね? と言われたらその通りなので、何も言えない。


 それでも、強いてそれ以外に何かを上げるとすれば、数学ジュニアオリンピックで金メダルを取った事もあるが、どちらにしても会計能力には関係の無い話なので大した違いはない。


 いつもニコニコな鹿謳院と同じく、いつもニコニコな乾。


 両者のニコニコに違いがあるとすれば、前者が養殖で後者が天然と言う感じ。


 そんな天然ニコニコ美少女は、会長大好きっ子でもあるので、今は会長に褒められて大変上機嫌な様子。


 そうして、乾が大人しくなった所を見て、議長が再び会議を進行すれば、その後の定例会議は恙無く終了した。


 会長、鹿謳院ろくおういん氷美佳ひみか


 副会長、近衛このえ鋼鉄はがね


 議長、一条いちじょうしずく


 書記、越智おち涼平りょうへい


 文界、白川しらかわ桜花おうか


 武界、鈴木すずきたける


 広報、柳沢やなぎさわ美月みつき


 会計、いぬい愛理あいり


 庶務、たちばなれん


 以上、九名。


 天上人のみが足を踏み入れる事が許される聖桜の地において、全ての天上人を従える神の座に位置する統苑会役員。


 氷の会長と鉄の副会長によって統制される『氷鉄の統苑会』は、聖桜学園に通う全生徒の憧れの的であり、メディアに取り上げられる有名人が道端の雑草に思えるほどに全生徒が熱狂する存在──の、はず。


「あ~ん、鋼鉄ちゃんは今日も美しいわ~」


「毎度当然の事を言う必要はない。だがリョウちゃんとて美しい。無論、俺の次にな」


「や~ん!」


 定例会議が終われば輝くイケメンと、光り輝くイケメンが会話を繰り広げ。


「会長! カラオケに行きませんか!」


「もちろん行きませんよ」


「そんなー! それでは! いつ! カラオケに! 行ってくれるのですか!」


「もちろん、いつでも行きませんよ」


 ニコニコな会長と凄くニコニコな会計が、とてもニコニコな会話を交わし。


「議長、少し宜しいかしら」


「何かありましたか?」


 真面目な議長さんと、レフ板に照らされた文界さんが聖桜祭について話をする。


「今度タケルンの特集記事組んでいい?」


「え、僕ですか? いえ、そんな、でも、僕なんて記事に書く事ありませんよ?」


「ほらほら、指で鉄板ぶち抜く所とか、フライパン丸めて鉄球作る所とか、手刀でコンクリート切断する所とか、リリンクで流そうかなーって」


「ははは……。そんな夏休みの工作じゃないんですから、恥ずかしいですよ」


「心配しなくてもそんな工作出来るのタケルンだけだから」


 そうして、恥ずかしそうに頭をかく武界と、真顔で突っ込む広報も居たりする中。


「(うん、帰ろう)」


 一刻も早く危ない所から逃げ出そうと、円卓会議室から退室する橘蓮。


「御勤め、御苦労様でした!!」

「御苦労様したッ!!」


 だが、退室しようとする橘に、入り口付近に立っていた生徒会メンバーが大きな声を掛けた事で逃亡は失敗する。


「なんだ橘、もう帰りか。折角だ、飯でも食うか。リョウちゃんはどうする? 女同士で食うか、それともたまには男に混ざるか?」


「そうね~。──ミカちゃんもアイちゃんも、議長も桜花ちゃんもみんなおいで~」


「ふむ、全員か。決起会も悪くはあるまい。そう言う訳だ、今日は鈴木も来い。柳沢は店の手配を頼む」


「了解です!」


「はいはーい。何処でもいいですよねー?」


「あー、いや、近衛先輩、僕はあの──」


「ははは! 案ずるな、身体に悪い物は出させん。筋肉を育てる為には良質な食事が重要だからな、何も言わずともわかっている。安心しろ、橘」


「……な、なるほどー!」


 バシバシと笑顔で肩を叩く近衛に、目尻に嬉し涙を溜めながら笑顔で頷く橘。


 早く人間界に帰りたい、そんなささやかな橘の願いは神には聞き届けられず。


 気が付けば、平均的なサラリーマンの一月分の給料が軽く吹き飛ぶような、えげつない店に連れていかれて置物になる──。


「美味しいですね、これ! これはなんて言う料理何ですか、先輩!」


 ──ような事もなく、めちゃくちゃ順応して仲良く昼食を楽しんだ。


 この男子も大概おかしいのかもしれない。


 そんなこんなで、静かでうるさい残りの休日を満喫すれば、短くも長い夏期休暇が終わりを告げた。


 そうして、夏休みが終われば、次に待っているのは残暑厳しい九月。


 ◇


「──さて」


 毎朝のおはようチャットをマンダリナに送った近衛は、日課の早朝ランニングに向かい。


「──行きますか」


 セレナからのおはようチャットに返事をした鹿謳院が、笑顔で支度を済ませて学園に向かう。


「(待っていろ、ダリちゃん。必ず見つけてやるからな)」


「(見え隠れする貴女の尻尾。必ず捕まえて差し上げますね、セレナ)」


 束の間の休戦が終わりを告げると、待っているのは新たな戦い。


「おはようございます、副会長」


「うむ。鹿謳院か」


 仲良し夫婦は再び、探り合いの戦場となる学園へ舞い戻る。


「如何なさいましたか」


「いいや、相変わらず無駄に早いと思ってな」


 睨み合うように見つめ合う所から始まる、鹿謳院と近衛のいつもの挨拶が終われば、一学期の後半(あたらしいステージ)がスタートした。


 近くて遠い、遠くて近い。


 ネトゲ夫婦の『探り愛』は、今日も仲良く(?)継続中。

STAGE.Ⅱ『半知半解のカプリチオ』のクリア、おめでとうございます。


以下、STAGE予告。


夏休みが終われば『探り愛』の舞台は再び聖桜学園へ。

一学期のラストを飾る聖桜学園の伝統行事にして特大イベント『聖桜祭』の準備期間に突入した学園は、二転三転の大騒ぎ。


個性豊かな統苑会のメンバーが本格参戦する事で『探り愛』は難易度を上げて、新たなSTAGEへ!


それでは続きまして、Level.80以上の方はどうぞ前へ。

前後編となる『聖桜祭編』の前半パート。

嵐の前の静けさ STAGE.Ⅲ『沈思黙考のノクターン』をお楽しみください。

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