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Level.079 再構築される思考


 長かった夏期休暇にも終わりが見え始めた八月末。


 この日は、夏期休暇中の最後の統苑会定例会議が行われる日。


 近衛が円卓会議室に足を踏み入れると、そこには彼を除いた八名の統苑会メンバーが既に腰かけていて、彼の入室に気付いたその中の一人が徐に立ち上がって口を開いた。


鋼鉄はがねちゃ~ん、おひさ~!」


「うむ。息災であったか、越智おち


「や~ん、リョウちゃんって呼んでよ~、いけず~」


「うむ。息災であったか、リョウちゃん」


 満面の笑みを浮かべながら両手を振る相手に、笑顔で返事をする近衛。


 近衛鋼鉄に負けずとも劣らない、サラリと伸びた漆黒の長髪を持つ美しい容姿の男子生徒。


 近衛にリョウちゃんと呼ばれた男子生徒は、キュンと胸を高鳴らせると、両手で胸を押さえながら満足げに天井を仰ぐ。


 その姿を確認すると、近衛はまた別の者に声を掛ける。


いぬいも息災で何よりだ。活躍は聞き及んでいる」


「はい! ありがとうございます! どんな時でも! 粉骨砕身(ふんこつさいしん)! 孜孜不倦(ししふけん)の精神です!」


「うむ。善い心掛けだ、励むが良い」


 リョウちゃんの次に近衛に話しかけられたのは、栗色のふわふわとしたロングヘアの、見ているだけで笑顔になるような、鹿謳院氷美佳に負けずとも劣らない非常に可愛らしい女生徒。


 乾と呼ばれた生徒は着席したまま右手をビシっと挙げて、よく通る声でハキハキと返事をした。


「全員揃っているようだな」


「副会長をお待ちしていた所ですよ。早く着席なさって下さい」


「相変わらずせっかちな奴だ。言われずとも座る」


 近衛が動くのに合わせて移動していた生徒会の者が椅子を引けば、流れるように腰を下ろす。


 夏期休暇中、何度か行われた定例会議であったが、全員が揃うのは今日が初めて。


 円卓を取り囲む九人の統苑会メンバーが一堂に会すれば、彼らを取り囲むように壁際に待機している十六名の生徒会メンバーが、ゴクリと息を飲んだ。


「それでは、全員が揃いましたので統苑会定例会議を開始致します」


 近衛が着席したのを確認した所で、議長の一条が開始の号令を口にする。


「議題は言うまでもなく、十月初めに行われる聖桜祭に向けてとなります。お手元の資料をどうぞ。まずは文界よりの報告となります」


 ちなみに、会議が始まると同時に議長は席を立って、会長と副会長の間に立って会議の進行役を務めるので、六十分ある会議の中で一条が着席する時間はあまりない。


 二学期制を採用している聖桜学園も、夏期休暇が終わればいよいよ一学期の後半戦が始まる。


 一学期の後半には聖桜祭と呼ばれる文化祭みたいな、なんかそれっぽい感じの学園行事がある為、定例会議で話す内容は専らそれについてばかり。


「──となっておりますわ。各部より既に要望が上がっておりますので、書記には例年通り清書をお願いしてもよろしくて?」


「Non、桜花ちゃん。あたしの事はリョウちゃんと呼んで」


 右手の人差し指で顎に触れた越智涼平が首を傾げると、白川桜花がジト目をする。


 聖桜学園高等部三年、統苑会書記、越智おち涼平りょうへい


 残念な事に、字が上手い以外にこれと言った特徴のない男子生徒である。


 強いて特徴をあげるとすれば、一応それなりに有名な書家で、国内外を飛び回って活動する彼の記した字には、魂が宿ると言われているとかいないとか。


「書記は他にやる事も無いと思いますので、時間のある時によろしくお願い致しますわ」


「あらやだ。書記にもやる事は多いのよ~?」


「たとえば、どのような事がおありですの」


「字を書いたり?」


「他には?」


「そうね。後は、字を書く事かしら~?」


「字しか書いていないではありませんか」


「あらやだ。ホントだわ~」


 同じ三年と言う事もあってか、付き合いの長い白川と越智は割とフランクな関係。


 今の様なふざけた会話が許されるのも二人の関係性故だが、統苑会へ所属したのは白川よりも越智の方が一足早いので、あまり強くは言えないだけなのかもしれない。


 統苑会は会長が変わるか、役員が高等部を卒業するタイミングで、次代の役員が選出される。


 或いは、会長と副会長の代替わりのタイミングで、新しい役員が決定されるようになっている。


 そんな訳で、新しい会長が就任した場合、大抵の場合役員は一新される。


 しかし、時々この人以外にその役職は絶対にあり得ないと言う優秀な者が居れば、続投する事もないわけではない。


 たとえば、今の統苑会で書記を務めている越智涼平のように。


 要は、この青年よりも美しく文字を記せる生徒が、今の聖桜学園には存在しないのである。


 そんな越智涼平は中等部に上がると同時に、丁度統苑会の書記が高等部を卒業したと言う事で、中学一年の時に統苑会の書記に抜擢されて、以降はずっと統苑会に所属している一番の古株。


 中一から高三までの六年間を統苑会に所属している彼は、前期統苑会と、その前の統苑会からずっと所属しているエリート中のエリートである。


 そんな訳で、鹿謳院も近衛も敬意を払っている相手。


「文界も書記もお静かに。ですが、清書については書記に完全に任せする形となりますので、出来るだけスムーズにお願いします」


「お任せあれ~、議長殿~」


「仕事さえして下さるのであれば、私も言う事はありませんわ」


「次は庶務からの報告となりますが、こちらに関しては私からいくつか──」


 ああ言えばこう言う越智と白川の会話を、議長がぶつ切りにすれば定例会議はどんどん進行していく。


「(本当にダリちゃんの中の人間はこの中に居るのか? その可能性が極めて高いと考えていたが、ダリちゃんが統苑会しか知り得ない情報を知っていたと言っても、情報は漏洩する為にある。この中のいずれかの者より外部に漏れた情報を取得できる立ち位置にいる誰か、と言う可能性も十分に有り得るのではないだろうか)」


「(雫が楽園の庭を遊んでいる事は既に確定しておりますが、どうしたものでしょうか。何と切り出すのが最良か、皆目見当も付きません。美月の時にいくつか考えた策も御座いますが、私と雫との関係は美月とのそれには及びません。それに、関係こそ良好ではありますが、彼女は副会長の従者でもありますからね。事は慎重に運ばなければ)」


 鹿謳院と近衛。


 互いの間に立って定例会議を進行している一条をチラリと見ながら、そろそろ終わる夏期休暇と、再び始まるであろう探り合いの日々について考える。


「(前提を間違えているとすれば、どれだけ思考を積み重ねても正解にはたどり着けない。時間は掛るかもしれないが、一度全ての条件をリセットして、もう一度組み立てるべきか。ダリちゃんが聖桜学園について詳しいと言う事だけは間違いない。だが、現状で確かな事はそれだけだ。高等部か中等部、生徒か教師か。そこまで遡って考えるべきかもしれんな)」


「(脈絡もなく楽園の庭について話すような真似は明らかに不自然です。或いはその話が副会長に伝わり、副会長に伝わった情報が統苑会に、学園に拡散するような事にでもなれば、私の立場は終わりです。お母様に伝われば遊ぶ事すら不可能に……。それだけは阻止しなければなりません)」


 夏期休暇と言う休戦期間を挟んだ事で、固まっていた両者の頭は夏の暑さに負けずクールダウン。


 冷静さを取り戻した近衛は思考の組み立てを決意。


 同じく冷静さを取り戻しつつも、あくまでも自身の直感を信じる鹿謳院は統苑会の内部調査を継続。


 一見するとマンダリナから遠ざかってしまった近衛と、状況だけ見ればセレナに肉薄している鹿謳院。


 どちらが先にパートナーの中身に辿り着けるのかは、まだわからない。


 ただし、わかる事もいくつかある。


「──何だ、鹿謳院。この俺の顔を見たいなら存分に見るが良い」


「──副会長こそ、先程から私の方を向いてばかり。そんなに見たいのであれば、後ほどお時間を取って差し上げても構いませんよ」


「自惚れるな。誰も貴様など見ていない」


「その御言葉、そっくりそのままお返し致します。包装紙もご用意しましょう」


 互いの間に立つ一条をチラ見していたせいで、バチンと視線がぶつかってしまった事で牽制し合う二人。


 目を細めて笑いかける鹿謳院と、そんな彼女に合わせて軽く口角を上げる近衛。


 この二人が仲良しである事だけは間違いない。


「(……この俺を相手に、相変わらずふざけた事を抜かす女だ)」


「(……それが女性を相手に口にされる台詞でしょうか、とんだ(いたず)ら者です)」


 やっぱり仲良しじゃないかもしれない。


「定例会議中です。会長も副会長も、要らぬ私語は慎んでください」


「うむ」


「はい」


 二人仲良く議長に注意されたので、やっぱり仲良しかもしれない。

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